街中の緑がその色を潜め、木々が紅に染まり始めた頃・・・


桐也「姉さん・・・僕、姉さんのことが・・・!」

零那「桐也・・・私も、桐也のこと・・・」


ある裕福な家庭の、仲のいい姉弟。
弟・桐也が、幼い頃からの募る思いを告白したことで、姉・零那との”恋人ごっこ”が始まった。


零那「ねぇ、桐也?」

桐也「なに? 姉さん。」

零那「・・・今は二人きりよ?」

桐也「そうだったね・・・零那。」


両親の目を盗み、姉弟として一線を越えない程度の付き合い。
表向きは、仲のいい姉弟。
しかし、家の中で、両親がいないときだけ、二人は恋人同士だった。


桐也「でも、いつも家の中ばかりじゃつまらないね。」

零那「仕方ないわよ。この近辺じゃ私たちの顔を知らない人なんていないもの。」

桐也「じゃぁ、遠くに出かけようか?」

零那「それで帰りが遅くなったら、お父様とお母様に心配をかけさせてしまうわ。」

桐也「そっか・・・そもそも、目を盗んでやってることだしね。」


そんな関係が数ヶ月続き、両親に対する後ろめたさも薄れてきた頃、零那は疑問を持ち始める。
本当にこんなことを続けていていいのか・・・と。
そんな零那が、決断を迫られるまでに時間はかからなかった。


母親「零那ー、ちょっといらっしゃい。」

零那「はい、なんでしょうか? お母様。」

母親「喜びなさい、あなたの縁談が決まったわ。」

零那「縁談・・・ですか?」

母親「そうよ。お相手は某有名企業の社長さんのご子息。容姿端麗で品行方正・・・
   あなたにピッタリのお相手よw」

零那「し、しかしお母様・・・」

母親「この人なら、心配するところは何もないわ。 当然、いいわよね?」

零那「・・・はい、わかりました。」

零那(桐也、ごめんなさい・・・私たちはこのままではダメなのよ・・・)

母親「桐也にも、知らせなくっちゃね。」

零那「お、お母様! 桐也には・・・私から伝えます。」

母親「そう? わかったわ。ともかく、一度お会いしないとね。
   明日、お会いできるように話しておくわ。」

零那「はい。」


桐也との関係は終わりにする・・・それが零那の出した答えだった。
その日の夕食・・・


父親「そういえば零那、縁談がまとまったそうだな。
   母さんから聞いたよ。 おめでとう!」

零那「あ・・・ありがとうございます。」

父親「なんでも、有名企業の社長の息子さんらしいじゃないか。
   私としても鼻が高いよ。」

桐也「・・・どういうこと?」

父親「どういうことも何も、今言ったとおりだ。」

母親「あら零那、まだ桐也に話してなかったの?」

零那「それは・・・」

桐也「ぜんぜん聞いてない! 姉さんが結婚!? どういうことなんだよっ!!」

父親「なにをそんなに怒っているんだ、桐也。
   跡継ぎのことを心配しているのか?
   零那が結婚しても、私たちの跡継ぎはお前だけだぞ?
   少しは零那のことも考えて、祝ってやったらどうだ。」

母親「そうよ桐也。それに、零那を嫁に出すといっても、そこまで離れたところで暮らすわけでもないんだし、
   いつでも会えるわ。」

桐也「そういう問題じゃ・・・!」

零那「桐也っ!」

桐也「っ!!」

零那「少し落ち着きなさい。あとでちゃんと私が話すわ。」

桐也「・・・わかったよ、姉さん。」


結局、重苦しい雰囲気のままで夕食を終えた。


桐也「どういうことだよ!零那はイヤじゃないのか?あんなヤツと・・・」

零那「あんなヤツと言うのは失礼よ!」

桐也「れ・・・零那?」

零那「もう私のことを名前で呼ぶのはやめて。」

桐也「どうして・・・」

零那「このままではダメなのよ・・・いくら両想いでも、姉弟である以上、一線を越えることはできない。
   あなたはここの後を継がなくてはいけない身分なのよ?
   いつまでも私と”恋人ごっこ”をしていてはダメなの!」

桐也「でも・・・姉さ・・・」

零那「私じゃだめなのよ。姉である以上、私では・・・
   お願い、理解して・・・」

桐也「・・・わかったよ・・・でも、式には出ないからね。」

零那「・・・仕方ないわね・・・」


桐也は、夕食でのことを両親に謝罪し、零那の説得もあって、式に参列しないことを許してもらえた。
その翌日・・・


零那「あの、はじめまして・・・」

男 「はじめまして。いやぁ、写真で見るよりお美しい・・・」

零那「そんなことは・・・」

男 「零那さんは家柄もさることながら、ご本人もすごく聡明でいらっしゃる。
   私などには、もったいなく思います。」

零那「と、とんでもないです! 私こそ、あの大企業の跡取りである方など、身に余るほどで・・・」

男 「そんなことはないですよ。・・・実は、親の七光りのようで、あまりいい気分はしないんですよ・・・」

零那「す、すみません! 配慮不足で・・・」

男 「いえいえ、気にしないでください。」
 
零那「あ、はい・・・」

男 「本題に入ってもよろしいですか?」

零那「は、はい。」

男 「まず、式のことですが・・・」

零那「し、式・・・ですか?」

男 「はい。いつがよろしいかと・・・」

零那「あ、あの・・・まだ知り合ったばかりですし・・・いきなり式というのは・・・」

男 「こ、これは失礼しました! 私としたことが、先走りすぎてしまったようですね・・・」

零那「い、いえ・・・」

男 「では、お互いを知り合う意味でも、結婚を前提にお付き合いさせてください。
   その中で、ゆっくり話し合いましょう。」

零那「はい、よろしくお願いします。」

男 「こちらこそ、よろしくお願いします。」


縁談相手との面会も無事に終了し、数ヶ月の付き合いを経て、式の日取りも決定した。
しかし、零那は桐也への想いを拭いきれてはいなかった。

そして、式の当日。鮮やかに染まった紅葉も散り始める、秋の半ば・・・
白いドレスで身を包んだ零那と、その横に立つタキシードの男。
大きな教会で開かれた、豪華な結婚式。
桐也はというと、開式時間になっても式場に顔を出さなかった。


零那(これでいい、これでいいのよ・・・)


式中に取り乱さぬようにと、自分に言い聞かせる。
荘厳な雰囲気の中、式は進められる。


神父「新郎よ、汝は健やかなる時も病める時も、生涯変わらず新婦を愛し続けると誓いますか?」

新郎「誓います。」

零那(でも、やっぱり私は・・・私の一番愛する人は・・・)

神父「では次に新婦、汝は・・・」

零那(やっぱり・・・だめっ!)

零那「誓いませんっ!!」


神父の言葉を遮るように、零那は大きな声を上げた。
突然のことに、ざわめく場内。


父親「ど、どうしたんだ零那?」

母親「そうよ、一体どういうつもりなの?」

零那「お父様、お母様・・・本当に申し訳ありません。
   そして今、はっきりと言っておきたいことがあります。」

父親「なんだ?」

零那「私の真に愛する人は、ここにいる方ではありません!」

新郎「そ、そんな・・・零那さん・・・?」

零那「やっぱり私は、自分の気持ちに嘘をつき通すことができませんでした・・・どうか、許してください。
   それでは、失礼します!」

母親「れ、零那!?」

父親「待ちなさい! 零那っ!!」

新郎「零那さん・・・どうして・・・」


式場を飛び出す零那、急いで後を追う両親。
新郎はその場にヒザをつき、走り去る零那をただ呆然と眺めているだけだった。

零那の向かった先は、自分の住んでいる邸宅。
門を抜け・廊下を走り・階段を駆け上がって、飛び込んだところは・・・桐也の部屋。


桐也「ね・・・姉さん?」

零那「桐・・・也!!」


突然、桐也に飛びつく零那
当然、白いドレスを身にまとったままである。


桐也「い、いきなりどうしたんだよ姉さんっ! それに、この格好・・・」

零那「ごめんなさい桐也・・・本当に、ごめんなさい・・・」

桐也「姉さ・・・!?」


言いかけて、桐也の喉が詰まる。
開け放たれたままの桐也の部屋の扉の外には、両親が立っていたのだ。


桐也「と、父さん、母さん・・・これは・・・その・・・」

父親「そういうことだったのか・・・」

桐也「え・・・?」

母親「それじゃぁ、もともと無理な縁談だったのね・・・」

桐也「父さん? 母さん・・・?」

零那「お父様、お母様・・・今ご覧になったとおりです。
   私が真に愛するのは・・・この桐也、ただ一人です。
   それに、あの人は私を追ってこなかった・・・そんな人と、幸せになれるとは思えません!」

桐也「ちょっ!? 姉さん、何を・・・!」

母親「・・・わかったわ。そこまで言うなら、仕方ないわね・・・」

桐也「え? え・・・? なにが、どうなって・・・」

零那「結婚式・・・飛び出してきちゃった。」

桐也「えぇぇぇぇぇぇえ!?」

父親「・・・なぁ、母さん?」

母親「そうですね、話しましょう。」

桐也「話す? 何を・・・?」

父親「実はな・・・お前たちは本当の姉弟ではないんだ。」

零那「え・・・?」

母親「あなたたちは小さかったから、覚えていないでしょうね・・・
   桐也は、間違いなく私たち二人の間の子よ。 でもね・・・」

父親「零那、お前は、孤児院から譲り受けた子なんだ。」

零那「そんな・・・」

父親「桐也が産まれたとき、医師に言われたんだよ。これ以後の出産は、母体の生命に関わる・・・と。」

母親「ごめんなさいね・・・どうしても、女の子も欲しくって・・・
   でも、零那も紛れもなくこの家の子よ?」

零那「わかっています。この家で育てられて、私も幸せでした。」

父親「・・・本題に移ろう。」

桐也「・・・うん。」

父親「二人がお互いに愛し合っているということはわかった。しかし、戸籍の上では血縁者だ。
   これがどういうことか、わかるか?」

零那「はい。たとえ戸籍から除名されようと、血縁が切れることはない・・・ということですね。」

父親「そうだ。戸籍上血縁である以上、入籍することもできん。それでもいいのか?」

桐也「あんなの、ただの紙切れじゃないか。僕たちには、そんなものいらない。」

母親「強く出たわね・・・零那も、同じ意見なのね?」

零那「はい。」


零那は力強く頷いた。


母親「・・・よくわかりました。それじゃ、あなた?」

父親「そうだな・・・」

母親「もともと、無理に縁談を持ちかけた私が悪かったんですもの・・・あとの処理は任せなさい。」

零那「ご迷惑をおかけします・・・」


入籍がまだだったとはいえ、相手先への度重なる謝罪と、多額の慰謝料・・・
両親の負担は、それは計り知れないものだったが、いとしい子供たちのためと思えば、気分も和らいだ。


父親「零那、桐也。これで二人とも幸せにならなかったら・・・覚悟しておけよ。」

桐也「わかってるよ、父さん。」

零那「肝に銘じます。」


それからというもの、今までと変わらぬ一家4人の生活。
零那が出産したときも、シングルマザーとして出生届は出すことができた。
しかし、戸籍上その子の父親は空白・・・

こうして、表向きは仲のいい姉弟、内に入れば仲のいい夫婦となった零那と桐也。
理解ある両親と、互いの愛の結晶に囲まれて、二人はこの上ない幸せな生活を送った。


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