不幸とは、いつも予期しないときにやってくる。


友晴「・・・ん、あれ?」


友晴が目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。
時計を探して時間を見ると、夜10時・・・

友晴「ここは・・・」

??「病院だよ。」


横から、男の声。
振り向くと、星崎先生が立っていた。


友晴「星崎先生?俺、どうして・・・」

星崎「・・・いくつか、質問していいかな?」

友晴「いいですよ。」

星崎「今は、何月?」

友晴「9月です。」

星崎「・・・今は11月だよ、雲衣君。」

友晴「11月・・・?展示会はっ!?」

星崎「・・・君の作品は、惜しくも銅賞だった。」

友晴「そう・・・だったんですか。」

星崎「それじゃ、もう一つ。今の手芸部の部員数は?」

友晴「4人です。俺と、天仲・空野・観神」

星崎「仲良くやっているようだね。」

友晴「はい。3人の協力で展示会に出す作品を完成させたんです。
   いい出来栄えなので、けっこう自信があったんですが・・・」

星崎「そうか・・・残念だったね。」

友晴「はい・・・」

星崎「しかし、話には聞いていたけど・・・まさか本当になるとはね。」

友晴「お手数おかけします・・・」

星崎「しばらくは・・・いろいろと戸惑うかも知れないね。」

友晴「・・・仕方ないことですから。」

星崎「明日、学校はどうする?」

友晴「行きます。手芸部・・・不安ですし。」

星崎「そうか。まぁ今夜はゆっくり休みなさい。」

友晴「はい」

星崎「それじゃ、また明日・・・学校で。」

友晴「おやすみなさい、先生」

星崎「お休み。」


翌朝、いつものように挨拶をする友晴


友晴「おはよう、空野、観神」

美央「あ、雲衣君おはよ〜」

ミカ「おはようございます。」

友晴「天仲も、おはよ。」

熾亜「おはよ、トモく・・・え?」

美央「雲衣君・・・?今・・・」


3人の間に緊張が走る
今、友晴は熾亜のことを、たしかに”天仲”と呼んだ。


友晴「ん? どうしたんだ、3人とも・・・」

熾亜「ううん、なんでもない。おはよう”雲衣君”」

友晴「なんでもないならいいけど・・・」


絶望感が熾亜を襲う。ついに、恐れていたことが起きてしまったと。


友晴「そうそう、3人にちょっと話があるんだけど・・・部活のときにでも。」

ミカ「はい、わかりました。」

美央「・・・うん。」


放課後・・・
友晴の話は、3人にとっては言われるまでもなくわかっていることだった。


友晴「話・・・なんだけど、驚かないで聞いてくれ。」

熾亜「うん。」

友晴「今まで言わなかったんだけど・・・実は俺、原因不明の病気で・・・
   あるとき突然、記憶の一部を失ってしまうみたいなんだ。」

美央「・・・うん。」

友晴「・・・あんまり驚かないんだな。ひょっとして、俺が失くした記憶の中でみんなに伝えた?」

ミカ「はい。雲衣さんから直接聞きました。」

友晴「そっか、それなら話が早い。どうやら昨夜、それが起こったらしくて・・・気づいたら病院にいた。
   横に星崎先生が立っててさ、びっくりしたよ。」

熾亜「そうなんだ・・・」

友晴「今回の記憶喪失はかなり軽いみたいだ。手芸部のことも、みんなのことも覚えてるし。
   でも、どうやら展示会のちょっと前あたりからの記憶がないらしい。」

美央「展示会の、ちょっと前から・・・?」

友晴「うん。」

美央「ってことは・・・熾亜との・・・」

友晴「・・・天仲がどうかしたのか?」

熾亜「ううん、なんでもない! それより、症状が軽くてよかったね。」

友晴「そうだな。クラスでも3人以外と話すことなんてないだろうし・・・
   普通にやっていけそうだ。」

熾亜「私たちが手芸部だってことまで忘れられちゃうかと思った、あはははは」

ミカ「熾亜さん・・・」

熾亜「どうしたの?ミカさん。」

ミカ「大丈夫・・・なんですか?」

熾亜「大丈夫って、何のこと? 変なミカさん。」

ミカ「ぁ・・・」

美央「ミカさん・・・」

ミカ「美央さん?」

美央「そのことには・・・触れないほうがいいと思う。」

ミカ「・・・わかりました。」

友晴「3人ともどうしたんだ? 俺、なくした記憶の中でなにかへんなことした?」

熾亜「何もしてない! 大丈夫っ」

友晴「そう? ならいいけど。じゃぁとりあえず・・・手芸部も自由活動期間だし、なにかやりたいことある?」

熾亜「手芸部って、編み物はする・・・?」

友晴「編み物? やるけど・・・それにする?」

熾亜「うん。少し覚えたいと思ってたし・・・」

友晴「わかった。たしかココに毛糸が余ってたハズ・・・」


友晴は、棚の奥からさまざまな色の毛糸玉を取り出した。


友晴「これだけあれば、たいていのモノは作れると思う。」

美央「たくさんあるね・・・」

友晴「紙や粘土、ガラスなんかに毛糸を貼り付ける作品もあるからね。ホラ、あそこに飾ってあるみたいな。」


友晴が指差した方向には、ガラスのボトルを基本に作られた人形が置いてあった。


友晴「ただ、大量に買ったのはいいけど使い道がなくって・・・
   だから、編み物っていうのは丁度よかったかも知れない。
   とにかく、始めよう。覚えたいってことは・・・やり方は知らないんだよな?」

熾亜「う、うん。」

友晴「じゃぁ、まず何を編むか決めないと。もう11月に入ったし、これから寒さも本番・・・
   自分用の手袋やマフラーなんかどうだろう?」

美央「自分用って・・・また横領?」

友晴「人聞き悪いなぁ・・・買い込みすぎて余ってるって言ったろ?
   それに、備品管理者が許可してるんだから、横領じゃないよ。」

美央「たしかに、そうね。じゃ、私マフラー!簡単そうだし。」

ミカ「では、私もそうします。」

友晴「俺は手袋かな。天仲はどうする?」

熾亜「あ、私もマフラーにする。編み物、初めてだし。」

友晴「そっか。空野と観神も編み方知らないよな?」

美央「私は知らないけど・・・ミカさんは?」

ミカ「自分の手で編んだことはないですね。」

友晴「じゃ、ゆっくりやるから、よ〜く見てて。まずはこの糸を・・・」


ふと目をやると、熾亜は編み針を両手にもったまま俯いていた。


友晴「天仲? どうした?」

熾亜「あ、ううん・・・ごめんなさい。」

友晴「どこか調子でも悪いのか? それなら今日は家に帰った方が・・・」

熾亜「ほんとに大丈夫! ちょっと考え事してただけだからっ」

友晴「そっか、ならいいけど。」

熾亜「そ、それで・・・どうやるんだっけ・・・」

友晴「もう一度やるから、よく見て。この糸でこんなふうに輪を作って・・・」


友晴の説明どおりに作業を進めていく3人だが、どうも熾亜の手がおぼつかない。


美央(熾亜・・・やっぱり相当ヘコんでるのかな・・・)

友晴「・・・これを繰り返して、太さを決める。みんなは初めてだから・・・15回くらいにしようか。」

ミカ「はい。」

熾亜「あれ・・・?こう・・・よね?」

友晴「天仲、ちょっと見せて。」

熾亜「これ、なんだけど・・・」

友晴「あ〜・・・こうなってるのか・・・天仲、ちょっとほどくから、もう一回。
   今度は俺が見てる。」

熾亜「う、うん、わかった。」


熾亜は、自分がさっきやったとおりにもう一度やって見せる。


友晴「ストップ!そこだ。そこで手をそっちじゃなくて逆に回して。」

熾亜「こ、こっち?」

友晴「その状態で、人差し指の糸を針にかける。」

熾亜「こう・・・かな。」

友晴「針を親指にかかってる糸の間に通して、親指を糸から抜く。」

熾亜「えと、こうして・・・できた!」

友晴「うん、それでOK! あとは同じことを15回くらい繰り返して。」

熾亜「わかった!」

美央(あれ・・・?やっぱり大丈夫なのかな・・・無理してなければいいけど・・・)


友晴の親切指導の下、編み物を進める3人。


美央「けっこう時間かかるのね・・・」

ミカ「目が疲れます・・・」

友晴「じゃ、今日はそこまでにしようか。じゃぁ各自、この箱に入れて、ほどけないようにしておいて。」

熾亜「うん。」


帰り道・・・当然のように途中で別れる友晴。
そのことに対し、熾亜の胸は強く締め付けられる。
家の自室に戻った熾亜は、その場でうずくまる。


熾亜「大丈夫・・・泣かない・・・」


友晴との約束を胸に、涙をこらえる熾亜。
翌日、熾亜の態度は異常なまでに明るかった。


熾亜「みんな〜、おっはよ〜!!」

美央「どうしたの熾亜・・・ヤケに元気ねぇ・・・」

ミカ「家からずっとこんな調子なんですよ・・・」

友晴「なんかいいことでもあったのか?」

熾亜「べっつに〜、なにもないけど?」

美央(熾亜・・・それでごまかそうとしてるのね・・・)

熾亜(せめてみんな前では、明るくしてなきゃ・・・!)

友晴「なぁ、空野・・・」

美央「え!? な、なに?」

友晴「天仲、なんであんなにテンション高いんだ? やっぱ、なにかあるんじゃ・・・」

美央「なにか・・・ねぇ。あるというか、ないというか・・・」

友晴「どっちなんだよ。」

美央「さぁね。」

友晴「さぁねって・・・おい、空野!」


美央は、友晴の質問に明確な答えは出さなかった。


友晴「なんなんだよ、一体・・・」


そんな日が何日も続いた。
部活でもハイテンションな熾亜だったが、時々うずくまって苦しそうな表情を見せる。


友晴「天仲・・・ホントに大丈夫か? なにかあるんじゃないのか?」


何度目か・・・熾亜がうずくまった時に、友晴が見かねて声を掛ける。


熾亜「ううん、だいじょ・・・」

友晴「とても、そうは見えない。体調が悪いなら、今日はもう・・・」

美央「雲衣君。」

熾亜「美央・・・?」

美央「今は・・・そっとしておいてあげて」

友晴「わ、わかった・・・もう深く詮索はしない・・・」

熾亜「ご、ごめんねっ!心配させちゃって。でも、だいじょ〜ぶ!」

友晴「あまな、か・・・?」

熾亜(大丈夫・・・約束、だもん・・・)


友晴はそのとき、何かひっかかるものを感じた。

手芸部自体の作業は滞りなく進み、家路につく4人。
いつもどおり、友晴が途中で別れる。その後・・・


美央「熾亜・・・」

熾亜「なぁに、美央。」

美央「最近の熾亜、かなり無理してるでしょ。」

熾亜「そんなことないよ〜?見てのとお・・・」

美央「見てられないのよ!!」

熾亜「え・・・?」

美央「どう見ても無理してる! 最近テンション高いのだって、わざとそんなふうにすることで気を紛らわせたんでしょ!
   時々とってもツラそうな表情してるの、私たちが気づいてないとでも思ってるのっ?
   そんな熾亜・・・見てるこっちもツラいよ・・・」

熾亜「じゃぁ・・・じゃあどうしたらいいのよ! トモ君、記憶ないんだよ?
   私と付き合ってたこと、忘れちゃってるんだよ? どうにもできないじゃない!!」

ミカ「あの・・・熾亜さん・・・私、そこまで熾亜さんが我慢する必要はないと思うんです。」

熾亜「でも!」

ミカ「熾亜さんにも、思うところがあってのことでしょう。たしかに、雲衣さんに泣きついたりして
   混乱を与えるのはよくありません。」

熾亜「うん。」

ミカ「でも・・・私と美央さんの前でくらい、弱くなってもいいと思うんです。」

美央「そうだよ、熾亜。辛かったら、苦しかったら・・・泣いてもいいんだよ?
   私たちが、受け止めてあげるから。」

熾亜「美央・・・ミカさん・・・私・・・っ!!」


熾亜は美央の胸に飛び込んで、涙を流し始める。


熾亜「うわぁぁぁぁぁん!!」

美央「熾亜・・・」

熾亜「約束、したのに。トモ君と約束・・・思い出すまで、泣かないって・・!!」

ミカ「熾亜さん・・・」

熾亜「でも、やっぱり寂しいよ・・・辛いよぉぉぉ!!」


美央は熾亜を片手でそっと抱き、空いた手で頭を撫でる。
ミカも、熾亜の背中に手を添えた。
熾亜が落ち着くまで、二人はずっとそうしていた。


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