美央とミカに熾亜が涙を見せた翌日から、熾亜のテンションは普通になっていた。
時々つらそうにするのは変わらなかったが、それでもその表情は幾分マシになっていた。


友晴「天仲、少し元気出てきたみたいだな。」

美央「そうみたいね。もう、あんまりムリもしてないみたい。」

友晴「俺、心配するばっかりで何もしてやれないしな・・・」

美央「・・・それでもいいのよ。」

友晴「え?」

美央「熾亜のことを心配してくれてる・・・それだけでもいいのよ。」

友晴「・・・そうか。」


編み物も順調に進み、今日はもう終わろうかと話していた。


熾亜「あ・・・」


熾亜は、ふと窓の外を見る。


熾亜(そろそろ・・・あの時間かも。)

美央「熾亜?」

熾亜「・・・ごめん、私やっぱりもう少しやっていくね。二人より、遅れちゃってるし。
   だから、先に帰ってて。」

ミカ「わかりました。遅くならないように気をつけてくださいね?」

熾亜「わかってるw」

美央「雲衣君はどうするの? 一緒に帰る?」

友晴「いや、俺ももう少しいるよ。」

美央「わかった。じゃぁ、またね。」

友晴「ああ。」


美央とミカが手芸部室を出て行き、熾亜と友晴の二人きりになる。


熾亜「もうすぐ・・・かな。」

友晴「え?」

熾亜「ううん・・・」


熾亜はそれ以上口にしなかった。
そして、茜色に輝き始める部室。


熾亜「やっぱり・・・きれいw」

友晴「やっぱりって・・・天仲、このこと知ってたのか?」

熾亜「雲衣君がね・・・教えてくれたんだよ。」

友晴「俺が、教えた・・・?空野と観神にも?」

熾亜「ううん。私と雲衣君だけの、特別な時間。」

友晴「特別な・・・?」

友晴(天仲だけに・・・教えた・・・?なんで・・・)

熾亜「雲衣君」


熾亜が作業の手を止めて、友晴に向き直る。


友晴「え、何?」

熾亜「ごめんね、約束・・・だったのに。私もう、抑え切れないよ・・・」

友晴「約束・・・?なんのこと・・・?」

熾亜「私、私ね? えっと・・・」

友晴「?」

熾亜「雲衣君のことが・・・好きっ・・・です!」

友晴「え・・・?」

熾亜「ごめんなさい・・・混乱させちゃダメだってわかってるのに、私・・・」

友晴「あ、いや・・・そんなことは・・・でも、返事・・・」

熾亜「・・・いいの。」

友晴「え?」

熾亜「返事は・・・いいの。雲衣君に伝えたかっただけだから。」

友晴「でも・・・」

熾亜「わ、私! 今日はもう帰るね。それじゃっ」

友晴「おい、天仲!?」

熾亜「記憶・・・」

友晴「え?」

熾亜「・・・早く、思い出せるといいねっ!」


それだけ言い残して、熾亜は走り去ってしまった。


友晴(なんだ・・・この胸にひっかかるようなモヤモヤは・・・
   なにか、大事な・・・)


不思議な違和感を感じながら寮に戻った友晴。
そのとき、聞き慣れない電子音が部屋に響き渡る。


友晴「なんだ・・・この音。 引き出しから・・・?」


友晴が机の引き出しを開ける。そこにあったのは・・・


友晴「携帯? いつ買ったんだ? っと、メールが届いてるな。
   送信者は・・・天仲?」

−今日は混乱させてしまってごめんなさい。
 記憶、焦って思い出そうとしないでください。
 ゆっくり、雲衣君のペースで・・・−


友晴は返信するために文章を打ち込んでいく。


−ありがとう。無理は・・・

”しないようにします”そう打とうとして、手が止まる。
携帯の予測変換機能・・・よく使う言葉ほど、予測変換の順位が上に来る。
友晴が”し”と打ち込んだとき、その予測の先頭には”熾亜”と表示されていた。


友晴(熾亜・・・?天仲の下の名前だよな。)


手早くメールを返信し、急いで他の受信履歴を確認する。
それはすべて、熾亜からのものだった。


友晴(天仲からのメールがこんなに・・・?それにあの変換・・・俺は、そこまで天仲と親しく・・・?)


自分の疑問を解くために、友晴は一件一件目を通す。
そして知った事実と、沸き起こる不思議な感情。

その夜、美央の携帯に電話がかかってくる。


熾亜「もしもし、美央・・・?」

美央「どうしたの熾亜、こんな時間に。」

熾亜「あのね、驚かないで聞いてくれる?」

美央「うん。」

熾亜「私ね・・・我慢できなかったよ・・・」

美央「・・・どういうこと?」

熾亜「今日ね、トモ君に言っちゃった・・・”好き”って。
   やっぱり、どうしても好きだったから・・・」

美央「え・・・?」

熾亜「どうしよう・・・私、混乱させちゃったかな・・・」

美央「それはわかんないけど・・・とにかく、今日はもう遅いし、明日にしよう?」

熾亜「うん。ごめんね、こんな時間に。」

美央「ううん、大丈夫。それじゃ、また明日」

熾亜「うん。」


翌日、特に何事もないまま、いつもどおり編み物をする4人。


友晴「今日はちょっと早いけどここまでにしよう。もうすぐ日も落ちるし。」

美央「そうね。わかった。」

友晴「あと、天仲はちょっと残ってくれ。話したいことがある。」

熾亜「え?うん。」


二人きりの部室、友晴は、昨日知ったことを熾亜に伝える。


友晴「天仲、あのさ・・・昨日のメール・・・」

熾亜「うん、ごめんね・・・いきなりあんなこと言って・・・」

友晴「いや、いいんだ。それよりも、俺の携帯、他にも天仲からの受信履歴があってさ・・・」

熾亜「あ・・・」

友晴「俺・・・天仲と付き合ってたのか・・・?」

熾亜「え・・・?」

友晴「教えてくれ。」

熾亜「うん、付き合ってた・・・よ。」

友晴「ごめん。辛い思いさせちゃったんだな。」

熾亜「ううん・・・仕方ないから・・・」

友晴「昨日の告白・・・嬉しかった。俺も、天仲のこと気になってたし。」

熾亜「それじゃ・・・」

友晴「でも、不安なんだ。」

熾亜「不安・・・?」

友晴「天仲と付き合ってた俺は・・・天仲が好きだった俺は・・・
   今の俺とは違うんじゃないかって、不安なんだ。」

熾亜「そんな、こと・・・」

友晴「天仲のまっすぐな気持ちを、今の俺なんかが受け取っていいのか・・・」

美央「そんなことで悩んでるの!?」

友晴「え!?」

熾亜「美央!? 帰ったんじゃ・・・」

美央「・・・ちょっと忘れ物よ。そんなことより雲衣君!」

友晴「な、なんだよ・・・」

美央「熾亜は雲衣君が好きで、雲衣君も熾亜が好き。それでいいじゃない。」

友晴「でも・・・」

美央「熾亜が今まで、どれだけ辛かったかわかる?雲衣君も記憶なくして大変なのはわかるけど・・・
   私は、熾亜の悲しそうな顔はもう見たくないの!」

友晴「だからって、こんな状態で天仲と付き合うなんて!」

美央「・・・考えてみて。なんで熾亜が告白したのか。」

友晴「俺が・・・好きだから?」

美央「そう。でも、好きな人をを混乱させるってわかっていながら、なんで告白したか・・・
   雲衣君と付き合ってたから?それとも、記憶をなくす前に雲衣君が好きだったから?
   それに耐え切れなかったから? それだけだと思う?」

友晴「・・・なにを言って・・・」

美央「わかんない人ね、雲衣君も。熾亜は、”今でも雲衣君が好きだから”告白したんでしょ!
   それこそ、雲衣君が変わってないっていう証拠じゃないの!? なんでそこに気づかないの!!
   今好きじゃなかったら告白なんてしない!違う?!」


友晴はハっとした。


友晴(確かにそうだ。好きでもない相手に告白なんてするはずがない。天仲は、今の俺のことを・・・)

美央「私、帰るわ。」

熾亜「あれ、美央、忘れ物は?」

美央「・・・熾亜もいい加減ボケてるわね。そんなのは口実よ。忘れ物なんてないの。
   ・・・二人が心配で、覗いてたのよ・・・そしたら、雲衣君がウジウジと・・・」

友晴「・・・ごめん。」

美央「ともかく! 私は帰るから、後は勝手にしなさい。じゃぁね。」


吐き捨てるようにして、美央は足早に部室を出て行った。


友晴「天仲、俺さ、昨日天仲にメール打ってる途中でわかったんだけど・・・
   俺、天仲のこと”熾亜”って呼んでた?」

熾亜「うん。私も、雲衣君のこと”トモ君”って呼んでたよ。」

友晴「そのこと、なんだけど・・・また、熾亜って呼んでもいいか?
   ・・・いや、遠まわしな言い方はやめる。」

熾亜「え?」

友晴「俺も、熾亜が好きだ。付き合ってほしい!」

熾亜「トモ・・・君」

友晴「前、どんな風に付き合ってたか知らないし、同じように付き合えるかわからない。
   だけど、俺は熾亜が好きで、付き合いたい。これは、俺の本当の気持ちなんだ。」

熾亜「トモ君・・・ありがとう・・・!」

友晴「お礼を言うのは俺のほうだ。熾亜が思い切って告白してくれたから・・・」

熾亜「うん・・・!」

友晴「それと・・・昨日、久しぶりにあの現象見て、思い出したことがあるんだ・・・」

熾亜「あの現象?」

友晴「茜色に輝く部室。そこで俺、熾亜となにか約束してたよな?すっごく大事な・・・」

熾亜「うん、してたよ。」

友晴「それは思い出したんだけど、その内容が思い出せなくて・・・
   ごめんな、とっても大事だってことはわかってるのに・・・」

熾亜「・・・大丈夫だよ。トモ君はもう、ちゃんとその約束守ってくれたから。」

友晴「・・・そっか。」

熾亜「うん。それでね、その・・・約束のときに・・・」


急にモジモジし始める熾亜。


熾亜「私たち、キス・・・したんだよ。・・・はじめての。」

友晴「そうだったんだ・・・ごめん。」

熾亜「ううん、いいの。それでね・・・今、ダメかな・・・?」

友晴「え・・・?」

熾亜「だから・・・その・・・」

友晴「あ、あぁぁぁ!うん、別にそれはっ!構わないというか、俺もしたいというか・・・
   いいのか?こんな俺で・・・」

熾亜「トモ君だから、したいんだよ。」

友晴「あ、うん。わかった。」


それは、まるで約束をしたときとのような
甘く、優しく、そして、ちょっぴりせつない、2回目のキス。
その様子をコッソリのぞいていた人物が、一人・・・


美央「あ〜ぁ、見せてくれるわねぇ・・・なんにせよ、これで一件落着っと。さ、ホントに帰ろうっと。」


特別な時間も終わり、だんだんと暗くなっていく手芸部室。


友晴「やっべ!もうこんな時間!?」

熾亜「早く帰らなきゃ!」

友晴「そうだな。もうすぐ暗くなるし、家まで送っていくよ。」

熾亜「え?」

友晴「イヤなら、やめとくけど・・・」

熾亜「ううん、嬉しいの。ちょっと前のトモ君も、そうやって毎日送ってくれてたんだよ?」

友晴「ごめん、俺・・・そうだったなって言ってやれない。」

熾亜「あ、ううん!記憶がなくても、トモ君はトモ君だから!焦らず、ゆっくり・・・」

友晴「そうだな。”俺たちのペースで”な。」

熾亜「その言葉・・・」

友晴「あぁ、なんか・・・前にも熾亜に言ったような気がしてさ。」

熾亜「・・・うん。」

友晴「良かったら・・・帰り道に、今までのこと教えてくれないか?」

熾亜「トモ君が知りたいなら・・・」

友晴「あぁ、よろしく頼む。」

熾亜「手・・・」

友晴「手?」

熾亜「つなごう!」

友晴「・・・だな!」


お互いの手をしっかりと握って歩きだす二人。


友晴「この感触・・・すごく馴染む気がする。」

熾亜「それはそうだよ。二人だけのとき、いつも手をつないでたから・・・」

友晴「そっか。」

熾亜「初めて手をつないだのは、今と同じで・・・トモ君が、はじめて家まで送ってくれたとき。
   その日はね、お互いの想いが通じ合った日でもあって・・・その日から付き合い始めたんだよ。」

友晴「うん。」

熾亜「それから・・・あとは何話そうかな・・・」

友晴「なんでもいい。熾亜が話したいことで。」

熾亜「んっと、それじゃぁ・・・」


帰り道、熾亜は今まで付き合ってたときのことを話す。


棚の荷物を取ろうとして友晴にぶつかったこと、美央にからかわれてギクシャクしたこと、
友晴から告白されたこと、茜色に輝く部室を教えてもらったときのこと、
はじめてのデートのこと、友晴に励まされたこと・・・
ただ、あの儀式に関することだけは、話さなかった。
今ではもう関係のないことだから・・・


熾亜「あ・・・」

友晴「え・・・?」

熾亜「もう、ついちゃった・・・」

友晴「ここ・・・なのか?」

熾亜「うん・・・」

友晴「お別れ・・・だな。」

熾亜「そうだね・・・」

友晴「手・・・離さないと」

熾亜「あのね、トモ君・・・」

友晴「ん?」

熾亜「今日は、なんかね・・・もっと、一緒に居たい・・・かな。」

友晴「・・・俺もそう思ってた。」

熾亜「でも、ダメだよね、さよならしなきゃ。トモ君も困っちゃう。」

友晴「また明日会えるさ。」

熾亜「うん」


二人が別れを惜しんでいると、熾亜の家のドアが開く。


ミカ「熾亜さん!遅かったから心配してたんですよ?」

熾亜「あ、ミカさん。トモ君に送ってもらってて・・・」

父親「熾亜?帰ってきたのか。」

熾亜「あ、お父さん。」

父親「大丈夫だったか? おや、そちらの方は?」

熾亜「あ、同じクラスで、私の部活の部長さんの、雲衣友晴君。送ってもらったの。」

友晴「は、はじめまして」

父親「これはこれは、ウチの娘を親切にどうも・・・」

友晴「そ、それじゃ、俺は帰りますんで・・・」

父親「おや、もう帰ってしまうのかい?」

友晴「え?」

父親「いや、実は今日、母さんが料理を作りすぎてしまってね・・・美央ちゃんにも声をかけて、今来てもらったところなんだ。
   よかったら、雲衣君もと思ったんだが・・・」

熾亜「お父さん!?」

父親「もし、今から予定がないなら・・・どうかな?たくさんいたほうが楽しいだろう。」

熾亜「トモ君・・・?」


熾亜もうるんだ瞳で友晴を見上げる。


友晴「あ・・・これといって特に予定は・・・ないので・・・」

父親「そうか、じゃぁ決まりだ。ささ、上がりなさい。みんな待ってるよ」

友晴「は、はい。お邪魔します!」


熾亜の父親について、家に上がる友晴。
熾亜も、一緒にいられる時間が延びたことに、満面の笑みを浮かべている。
二人の帰りを待っていた美央もあわせて、みんなで食卓を囲む。


父親「ハハハハw そんなことがあったのか。」


楽しそうな食卓・・・ではあったのだが、熾亜の両親を目の前にして、友晴は緊張していた。


父親「雲衣君? あぁ、女の子の家に入って緊張しているのかな?
   まぁまぁ、そう固くならずに。遠慮せず、たくさん食べなさい。料理はまだまだあるからね。」

友晴「は、はい、ありがとうございます。」

美央「この料理、おいし〜wミカさんも、いつもこんなの食べてるの?」

ミカ「はいwとってもおいしいので、毎日ご飯が楽しみで・・・」

母親「あらぁ?うれしいこと言ってくれるわねw」

熾亜「それでね、そのときトモ君ったら・・・」

母親「ねぇ、熾亜。ずいぶん楽しそうに喋っているところなんだけど・・・」

熾亜「なぁに、お母さん。」

母親「トモ君っていうのは、そこの雲衣君のことよね?
   ということは、熾亜のカ・レ なのかな〜?w」

友晴「っ!?」

熾亜「お、お母さん!ホラ、トモ君もびっくりしちゃってるじゃない・・・」

母親「あらあら、そのとおりみたいねw」

熾亜「も〜・・・」

父親「ハッハッハwまぁいいじゃないか。送ってきてくれたということで、そんな気はしていたんだがね。
   本当にそうだったとは・・・あぁ、それで緊張していたのか、ハッハッハw」

友晴「いや、その・・・」

父親「雲衣君。」

友晴「は、はいっ!」

父親「ウチの大事な娘を、これからもよろしくお願いしますよ。」

友晴「は、はいぃ! こちらこそっ!」

母親「じゃ、これはさしずめ”熾亜ちゃん、お付き合いおめでとうパーティー”かしらw
   あ、ケーキもあったほうがいいかしら・・・」

熾亜「ちょっ、お母さん!は、恥ずかしいからっ!」

母親「そうだ! お母さんもトモ君って呼んじゃおうかな〜w」

熾亜「ダメダメダメ! ほら、トモ君だって困ってるしっ!」

友晴「・・・」

父親「はっはっは、若いなぁwま、そのくらいの緊張感があったほうがいいんだがね、人付き合いにはw」

友晴「は、はぁ・・・」

美央「ちょっと熾亜、さっきからトモ君トモ君ってそればっかり。
   私たちの話はしないの〜?」

熾亜「え? 美央の話は、いつもしてるし・・・」

父親「あぁ、よ〜く聞いてるよ。最近明るくなりすぎて、ちょっと困ってるとかw」

美央「ちょと困っ・・・あ、あぁ・・・それは、まぁ・・・」

母親「うふふw面白いお友達ね、熾亜。」

熾亜「うん!おかげで毎日すっごく楽しい!美央、ミカさん、ありがとう。」

ミカ「そんな、熾亜さん・・・」

美央「お礼を言われるようなことは、してないわよ。」

熾亜「それに、トモ君も。」

友晴「え?俺・・・?俺は、その・・・最近まで困らせてばっかりだったから・・・」

熾亜「でも、ちゃんと励ましてくれたし・・・私、すっごく嬉しかった。」

友晴「まぁ、それは・・・」

熾亜「これからも、よろしくお願いしますっ!」

友晴「あ、あぁ・・・こちらこそ・・・」

熾亜「くすくすw」


この日再び動き出した、二人の時間。
もし、また友晴が記憶をなくしても、自分がしっかり支えようと強く思う熾亜。
そして友晴は、せめて熾亜に対する想いを忘れないようにと、強く思うのだった。

−end−


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