「今年こそ・・・」

高校に入って二度目の夏休みを目前に控え、俺は決意を新たにした。

「今年こそ、ステキなカノジョと一緒に夏をエンジョイするぞ〜!!」

「・・・お前、またソレかよ。去年もそう言っときながら、コクらずに終わってんじゃん。」

「ふっふっふ・・・今年の俺は違うのだよ! 実はもう、この終業式の後に話したいって、手紙渡してある。」

「お、ついに言うのか?」

「あぁ。」

「受け入れてくれるとは思えないけどな〜w」

「やってみなきゃわからん!」

「へぃへぃ。じゃぁ置いて帰るから、テキトーにガンバれや。」

「おう。」

友人に軽くあしらわれたが、気にしない。
今年の俺は覚悟が違うのだ。
彼女と過ごす楽しい夏休みを思い描きながら、俺は待ち合わせ場所へ向かった。
すると、すでに彼女は不安げな面持ちでそこに立っていた。

「ごめん、待たせちゃって。」

「あ、いえ・・・私も今来たところですから・・・」

「そ、そうなんだ・・・」

いざ目の前にすると緊張して言えない。
口篭っていると、彼女が衝撃の一言を言い放った。

「あの、本当にこういうコトをする人がいて少し驚いたのですが・・・
 もし告白でしたら、お断りします。私には、すでに付き合っている人がいますので。」

「え・・・あ、あぁ・・・そうなんだ・・・」

「ところで、お話というのは・・・?」

「あ・・・いや、実はそのとおりなんだけど・・・ね・・・」

「そうですか。答えは先ほど言ったとおりですので・・・失礼します。」

「う・・・うん・・・」

彼女に出鼻をくじかれ、意気消沈した俺はすごすごと家に帰った。
俺の思い描いていた幸せな夏休みは、粉々に砕け散ったのだった。
その夜、友人から電話があった。

『よぉ〜、どうだった?』

「なにが?」

『なにが?って・・・コクったんだろ?結果はわかりきってるけど、一応な。』

「・・・お前の予想通りだよ。」

『あっはっは! やっぱダメだったか〜』

「もう切るぞ。」

『そんなスネんなよ。去年みたいに二人で・・・おい、ちょっと待っ・・・』

友人が言い終わる前に電話を切る。
去年みたいに二人で、か。それはそれで楽しいんだが・・・
"取らぬ狸の皮算用"とでも言うんだろうか。
気持ちだけ先走ってしまった自分を悔やみ、この夏休みをどう過ごすか考え直すことにした。
そんなとき、また電話がかかってくる。

「・・・はい、もしも・・・」

『もしもし? お兄ちゃん?』

「どちらさまで・・・」

『その声は、お兄ちゃんと見た! 私だよ、私!』

「・・・新手の詐欺?」

『・・・殴るよ?』

「・・・冗談です。」

『もう・・・かわいい従兄妹を忘れたって言うの?』

「忘れるわけねぇよ。雫紅だろ?」

『ぴんぽ〜ん、おおあたり〜! よくわかったねw』

「いや、お前以外に従兄妹なんて知らねぇし。」

『それもそっか。まいあいいや。 正解したお兄ちゃんに、ステキなプレゼントがありま〜す!』

「・・・どーせロクでもねぇモンだろ。」

『シメるよ?』

「・・・すみません。」

『で、そのプレゼントってのはぁ・・・私がお兄ちゃんの家に遊びに行っちゃいます!』

「・・・ロクでもねぇな。」

『そっち行ったら殺すからね。とにかく、明日のお昼には駅に着くから、お出迎えヨロシク〜
 じゃ、おやすみ、お兄ちゃん。』

こっちの返事を待たず、電話は切れてしまった。
次の日の昼、迎えに行かないと本当に殺されそうなのでしぶしぶ出かける。
駅の改札では、昨夜電話してきた"おてんば娘"が大層な荷物を抱えて立っていた。

「お兄ちゃん、おそ〜〜い!!」

「ちゃんと時間を言わないほうが悪い。」

「仕方ないじゃない、電車とかバスの時間わかんないんだもん。」

「事前に調べておけよ。」

「インターネットの回線もない私の家で、どうやって?」

「時刻表は?」

「置いてないよ、そんなもの。」

「じゃ、ケータイとか・・・」

「・・・持ってなくて悪かったわね。」

「・・・そうか・・・」

「とにかく! コレ持って。」

雫紅は、俺にその重い荷物を押し付けた。

「ぐぁ・・・なに入ってるんだコレ・・・」

「女のコはイロイロ準備があるのっ」

「へぃへぃ。 タク使う金ねぇから、歩くぞ。」

「え〜・・・暑い〜・・・」

「そんな遠くねぇんだし、文句言うな。」

「わかったよぅ・・・」

ことあるごとに暑い暑いと言いまくる雫紅に自販機のジュースを与えて歩くこと数分、俺の家に到着した。

「ここが今の家なんだ〜・・・」

雫紅は家を見上げている。

「なにしてんだ〜?暑いから早く入れよ。」

「あ、はいは〜い。」

雫紅の荷物を適当なところに置き、居間で休憩する。

「どのくらいお兄ちゃんと会ってないっけ・・・」

「俺が中3のときに親父の転勤でこっちに越してからだから・・・もう2年になるかな。」

「そっか、そんなになるんだね〜・・・」

「あのときお前、ずいぶん俺に泣き付いたよなぁ・・・」

「そ、そうだっけ?」

「そーだよ。"行っちゃダメ〜!"とか"私も行く〜"とか。なだめるのに苦労したんだぞ?」

「まぁ、あの頃は子供だったし・・・」

「2年じゃ変わらねぇだろ。お前まだ中坊だし。」

「それはそうだけど・・・」

「ところで、駅に迎えに行ったときもちょっと聞いたんだけど・・・」

「なに?」

「遊びに来るにしては、ずいぶん大げさな荷物だな・・・」

「・・・」

「・・どうした?」

「家・・・出てきたの。」

「はぁ!?」

「お母さんとケンカしちゃって、それで・・・」

「お前、何やってんだ! すぐに連絡を・・・」

「待って!」

電話をかけに行こうとしたとき、雫紅に服の裾を掴まれた。

「家には・・・連絡しないで・・・」

「・・・・わかったよ。でも、俺の親にそのことがバレたらどうなるか・・・」

「適当にゴマかそうよ。」

「なんとかなるかなぁ・・・?」

コソコソすると逆に怪しまれると思い、"夏休みの間だけ遊びに来た"ということにして、
帰ってくる親を雫紅と一緒に迎えた。
俺の親と雫紅の親の仲はいいが、しょっちゅう電話するようなこともなかったのが幸いして、
雫紅の家出はなんとかバレずにすんでいた。

「バレずに済みそうだね〜、お兄ちゃんw」

「そうだな。」

「明日から、二人でおもいっきり遊ぼうね!」

「宿題あるじゃんか。」

「二人でやればアっという間だよ!」

「・・・お前は中学のだから俺に聞けばいいと思ってるだろうけど、
 高校の俺は一人でやってんのと変わんないんだぞ?」

「ん〜・・・それもそっか。まぁいいじゃないw」

久々に会えたのがそんなに嬉しいのか、始終テンションの高い雫紅
そんなとき、不意に夏休み前に思い描いていたことの断片が頭をよぎる。

「・・・ステキな彼女と夏をエンジョイ・・・かぁ・・・」

「え? なになに?」

無意識に口に出してしまったらしい。
それを聞きつけ、雫紅が首を突っ込んでくる。

「ステキな彼女がどうしたの?」

「・・・なんでもね。」

「ぁ〜、ひょっとして、彼女にフラれたとか?」

「いや、彼女ってワケでもないんだけど・・・」

「ふぅ〜ん・・・お兄ちゃんは寂しい独り者ってワケだ。」

「ウッセェなぁ・・・そういうお前はどうなんだよ?」

「私も付き合ってる人は居ないな〜・・・好きな人はいるんだけどね。」

「へぇ・・・もしかして、フラれたとか?」

「まだコクってすらいないよ。2コ上の人なんだけど・・・
 まぁ、その人も付き合ってる人はいないみたいだし、そのうちね。」

「早くしねぇと取られちまうかもよ?」

「取られたんだ?」

「ちげぇよ! コクった相手が、すでに彼氏持ちだっただけだ。」

「そうなんだ・・・残念だったね。」

「ホントだよ。」

「私も・・・近いうちに告白しようかなぁ・・・」

「そうしろ。コクったほうが、いろんな意味でスッキリすっから。」

「・・・うん。」

俺の後ろについてばかりいた雫紅もそ、異性を好きになるような年頃なのかと思うと、
少し複雑な心境になった。
雫紅は2年前と変わらず、俺の後をくっついてばかりだった。
俺が宿題をすると言えば、自分の宿題を持って俺のところに来たり、
俺が出かけるといえば、すぐさま一緒に飛び出てきた。
プールに出かけると、あの夜、家に電話までかけてきた友人とバッタリ出会った。

「ぉ〜、結局彼女いんじゃん。」

「バカ、こいつはただの従兄妹だよ。」

「はい。夏休みの間だけ、お兄ちゃんトコに遊びに来てますw」

「へー、そうなんだ。まぁ、仲良くな〜」

「お〜う。」

「ねぇねぇお兄ちゃん、次あっちで遊ぼっ!」

本当に楽しそうな雫紅を見て、俺も我を忘れてはしゃいだ。

夏休みも半分が過ぎたある日。
それは、一緒に宿題をやっているときのことだった。

「ぁ〜・・・あっつぅ〜い!!」

俺の目の前で、雫紅は突然シャツを脱ぎ始める。

「ばっ・・・お前なにやってんだ!!」

俺はあわてて顔を背けた。
チラリと見えた雫紅の胸に、下着がなかったからだ。

「だって〜・・・暑いんだもん。」

「だからって、お前なぁ!!」

「ぁ〜、ひょっとして照れてる?」

「当たり前だバカッ!」

「なんで?昔はよく一緒にお風呂入ったじゃない。」

「な、何年前の話だ! 早く服着ろ、服!!」

「暑いのになぁ・・・ん、もういいよ。」

雫紅は文句を言いながらもシャツを着なおし、二人で宿題を再開する。

「ねぇ、お兄ちゃん?」

「あん?」

「私に好きな人がいるって話・・・覚えてる?」

「ん?あぁ、覚えてるけど?」

「あれね〜、実はお兄ちゃんのこと・・・なんだよ。」

「へぇ〜、俺のことだったんだ。」

二人とも宿題に集中していたので、どうでもいい話と勘違いし、
適当に生返事をした直後・・・

「って、ちょっと待て。俺?」

「そ・・・だよ。」

前に少しだけ聞いた、雫紅の好きな人・・・
"私の2コ上の人""付き合ってる人とか居ないみたい"
確かに俺は雫紅より2歳年上で、彼女もいない。

「お兄ちゃん・・・好きです。私と付き合ってください!」

「・・・本気か?」

思わず聞き返してしまう。

「冗談でこんなこと言ったりしないよ。」

それもそうだ。
現に、雫紅の顔は真剣そのものである。

「それこそ、一緒にお風呂入ってるくらいの小さいときから、ずっと好きだったんだよ?
 ねぇ、お兄ちゃん。私が彼女じゃ・・・ダメ?」

今まで"従兄妹"という関係に捉われすぎて気にもとめていなかったが、"異性"として見れば、
雫紅はかなりカワイイ方だった。
それを知ってしまった俺の返事は・・・

「・・・別にいいよ。」

「え?」

「・・・お前を俺の彼女にするって言ってるんだ。」

「は・・はい!」

確かに、俺も雫紅のことは気に入っていた。
雫紅に好きな人が居ると聞いたときの複雑な心境は、そういうことだったのだと気づいた。

「ふつつか者ですが、今後ともよろしくお願いします。」

「・・・お前は何者だ・・・」

「たった今から・・・お兄ちゃんの彼女。」

「まぁ、そうだけどな・・・」

こうして"脱・従兄妹"を成し遂げた二人は、宿題も手早く片付け、残る夏休みを思う存分満喫した。
映画も見たし、プールにもまた行った。
しかしプールというのは、やはり友人に会いやすいものである。

「あっれ〜? 何お前・・・それ彼女?」

「あぁ。自慢の彼女だ。」

「そっか〜、大事にしてやんな。じゃな。」

「おう。」

「お兄ちゃん」

「ん?」

「私、ホントにお兄ちゃんの彼女・・・なんだね。」

「なんだよ、何か不満か?」

「ううん、その逆。うれしくって・・・」

「バカおめぇ・・・俺だって嬉しいさ。」

「ホントに?迷惑じゃない?」

「迷惑だったら受け入れてねぇっての。」

「それもそうだよねw」

・・・楽しい時間ほどアっと言う間に過ぎてしまうもので、夏休みも残すところあと1日。
雫紅が家に帰る準備をし終わるのを待って、駅まで送っていく。

「もう・・・帰っちゃうんだな。」

「・・・うん。」

「そっか・・・楽しかったぜ。この夏休み。」

「私も。サイコーだったw」

「せっかく彼女になったのに、離れ離れか。」

「また、すぐ会えるよw」

「でも、遠いじゃんか。」

「・・・実はね・・・」

「ん?」

「私、お兄ちゃんの通ってる高校、受けることにしたの。」

「俺の?」

「うん。それで、お母さんに猛反対されて・・・」

「で、家出したってワケか・・・」

「うん。でも、学校行かなきゃ行けないから・・・帰る。」

「・・・あのさ。」

「なぁに?」

「俺からも・・・話してみるよ。」

「何を?」

「おばさんに、お前が俺の高校受けたがってること。二人で言えば、おばさんも頷くかも。」

「・・・ありがとう。じゃ、そろそろ行くね。」

「あぁ。気をつけて帰れよ。」

雫紅を見送って家に帰ると、俺はさっそく雫紅の家に電話をした。
ウチの高校を受けたがってることは、雫紅の話から察するとすでに伝わっている。
まず、雫紅が今まで家にいたことを伝え、"この家から通えばいい""一緒に登下校する"
など、思いつく限りのことを言い、なんとか説得を試みた。
返事は・・・いい手応えではなかった。

・・・それから半年が過ぎ、春休みに入ってスグのことだった。
家のチャイムが鳴り、ドアをあける。

「は〜い、どちらさまで・・・」

「お兄ちゃん!!」

いきなり何者かに飛びつかれ、俺はしばし呆然とする。

「お兄ちゃんのかわいー彼女が、戻ってきたよっ!」

そう言われて、飛びついてきたものを見ると、そこには・・・

「し・・・雫紅!?」

「はいなっ☆」

「お前、どうしてココにっ!? まさか、また・・・?」

「今度は違うよ。」

「え? ってことは・・・」

「この春から、お兄ちゃんと一緒の高校に通うことになったのw」

「許して・・・もらえたのか?」

「うん。お兄ちゃんのおかげでw」

無駄に思われたあの電話だったが、どうやら効果はあったようだ。
雫紅の話によれば、あの電話に出たのは実はおじさんの方だったらしい。
おばさんは相変わらず猛反対していたらしいが、雫紅の意見を尊重したいと思っていたおじさんが
俺からの電話の内容をうまくまとめて話し、おばさんを説得したらしい。

「そっか・・・」

「お兄ちゃん・・・ありがとう。」

「なんだよ、改まって。」

「だって、きっとお兄ちゃんが電話してくれなかったら私ココに来てないもん。」

「あのくらい当たり前だろ。・・・俺だって、自分の彼女と一緒に居たいしな・・・」

「お兄ちゃん、大好き!!」

「俺だって大好きだよ。でもさ・・・」

「なぁに?」

「俺、あと1年で卒業なんだけど・・・」

「でも、引っ越すわけじゃないんでしょ?」

「それはそーだけどな。」

「だったら大丈夫w 私、高校でたらそのままコッチで大学か会社探して、
 有無を言わせず居座るつもりだからw」

「・・・またムチャすんなぁ・・・」

「だって・・・一緒に居たいんだもん♪」

無邪気で一途でまだまだ子供な、俺の大切な雫紅。
これからも振り回されそうだ。

「ねぇ、今"子供"って言った? 言ったよねぇ? そんなにシメられたい?」

・・・本当に、前途多難である。



←第1片へ  第3片へ→