穴掘りホッペ
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
ピョン吉は聞きなれない声で目を覚ましました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
小さな声ですが、また聞こえてきます。
ピョン吉は目を凝らし、耳を澄まして声の正体を探ろうとしました。
しかし動物の気配は全く感じられず、
その鋭敏な鼻でも有力な情報は得られませんでした。
相手の正体が分かるまでは、うかつに動くことは出来ません。
声の主がフクロウならば、小枝が邪魔をしてピョン吉を守ってくれるはずです。
地表では至る所に枯葉が落ちているので、
地上から接近する場合には何らかの物音がするはずです。
ピョン吉は全神経を張り詰めて警戒を強めました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
声の主は少しずつ近付いてくるようです。
にもかかわらず、依然として相手の正体は分かりません。
見えない相手にピョン吉は少しあせってきました。
その時です。ピョン吉の足元が、モコモコッ、と盛り上がってきました。
驚いたピョン吉は素早く飛びのき、盛り上がった地面をにらみました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
正体不明の声はそこから聞こえてくるようで、
地面の盛り上がりはなおも少しずつ進んでいます。
恐らく土の中に、何者かがいるに違いありません。
『ハタネズミかな?』
ピョン吉は数多くのハタネズミを捕まえましたが、全て地上に出てきたものです。
ピョン吉は土の中でのハタネズミの行動に興味を持ち、
何とかして捕まえてやろうと思いました。
幸いピョン吉には気が付いていないようで、
その盛り上がりはまたピョン吉の方に近付いてきます。
「えいっ!」
ピョン吉は両方の前足を使って、思い切りその盛り上がりを押さえ付けました。
「痛いなあ、何すんだよお!」
憤慨したような声がして、地面の下から何者かが顔を出しました。
星明かりだけなので良くは分かりませんが、見慣れたハタネズミでは無いようです。
「だれだい、ぼくの頭をなぐったのは!」
「ごめんごめん、知らなかったんだ」
悪かったなあと思ったピョン吉は、素直に謝りました。
「気を付けてくれよ。ぼくは忙しいんだ」
「ちょっと待ってよ。君は誰だい?」
その動物は再び土の中に入って行こうとしたので、
ピョン吉はあわててたずねました。
「ぼくかい?ぼくはヒミズのホッペと言うんだ」
ヒミズとは初めて名前を聞く動物です。
バリトラじいさんにもクーロンにも、そしてお母さんにも聞いたことがありません。
「ふーん、君はいつもそうやっているの?」
ピョン吉は、初めて見る小さな動物に興味を持ちました。
「そうさ、穴掘りは楽しいからね」
「へえ、変わってるんだなあ」
ピョン吉はますますホッペについて興味を持ちましたが、
ホッペはピョン吉の発言で機嫌を損ねたようです。
「失礼な奴だなあ。偉そうに言ってる君は誰なんだい」
「ぼくはオコジョのピョン吉さ」
「それで何か用なのかい?」
「別に用事は無いんだけれど・・・」
「それならじゃましないでよ。ぼくは忙しいんだから」
そう言うとホッペは、再び土の中へ入って行きました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
ホッペの掛声と共に、地面の盛り上がりは、
モコモコッ、モコモコッ、と進んで行きます。
変わった奴だなあ、とピョン吉は思いましたが、
一時は不安にもなった声の正体が分かったので、安心して休むことにしました。
『起きろよツンツン、起きろよツンツン』
ピョン吉は何かに体をつつかれて目を覚ましました。
相手は上や横からではなく、体の下からつついています。
『起きろよツンツン、起きろよツンツン』
またです。
ピョン吉は一瞬面食らいましたが、すぐに先程のホッぺだと気が付きました。
起き上がって寝ていた所を見ると、案の定ホッペが顔を出しています。
「何だ君かい、何か用かい?」
今度はさっきと逆です。ピョン吉がホッペに聞きました。
「別に用は無いけどさ。君は寝坊助なんだねえ、まだ寝てるのかい」
「だってまだ暗いじゃないか!」
ピョン吉は用も無いのに起こされて、ちょっと不機嫌でした。
「そんなこと、ぼくには関係無いさ」
ヒミズというのは山に住んでいるモグラの仲間なので、
モグラと同じ様にいつも土の中で暮らしているのです。
だから地上の昼も夜も関係無いのです。
「ねえ、君はどこから来たの?」
質問も先程とは逆でした。
ピョン吉は今までに経験してきた出来事を、分かりやすく説明しながら話しました。
「ふーん、君も思ったより苦労してるんだねえ」
ホッペは感心しながら聞いていました。
ピョン吉は一通り話し終えたので、今度はホッペの話を聞こうと思いました。
「君はずっとここに住んでいるのかい?」
「そうだよ。おなかすいたなあ、ミミズを探してくる」
ホッペはそう言うと、また土の中に潜ってしまいました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
掛声も全く同じです。
『勝手な奴だなあ』
ピョン吉はそう思いましたが、土の中では追いかける訳にも行きません。
まだ日の出までには時間がありますが、眠るほどの時間でもありません。
少し早いけど、朝ご飯にハタネズミでも探そうと思いました。
ピョン吉がどちらへ行こうか考えていると、上の方で小さな音がしました。
小枝が落ちた程度のささいな音ですが、ピョン吉の鋭い耳は逃しません。
ピョン吉は足音を忍ばせて静かに近寄って行きました。
上から聞こえてくる足音も、少しずつ移動しているようです。
ピョン吉はその足音から、恐らく正体はネズミだろうと判断しました。
ひとりで狩りをするようになってから、
ネズミの足音は他の動物の足音と区別出来るようになっていたのです。
やがて獲物の姿も見えるようになりました。
それはネズミには違いありませんが、見慣れたハタネズミではなく、
もっとしっぽの長いネズミでした。
お母さんと一緒に狩りの練習をしていた頃のネズミに似ています。
ピョン吉は気付かれないように接近して飛び掛かろうとしましたが、
一瞬早くそのネズミは逃げ去ってしまいました。
どうやらハタネズミよりも勘の良いネズミのようです。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
またもやホッペの声です。今度はネズミが逃げた所の地面から顔を出しました。
「やあ、こんな所にいたのかい。探したんだぜ」
さっきのネズミは、ホッペに驚いて逃げ出したのです。
「おや、ご機嫌斜めだね」
それはそうです。ピョン吉は、ホッペのお陰で獲物に逃げられてしまったのですから。
「じゃましちゃ困るなあ。お陰で朝ご飯に逃げられちゃったよ」
「そうだったの、こめんごめん。でもぼくは満腹だよ」
ホッペは相変わらず自分のペースで話を進めて行きます。
ピョン吉は身勝手なホッペに少し腹が立ってきました。
「ぼくは腹ぺこさ!」
「ふーん、じゃあちょっと待っててね。大きなミミズを取ってきてあげるから」
「いらないよ、ミミズなんか!」
「君はミミズが嫌いなの?変わってるなあ」
依然としてホッペのペースで話が進んで行きます。
「変わっているのは君の方さ!」
「どうしてだい?」
「穴掘りばっかしてるからさ」
「えーっ、だって穴掘りは楽しいじゃないか」
「楽しくないよ、そんなこと!」
「そうかなあ。世の中に穴掘りほど楽しいものは無いと思うけどなあ。
君もやってみないかい、そうすれば絶対に楽しくなるよ」
「い・や・だ!」
ピョン吉はホッベのぺースに巻き込まれまいと気を取り直しました。
でもホッペは自分のぺースを崩しません。
「穴掘りが嫌いだなんて、やっぱり君は変わり者だよ」
「・・・・・」
ピョン吉は、だんだん話す気力が無くなってきました。
「そう気を落とすなよ。本当の変わり者は他にいるのさ」
ホッペは緩急自在に語を進めます。どうやらピョン吉よりも一枚上手のようです。
「ふん、穴掘りをしないのは、皆変わり者だと言いたいんだろ」
「怒るなよ、ぼくが言ってるのはモモンガのことさ」
「モモンガ?」
これもピョン吉が初めて耳にする名前です。一体どんな動物なのでしょうか。
「そうさ、モモンガさ。だってあいつらは木から木へ移るのに、
空を飛んで行くんだぜ。変わってるよなあ」
「空を飛ぶ・・・本当かい?」
空を飛ぶというモモンガがどんな動物なのか、ピョン吉にはさっぱり見当がつきません。
「本当さ。でもそれだけじゃあ無いんだぜ。
ぼくが穴掘りに誘ったのに来ないんだもの、絶対に変わり者だよ」
どうもホッペの話は、最後は穴掘りにつながるようです。
「モモンガって、どんな動物なの?」
ピョン吉はモモンガに興味を持ったので、もっと詳しい話を聞こうと思いました。
「あっ、もう寝る時間だ。おやすみー」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
ピョン吉が止める間もなく、ホッペは素早く土の中に潜ってしまいました。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
ピョン吉はあっけに取られたまま、ホッベが顔を出していた穴をながめていました。
全く勝手な奴だと思いましたが、これは仕方の無いことなのです。
地中に住むヒミズの一日は、ピョン吉のように地上に住む動物の一日とは時間も違うし、
リズムも違っているのです。
土の中には太陽の光は届きませんから。
『穴掘りエッホ、穴掘りエッホ』
ホッペの声はだんだんと遠ざかっていき、やがて全く聞こえなくなりました。
ピョン吉にとって、ホッペとの出会いは短い時間でしたが、
まるで夢のような出来事でした。
終始ホッペのぺースでかき回された気もしましたが、怒る気にはなれませんでした。
体は小さいけれども、誰にも干渉される事なく自分の生き方を貫いているホッペに、
ピョン吉は何と無く魅力を感じたのです。
すでに日は昇り、辺りは明るくなっていました。
ネズミに逃げられてしまったピョン吉は、改めて獲物を探さなければなりません。
お母さんに会えるのはまだずっと先のことでしょう。
でもピョン吉の心の中はさわやかでした。
小さなホッペのたくましさに感動したピョン吉の心には、
新たな勇気と希望が湧いてきたのです。
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