4.迷走するスーツケース
◆ 当日の朝
3号は、興奮のせいかあまり眠れないまま朝を迎えた。いよいよ、ケニヤへ旅立つのだ。 成田空港に向かうべく、最寄り駅へ。しかし、今回の旅のために買った スーツケースがどうやってもまっすぐに進まず、あっちへいったりこっちへいったり。 10分もかからない距離なのに、全然着かないではないか。
早朝で本数が少ないため、一本電車を逃すと成田エキスプレス(NEX)に間に合わないかもしれない。慌て まくった3号は、腰の持病も省みず、スーツケースを抱えて走る。なんだかわけもなく悲しく なった。旅行の間中、これを抱えてなくちゃいけないんだろうか…。某ディスカウントストアで 買った超軽量スーツケース、やはり「安物買いの銭失い」?
新宿駅で予定通りのNEXに乗り換える。少しでも睡眠をとっておこうとするが、自分の上にある 空調の調節ネジが壊れており、冷風をまともに浴びてしまう。ん? なんだか喉の調子がおかしい。 初診の医者に「大きいですよ」と予告しておいても「…大きいですねえ」と言われる 自慢の(?)扁桃腺は、3号の泣き所である。
喉の痛み → 高熱が出る → 解熱剤は使用不可(体質が合わない)…最悪の シナリオ 今回の旅に備えて、3号は一月も前から薬の類を準備してきた。あまり薬に頼るのは好きでは ないが、熱を出してまわりに迷惑をかけるわけにもいかないし、常備薬はまず海外では入手 できない。酔いどめ、うがい薬、総合感冒薬、抗生物質、祖父特製のきんかん酒、のどアメ等 (我ながら、たくさんあるなあ)。成田空港到着まで、ひたすらアメをなめながら過ごした。
◆ 乳母車?犬の散歩?
喉の不安と闘いながらも、NEX車内でいつの間にか眠り込んでいたらしい。目を開けると、もう 人が降りはじめていた。窓の外をそれぞれのスーツケースを持った人が通りすぎていく。スーツ ケースを引っ張りながら。「ハッ!?」その時、目から鱗が落ちた。
そっかー、スーツケースって押すんじゃなくて引っ張るものだったんだ… 実は3号、横長スーツケースについた取っ手を持ち、押していた のである。そう、ちょうど乳母車を押すような具合に。スーツケースが迷走した原因は これだったんだ~。NEXから降り、おそるおそるスーツケースを引っ張ってみる。なんだか、犬の散歩みたいだ。
すると、多少ふらつくものの、もう今朝のような迷走はしない。\(^o^)/ たかが、と他人は思うかもしれないが、この発見と喜びは3号にとって大きかった。少し 喉は不安だけど、スーツケースがちゃんとついてきてくれるなら、ケニヤに行ける気がする。
すっかり気分をよくして、成田空港内に向かう。初めてのために勝手がわからずキョロキョロ。 警備からパスポートを見せるようにと言われて、わけもなくどきどきする。何せ国内線すら 乗ったことがないのだから、見るモノ全てめずらしい(←おのぼりさん)。待ち合わせ 場所を間違えたりもしたが、無事に2号と合流することができた。
チェックインカウンターでスーツケースを預け、チケットやクレームタグをもらう。 勝手の分からぬ3号は、てきぱきとものごとを進める2号を尊敬のまなざしで眺めていた。 すると、
「荷物は目的地(ナイロビ)までスルーで行きますから」「はい…えっ!?」 確か旅行会社のE氏はロンドンで一度受け取ってからケニヤ航空に預けるようにって言って いたのに。スルーの方が楽だけど、果たして無事にケニヤまで運ばれるのだろうか? いきなりロストバゲージなんてイヤだ。しかし、何も言えないでいる2号&3号を 残し、スーツケースはベルトコンベアに揺られて消えていった。
◆ 後日譚
この「超軽量」「迷走」スーツケースはケニヤ旅行だけでお役御免となった。 車輪がおかしくなり、また鍵も壊れてしまった。旅行から戻ってきて鍵を開けようとしたが うまくいかない。1分間真剣に考えて、バレッタ(髪留め)の金具を使ってみたらあっさり 開いた。フクザツ…。
ちなみに、一緒に購入したスーツケースベルトは、3人で知恵を絞っても、いまだにきちんと 締めることができない。しょうがないので途中まで締めて、あとは結んで使っている。スーツ ケース同様、捨てて新しいものを買えばいいのだが、妙な愛着がわいて使い続けている。
5.24時間飛行機の旅
◆ 2号の得意技
出国審査なども、3号は2号についていくだけ。土曜日とはいえ、観光シーズンではない ので空いていた。出入国カードを記入し、パスポートと航空券と一緒に係官に差し出す。 こういった手続き全て、3号は初体験。お次は荷物チェック。これが金属探知器か。 手荷物をコンベアにのせ、身ひとつでくぐる。 と、背後で警告音が鳴った。どきっ。
「またやっちゃった。成田のやつ、鳴らすの得意なんだよね」 警告音は3号ではなく2号に対してのもの。振り向くと2号はしっかりボディチェックをされており、 なんだか照れくさそう。金属の類は何も持っていないのに、成田の金属探知器はいつも 彼女を警告音で迎えてくれるらしい。
◆ エコノミー規格外
飛行機に乗り込んで座席を探しつつ、ものめずらしげにあちこち眺める3号。 たどりついた席はエコノミーの悲しさ、翼の上であった。2号は3号に窓際の席を 譲ってくれる。荷物を上の棚に入れることはできたが、2人とも小柄なため、ふたをしめる のはスチュワーデス任せ。
「?」もの珍しげに窓の外を眺めていた3号は、胃のあたりに圧迫感を感じた。 すぐ目の前にはVS航空自慢の超小型液晶TVが…。 実は3号の前の席に、身長も高けりゃ横幅もご立派な外国人男性が座っていた。 リクライニングしていないのだが、あまりに重いせいで、椅子の背が3号に 迫ってくる。彼がちょっと身じろぎするだけで椅子はぎしぎしと きしみ、テーブルが胃に触れる。
エコノミークラスに乗客のサイズ制限(身長・体重)求む。 そうこうするうち、緊張のテイクオフ。機体が動き出してから離陸まで意外と 時間があるので、緊張が間延びする。ぐん、と加速したと思ったら ふわり、と浮く感覚が伝わってくる。ロンドンまでは13時間のフライト。かつて青森へ 夜行列車で旅した時が11時間だったから、それよりもまだ長い。うーん。
安定飛行に移ると前の巨漢がめいっぱい座席を倒したため(彼は彼で窮屈なのだろう)、 まさに押し潰されそうになる。こっちが小柄だからまだいいけど、普通の男性だったら 怒るだろうな~。3号もリクライニングしてみたが、高い背もたれに ついた液晶TVはまさに目の前。映画なんぞ見たら目がクラクラするだけだ。定評のある 機内食はおいしかったが、圧迫感でうまく消化できないような気がした。
少しでも寝たかったが、緊張もあってなかなか眠れない。旅慣れている2号の寝顔が うらやましい限りだ。機内は予想より寒く、毛布をかけてもしのぎぎれない。喉が、なんだか いやな感じで痛み出す。のどアメや総合感冒薬は手荷物に入れていたが、抗生物質は スーツケースの中。それが悔やまれた。
◆ 異国の名前で乗ってます
そんなこんなでヒースロー空港についた時、3号はかなり疲れていた。気圧の変化について いけず、飛行機を降りてからも耳の激痛に悩まされる。役立たずの3号を連れ、2号は 乗り継ぎのルートを探してくれた。荷物はスルーなので、手荷物だけ再チェックされる。 ちょうど日本時間で午前3時過ぎ。完徹あけみたいなもので、ひたすら眠い。
ケニヤ航空の出発まで約2時間、搭乗ゲートがモニターに表示されるのを待つ。 紅茶を飲み、友人へのお土産やフルーツドロップ(残り少ないのどアメの代わり)を 購入したりするが、眠気は去らない。いつしか手荷物を頭の下に入れて、ソファで2人 は眠り込んだ。出発45分前になって、ようやくゲートが表示。眠気と疲れで重たい体を励まして移動。 顔を見合わせ「疲れてるよ」と見事にハモってしまう。
チェックインの時だったか搭乗の時だったか、 スタッフがトランシーバーで乗客名の連絡を行っていた。スペルの確認に「ズールーランドのZ」 というあたり、やはりアフリカっぽい。しかし、チケットに刻印された2号&3号の名前には 抜けや間違いが(3号はZが抜けて異国風の名前に)。ケニヤ航空に万一の 事があっても、「名簿に日本人らしき名前はない」と片づけられてしまいそうだ。
やっぱりあやしいのか、ケニヤ航空…
6.謎の空港エンテベ
◆ マイノリティ
ロビーで搭乗を待つ間、眠り込むわけにはいかないので、必死にまわりを観察して みる。やはりほとんどが黒人。ぽつんぽつんと白人、インド人の姿が見えるきりで、 東洋人はどうやら我々2人だけのようだ。ここから先は全く日本語なぞ通じない。 よくて英語、もしくはスワヒリ語。眠くてドロドロの頭で英語のアナウンスを聞か なくてはならないのかー。難題じゃ。
荷物を預けて洗面所に行って戻ってくると、2号は見事にソファに埋もれて寝ていた(やはり ツワモノは違う)。3号もそうとう眠かったのだが、不安と緊張のせいでかろうじて意識を保っていたようなもの。ようやく、シートNo順に搭乗が始まった。
「アフリカのプライド」のキャッチフレーズは伊達ではなく、機内はわりときれい。座席に液晶 モニターなどないシンプルな作りだが、圧迫感がなくてかえっていいと思う(VSの後遺症か?)。 席に着くやいなや、2号は熟睡モード突入。毛布は3号が2人分受け取る。
この毛布、布というより編み地だった。アクリル製で静電気バリバリ。 英語のアナウンスが入り、カーゴの積み込みが遅れているせいで、出発時間が延びるとのこと。 うーん、成田でお別れした「迷走」スーツケース、無事積み込まれているだろーか。
◆ not アテネ but エンテベ
旅行会社からスケジュールをもらった時点で、ロンドン←→ケニヤ間はなぜか往きの方が フライト時間が長いことはわかっていた。英語のアナウンスによると、この便は「ア何とか空港」 経由でナイロビに到着するらしい。ガイドブックにギリシャはアフリカへの路線が多いと 書いてあったため、「アテネ経由」と勝手に解釈。
出発時間が迫り、シートベルトの締め方や酸素マスクの使い方をスチュワードが前の方で実演 している。無事離陸してくれるかな、その不安で3号はいっぱいなのだが、それを分かち合いたい 2号はもう夢の中。しかし無事に安定飛行に移ったため3号も眠りに入る。
途中、イヤな汗をかいて目が覚めた。喉がやけつくように痛い。これは「熱」だ。 パニック状態の3号は2号を起こし(すまなかったと思っているよ今でも)、水をとりにいって もらう。しかし、こんどは薬がない。手持ちの分を飲みきってしまったのだ。
ケニヤについたらすぐサファリ出発というスケジュール、これはもう無理だ… 心で泣きべそをかきながらも、眠り込んでいたらしい。ふと目が覚めると着陸体制に入るところ だった。予定よりも2時間ほどはやいようだが…。いぶかりながらもシートベルトを締める。
「アテネに降りた覚えある?」
窓の外はもう明るくなっている。眼下に大きな湖が見えた。「ビクトリア湖?」「まさか」 ナイロビのそばに大きな湖はないはず。小国からやってきた2人には大きく見えるが、 アフリカでは小さな無名な湖なのかもしれない。そんな会話をしているうちにスムーズに 着陸。したとたんに、機内からいっせいに拍手がまきおこる。
「ないけど。今から降りるのは時間的に見てアテネじゃないよね?」
「この拍手は一体?」 …いつもは、もっと下手なんだろーか? ◆ 知らぬが仏
外を見ると、こじんまりとした空港がみえる。大多数の人が荷物を持って降りはじめた。 降りようとする3号を、2号が納得いかないという表情でとめる。ここはどこ? 「ジョモ・ケニアッタ・エアポート、ナイロビ?」と出口のスチュワードに尋ねると「 ノーノー、エンテベ」との答え。
旅慣れた2号のカンは正しかった。あとでケニヤに住む友人と再会してわかったことだが、 ここエンテベはなんと隣国ウガンダの空港だったのだ。降りていたらビザはないわ(当時 在日ウガンダ大使館は閉鎖中)、友人も迎えには来られないわ、政情は不安だわ、 悲惨なことになっていただろう。2号の機転がなかったらと思うとゾッとする。
機内はすっかり閑散とし、再度離陸。眼下の湖をいちおう記念撮影(ビクトリア湖だった(^^;)。 水平飛行に移ったな、と思ったらすぐまた着陸態勢に。今度こそ、ナイロビ 空港だ。高地に位置するため、旋回することもなく着陸。
今度は拍手なし。ウガンダだけの慣習?