『合宿の思い出』 8期 大竹


 きっといつか遠い過去の日々よ、とつぶやく日々がくる。 きっと涙してつぶやくのだろう。


   そんな日々がくる前に

   時よとまれ

   流れる時よとまれ

   私の手のひらでとまれ

   私の指先でとまれ


 おもえば今から3年前、私がまだ『てい〜んず・ぶる〜す』を唄える年齢の時のお話です。

カンガルーの赤ちゃんが生まれてすぐ、お母さんのお乳をさがして袋の中に入っていこうとする、

そんな気持で私達は石垣島にやってきました。

今でこそガジュマロの木に登ってのんびりと昼寝をしている牛のような我々4年生も3年前は、

その木に手をふれることさえできない1年生でした。

はじめて潜る石垣の海は加山雄三の歌の世界で、私達は人魚のように水面と海底をいききしたものでした。


 ある日の朝、チャンプルーズのハイサイおじさんのロックンロールで気持ちよく目覚めた私達は、

きょうもいい天気、酒がうまいとばかりに、おやじの浜に潜りに行きました。

その日の午後は、地球が海水をお腹いっぱいに飲みこんで鼻歌を唄い、

リーフの内側のサンゴ礁達はそれにあわせてハモッているようでした。

私達はお昼を食べ、あるものは牛に、あるものは猿になっていました。

(あくまでマタハリにはほど遠く)私は一人 Clean Japan Isigaki という風にキラキラと太陽を跳ねつけている水辺で、

さながら"落葉ひろい"のつもりで貝がらをあさっていました。

おいおい俺のへそのごまを取るなよ、と地球がゲラゲラとお腹をかかえて笑った途端、震度2の地震が私の足元で起こり、

私は片膝をついたかたちで転んでしまいました、左足に少しの痛みを覚えて。


太陽がウインクをはじめた頃、我々は民宿に帰ってお風呂に入る用意をしていました。

スーツをぬぎ左ヒザをみると、ほくろよりも大きく、黒目よりも小さな傷がありました。

そしてどうしてもがまんできなくて歯医者にかけこんでしまう、そんなズキズキとした痛みがあるのです。

しまったこれは何か足に刺さってしまったんだな・・・・・・。

「米田さん、足にサンゴみたいなものが刺さっているのですけど」

と宇宙地図を描いたおふとんのそばに立たされるのがわかっていながら親に告げる、そんな気持で告げたのでした。

「サンゴやったら早くださないといけないな」と黒い雲で空が一杯になりました。

私のそんな気持も知らずに、私のまわりでは着々と手術の用意がなされました。

メスと消毒薬とピンセット、カチャカチャ。

実は、ナイフとアルコールと毛抜き。

ゴトゴト。

泡盛を飲め、これは麻酔だ。

30、29、28、27、・・・・と数をかぞえることもなく大手術は始まりました。

バシーンという音が聞こえたようなそんな気持でいっぱいの私に群集達は、

おっ、サンゴだ、今度はスーツの破片だと、まるで夏の甲子園のアナウンサーでした。

私の足を傷つけたホシは誰だというと、アラン・シリトーの絵本のダストピン、ダストピン・ダンのような顔をしたサンゴと

スーツの破片のゴムが"オイラだよ"とふてぶてしく出て来たのでした。

ホシを縄でしばっておしおきをする暇もなく私は女子部屋に連れて行かれ、

「きょうは、お酒も飲まず、ゆっくりお休み」などと自分の世界を私の世界に押しつけて米田さんは行ってしまったのでした。


 私は19年前の自分の生まれた朝を想い出しながら眠っていました。

サンゴのお城が幾重にも並んでいて、あたしほどのお城に入っていいのかわからずに立ち止まっていました。

まっ赤なサンゴのお城や、ノウサンゴに包まれた高い城壁のあるお城、まっ青ないばらに包まれたお城。

ポインターのような顔をしたウツボが「招待状は?」と聞くのです。

「あの、まだ届いてないのだけど」と答えると、

そのウツボの番犬は「じゃあ、あっちにいきな」と鋭い犬歯のはえた口で細い小道をさしました。

細い小道を歩いて行くと、緑と赤と青のお城がありました。

ストレンジーイと思いながら歩いていました。

時計を持ったウサギが"ああ、忙しい。ああ、忙しい"とばかりに走って行くのではないかと思われる世界で、うろたえながらお城に近づきました。

緑、赤、青と見えたお城は七色の光のお城であることに気がつき、

私の心はビー玉で太陽をのぞいているような気持で、不安の風船もパンとわれてしまいました。

馬に乗った王子様でも出て来るのかしら、そう思って"ちょうせんフデ"の呼び鈴を引っぱるとドアが開きました。

ドアが開いた途端"おおたけ・・・・、おおたけさ〜ん"という声が中からしました。

それとともにレモンとみかんとトマトとキュウリをすりつぶしたような甘ずっぱい匂いがしました。


ハッと目がさめると、そこにはタマキと泡盛を飲んでF・モウワットのマットのような顔をした長谷川君がドアの外に立っていました。



   ひとり灯のもとにふとんをひろげて窓の人を友とするぞ、こよなう慰さむれざなる    徒然草 第十三段 兼行法師



          


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