『合宿の思い出』 8期 和田
大学に入り我がクラブに入り、楽しかった事、苦しかった事は数々あるが、
中でも我がクラブの年に2度ある合宿はとても印象深く私の心に刻まれている。
夏は4回伊豆大島に言った。
が、春合宿はいろいろの都合で1度しか行けなかった。
伊豆大島での夏合宿でも1年の時から4年の時までそれぞれに楽しい合宿であった。
しかし我々が1年の時に行った沖縄石垣島の思い出は一生涯忘れる事は出来ないであろう。
合宿の始まる一週間前にある先輩に連れられ1年生の大半が石垣島に乗り込んだ。
船中においても石垣島に着いてからも、一つ一つがすべて新鮮であり私の心に焼きついた。
南国の海の色は限りなく透明に近いブルーであり、珊瑚礁はどこまでも続いていた。
そして、そこで遊ぶ魚達の美しさはたとえようの無いものであった。
合宿に入り、スコールに会ったり、大波を乗り越えたり、いろいろなことが頭の中に浮かんでくる。
そういえば近頃よく耳にするハイサイおじさんの歌、あの歌を聞いて我々は朝目をさましたものだった。
今でもあのハイサイおじさんの歌声を聞くたびに何とも言えない思いがする。
合宿中はいやな事もたくさんあった。しかし、そんな事も今となっては楽しい思い出である。
何と言ってもペンで書くにはおのずと限度があり、又どう言葉を拾い集めても言い尽くせるものではない。
今度の春合宿は沖縄だそうなので、我々4年が味わってきた思い出を下級生も胸一杯につめてきてもらいたいものだ。
くれぐれも事故の無いように。
それからこの事は合宿に入ると一層よく分かる事なのであるが、
あの幹部とか幹部会と言うのが今だにピンと来ない。
3年4年になってしまってからは、惰性であまり気にもならなかったが、1年2年の頃はそれらがどうも嫌いだった。
同じ仲間なのになぜか一歩離れたように思えていた。
だが、皆から選ばれた部長・副部長らが、予定など話し合うのは誰もが理解できるところである。
だからしかたないのではあるが、どうもいけない。
私の性に合わないというのか、あの幹部という言葉を合宿中に耳にするだけで何とも言えない憤りを感じていた。
まあこの事は私の性格から来る事であるのだろう。
ただ、下級生の中にも少なからずそう思う連中がいるであろう。
とかく上級生になればなるほど自分達が1年でいた頃の事を忘れてしまうものである。
反省しなくてはいけない。
とにかく大宇宙(ちょっとオーバー?)の中の一つの地球のまたその中の日本の、
そしてその中の日大のダイバーズクラブに、あまり頭の良くない連中が集まったのであるから、
みんなで力を合わせ、合宿に、又他の活動にも一生懸命頑張っていつまでも我が日大スチューデント・ダイバーズ・クラブを続けて欲しいものだ。
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