第四話
〜逆転/敵さん退場〜



 状況は時間が経つたびに不利になっていく。
 迫る選ばれた者、後退する明彦。 数メートル先で路地は大通りにつながっている。大通りに出てしまうと残りのヤツらに発見され、勝ち目は無くなる。 明彦は路地に入った時点でそのことには気付いていた。だが、こんなにも早く見つかるとは思っていなかった。 これ以上の後退は出来ない。

(このままだとやられる。なら……やるしかない!)

 明彦は決心したと同時に抱きかかえていた少女を地面に降ろし前へと歩ませた。 その行為に少女はすぐに振り返り明彦のことを見た。少女の表情は今にも泣きそうだ。 少女が振り返った先には微笑んでいる青年の姿があった。 そんな青年の姿を見た選ばれた者は相手が観念したと思い込み、金属バットを持った手を降ろしゆっくりと近づいた。
 明彦はその一瞬を見逃がさなかった。  ばれた者が金属バットを降ろそうとしたした瞬間に、少女を追い越し瞬時に間合いを詰め、上段頭部側面に右の廻し蹴りを放つ。 鈍い音とともに選ばれた者の頭が明彦の右足とコンクリートの壁によってプレスされた。 明彦はそのまま蹴った勢いを使って右足を戻すと同時に、体を回転させ左の足で先程蹴った場所と同じところに後ろ廻しを入れた。 さらに鈍い音がしたかと思うと、選ばれた者が地面に崩れ落ちた。
「ハァ、ハァ……スッゲー痛そう……」
 極度の緊張から開放され、今までに溜まったものを肩での息で吐き出した。 明彦が少女の方に振り向くと、少女はさっきと同じ泣きそうな表情のままだった。 しかし、泣いてはいなかった。明彦は屈んで少女の頭を撫でた。
「ごめんな。相手を油断させるにはこれしかなかったんだ。ごめんな。怖い思いさせて」
 その言葉に対する少女の返答は意外なものだった。
「わたし……泣かなかったよ、ウッ、ヒック……おかあさん……ウッ、ウッ……探してくれるって、ヒック……言ったもん……」
 さすがにこの答えには明彦も驚きを隠せなかった。
「よしよし、偉いぞ。絶対に君のおかあさんを見つけてあげるからね」
「……うん」
 少女の表情が笑顔に戻った。






 明彦が路地で選ばれた者と対峙していた時、大通りでは四人の選ばれた者が、発砲許可が出て拳銃と盾で武装した警官隊に囲まれていた。 その輪の中央では足を撃たれて苦しんでいる選ばれた者が二人いた。
「ハァ、ハァ、ちくしょう! 俺様の美脚を打ち抜きやがって」
 両足を撃たれた痛みを逃がすかのように激昂している。
「うるせぇな! 俺だって撃たれたんだから静かにしろ!」
「ここでもめてる場合じゃないぞ」
 二人をなだめながら回りを見回している。
「そうだぜ。空に飛んじまえばこっちのものだが、俺らが飛ぶより拳銃の弾のほうが早いから逃げられねぇ」
 冷静に状況を理解し、他の選ばれた者に説明している。
「くそっ! どうするよ」
 選ばれた者の一人が言った言葉をかき消すかのようにスピーカーから声が聞こえてくる。
「お前たちは完全に包囲された! 発砲許可も出ている! 武装を解除し、大人しく投降しろ!」
 ありきたりの言葉だが、発砲許可が出ている分相手への脅迫度が上がっている。
「ちくしょう、何とかならねぇのか?」
「……アイツがきっと何かやらかしてくれるだろう」
「アイツ? ……そうか! アイツがいたか。ならここは時間稼ぎ、だな」
「へっ! 後で思う存分食ってやる……」






 選ばれた者たちが救助を期待している『アイツ』は、情けなくも今地面に崩れ落ちていた。 その傍では明彦が大通りで何が起こっているか知らずに黙々と考えていた。
「ひとまず戦利品は頂くとして……」
 そう言うと明彦は金属バットを手に取った。
「これで何とか戦える。問題は……」
 少女の方を向く。少女は無邪気に微笑んでいた。
(この子をどうするか、だな。俺一人なら正面から向かっていくところなんだけど……)
「ねぇ、おにいちゃん」
 少女の一言が明彦の思考を止まらせた。
「どうした?」
「声が聞こえるよ」
「声? どこから?」
 明彦は精神を集中させた。声の持ち主といえば選ばれた者しかいない。
「道の方から。包囲されたー!って」
 明彦は淡い期待を抱いて大通りに出た。アタリだったらOK。ハズレなら一気に蹴散らすという魂胆だ。 大通りに出て明彦の視界に入ったものはアタリだった。
「ははっ、やってくれるじゃん。ちょっと遅いけど」
 一気に緊張が抜けた。
「こっちにおいで」
 明彦は少女に出てくるように促した。そう言われて少女は不思議な表情で歩いてきた。
「もう大丈夫だ。おまわりさんがあいつらを捕まえてくれるよ」
「ホント?」
「ああ、それじゃ……」
「おかあさん!」
 明彦の言葉を少女の大きな声がかき消した。明彦が振り返ると少女の母親らしき人物が名前を言いながら駆け寄ってくるのが見えた。
「おかあさん!」
 少女が飛びつくと、母親はしっかりと抱きしめた。
「良かった、無事だったのね。おかあさん心配して心配して……」
「おにいちゃんに助けてもらったの!」
「おにいちゃん?」
「うん!」
 少女と母親は辺りを見回したが、『おにいちゃん』の姿は見当たらなかった。
「あれ? おにいちゃん? どこいったの?」
 少女が不思議そうにうろつき始める。しかしいくら探してもおにいちゃんの姿は見つからない。母親はそんな少女の姿を見て口を開いた。
「きっとおにいちゃんは帰ったのよ。だから私達も帰ろうね?」
「……うん」
 少女は少し寂しげな表情をして母親と手を繋いで帰っていった。






 先程、青年と翼を持つ者が戦っていた場所で明彦はその光景を見ていた。
(俺にそういうことは似合わないからな)
 心の中で少女に謝ると、倒れている選ばれた者に振り返った。
「こいつも持ってってやるか」
 そう言うと、明彦は首根っこを掴んで引きずりながら路地を出た。






 選ばれた者たちは警官隊に囲まれた中で未だに抵抗を続けていた。
 救助を期待しているアイツは、明彦の手によって倒されたことを知らずに……。



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