第33章4節 : 予知と予定調和




 そう言ってクラウドに背を向けると、ユフィは躊躇わずに一歩を踏み出そうとした。きっとこの先にいるリーブに会うのが、今のクラウドにとっては最良の選択だろうと思ったからだ。
 しかしそれを全力で否定したのはクラウド本人だった。彼は無言でユフィの腕を掴むと、彼女の前進を妨げた。
「ちょっと! いきなり何……」言いながら振り向くのと同時に、今度は腕を思い切り引っ張られたものだから、ユフィの体は放り投げられる形でエレベーターに押し戻された。頭部に走る衝撃に思わず瞼を閉じれば、耳鳴りと共にきらきらと小さな光の粒が視界を横切った。
 それから数秒も経たないうちに、エレベーター内の側壁にぶつけた後頭部を押さえながらユフィが薄く瞼を開く。視界の中央には、伸ばした手で操作パネルのボタンを押しながら宙を舞うクラウドの姿と、扉の向こうに走る閃光が見えた。その光景を目の当たりにしたユフィは一瞬だけ、まるで良くできた映画みたいだと、どこか他人事のように考えていた。
 間一髪のところでエレベーターにクラウドが飛び込むと、扉は閉まった。それから息を吐く間もなく、轟音と共にエレベーター内は激しく振動した。
「なっ、なんだってのさ!」尻餅をついた格好で踏ん張りながらユフィが叫ぶ。突然の出来事に、状況が呑み込めずにいた。
「あのまま行ってたら、爆発に巻き込まれてた」
 前につんのめる形で体勢を崩してはいたものの、クラウドの声は冷静だった。
「爆……?!」
「どうも、あそこから先には進ませたくなかったみたいだ」
 言いながら、揺れが小さくなったのを確認したクラウドは大剣を支えにしながらゆっくりと立ち上がり、パネルの前に立つと操作をはじめた。しかしどこを押しても扉は反応しなかった。どうやら自分達は爆発の衝撃で傾いたままのエレベーター内に閉じこめられたのだろう、と言う状況を把握した。
「面倒な事になったな……」
「ねえクラウド、『アタシ達を先に進ませたくなかった』ってどういう事?」
 操作パネルと向き合うクラウドの背にユフィが問う。意識せずに立ち上がった勢いでエレベーター内が大きく揺れ、再びユフィは側壁に後頭部をぶつけた。深刻な内容の会話にあって、その鈍い音はいっそう際立った。
 しかしクラウドは意に介した様子もなく、ユフィの問いに答えた。
「爆発のタイミングから見て、俺たちがあの先に進むのを妨害する為の仕掛けだと思えたんだ」見方によっては罠という言い様もあったが、クラウドは意識的にそうすることを避けていた。
 言い終えたところで、パネル操作を諦めたクラウドは天井を見上げた。換気口があれば、そこから外に出られるだろうと考えた。
「って事は、おっちゃんが?」
「そこまでは分からない。時限式かセンサーかそれとも遠隔操作か、やり方は色々ある。だけど装置を作動させるための仕組みによっては、ユフィの予想が正しい事になるな」
「なんで……?」気の抜けた声でユフィがつぶやいた、どうしてこんな状況になったのかが分からなかったのだ。
「ところでユフィ」支えにしていた大剣を右手に持ち替え、両足を開いて態勢を整えると視線を真上の換気口に向けながら問いかける「ここへ来る前にリーブと会った、って言ったよな?」。
「うん」
「なにか言われなかったか?」
「えっ?」
 どうやら質問するクラウドには心当たりがある様子だったが、聞かれているユフィ当人には思い当たるところがない「ええっと、色々聞いた気がするけど……」。急転を繰り返す事態について行けず、思うように考えがまとまらなかった。
 その間もクラウドが大剣で天井の換気口を壊そうとする度に、エレベーター内が大きく揺れた。神羅ビルのそれとは違い、ここはずいぶん頑丈に作られているみたいだと、妙なところに感心する。
 マテリアを携行しなくなって久しい今では、魔法は使えない。つまり脱出のための選択肢は限られていた。しかもクラウドの剣技は狭い空間、とりわけ密室となったエレベーター内で使用するには向いていない。それというのも扱う剣その物の大きさもあって、大型の敵や広域攻撃を担う技が多かった為だ。仮にここで発動すれば乗っているエレベーターを壊せたとしても、ユフィや自分自身も巻き込んでしまう危険があった。
 さらに問題なのは、先程の爆発の影響でバランスを失い非常に不安定なエレベーター内では、動く度に籠が大きく揺れる事だった。乗り物酔いという弱点を持つふたりにとっては、もっとも危惧すべき事態だった。
「……ち、ちょっと待ってクラウド。……なんか……気持ち悪くなってきた」こんなに揺れるんなら飛空艇の方がよっぽどマシだと、口元に手を当てながらユフィは思う。
 閉塞された空間では、風景などで気を紛らわす事もできない。その上ひどく揺れるものだから三半規管は半ば混乱状態だ。クラウド自身、この状況下に長時間いるのは避けたかった。一刻も早く打開策を見出したかったが、焦れば焦るほど状況は悪くなる一方で、まさにジレンマだった。
(確かにユフィの言うとおりだ。これじゃあ潜水艦の方がまだ……)
 考えたくないという意識はむしろ忘れかけていた記憶を呼び起こすカギになる。次々といやな要素が脳裏に浮かんで、クラウドは思わず眉間にしわを寄せた。これ以上ここにいると、それだけで心身共に参ってしまいそうだ。となれば多少の無理をしてでも、ここは強行突破しかない。
「……踏ん張れユフィ!」
「えつ!?」
 覚悟を決めたクラウドは大剣を構えて腰を落とすと、狙いを換気口に定めた。未だ不安定に揺れる床と跳躍のタイミングを合わせると、全身を使って跳躍し勢い良く大剣を突き上げた。金属が擦れ合う耳障りな音と共に、クラウドは大剣をねじ込むようにして持ち手を変えた。換気口を覆っていた金網はさらに不快な音を立てると、抉れて形を変えた。
 もう少しで壊せると手応えを感じたクラウドだったが、直後にエレベーター内がひときわ大きく振動すると、がくんと小さく落下する様な衝撃が走った。バランスが崩れ、大剣はクラウドの手に押し戻される。
「く、クラウド!?」
 ぎいと軋んだ音を立てながら、エレベーターは傾斜したままでゆらゆらと揺れている。先程よりも明らかに不安定になっているのが分かった。
「これってさ……もしかして」
「支えになるワイヤーの片方が切れたんだろうな」
 応じるクラウドの声は、自分でも驚くほど冷静だった。
「ねえ、エレベーターを支えてるワイヤーって、そんなに簡単に切れちゃったりするモンなのかな?」
「いくらなんでもそれは無いんじゃないか? それなりの強度はある」と信じたかった。
「……だよ、ね? 簡単に切れちゃったりするハズ……無いよね?」
 まさかねー、とユフィは乾いた声で笑ったが、すぐに笑顔は引っ込んでしまう。
「…………」
「…………」
 それから互いに顔を見合わせるが、なにも言葉が出てこなかった。
 なぜだかは分からない。ただこの時点でふたりは、このエレベーターを支えるワイヤーが、「あと数十秒ほどしたら簡単に切れてしまうのではないか?」と言う、とてつもなく現実味を帯びた予感を抱いていた。
 その直後に、ふたりの予感を確信に変えさらに実現してしまった事を告げたのは、けたたましく響いた金属の摩擦音だった。同時にエレベーター内は照明と安定を完全に失い、ふたりを乗せたまま落下をはじめた。
 そんなほんの一瞬の間に、クラウドの脳裏ではまるで走馬灯のように記憶が再生され、ここへ来る直前に対峙したリーブの言葉がよみがえった。

***

「神羅カンパニーの支配体制をいっそう盤石な物とするために、当時は裏で様々な能力開発を行っていた様です。その中のひとつに『未来予知』なんてものもあったそうです」
 またしても自らを人形だと名乗っていたものの、クラウドの前に現れたのは姿形や声のなにもかもがリーブだった。
「もちろん、私にそんな能力はありません。ですが予知能力が無くても確実に未来を知る方法があるんです。何だかお分かりになりますか?」
 目の前に立ったリーブは淡々と話を続ける。クラウドが分からないと首を振ると、こう続けた。
「自分の描いたシナリオ通りに事を運ぶんです。そうすれば、予知などする必要はありません。予めレールを敷設してその上に列車を走らせるのと同じです」
「『敷かれたレールには逆らえない』、そう言いたいのか?」
 静かに問い返すクラウドの声には僅かばかりの嫌気がこもる。
 それを受けてリーブは口元を綻ばせると「少し違います」と答えた。
「正確には、その上を走ることを嫌い彼らがレールから外れる事まで想定に含めるんです」
「……あんたのシナリオでは、それが俺達だと?」
 うんざりした表情でクラウドが言うと、またもリーブは同じ反応を返す「少し違います」。
「あなたは本来とても強い人です。しかしその反面で脆くもある。ですから、こうご説明した上で『本体の破壊』を依頼したとしても、それを快諾して頂けない事は分かっています。ですから、私はあなたを利用しようと考えました」
 話し方こそ事務的だが、内容はどこか挑戦的にも聞こえた。
「俺達は盤面に置かれた駒じゃない、あんたの思い通りに動かせるとは限らない」
 明らかな嫌気を含んだ声で、クラウドが反発する。それがリーブの思惑通りだったとしても、言わずにはいられなかった。
「動きますよ」リーブは断言した「直に分かります。そして我々は駒ではなく、“人形”なのですから」

***

 なぜあの時、リーブはあんな事をわざわざ話したのだろう? 心のどこかで何かが引っ掛かっていた。しかしそれも、今なら納得がいく。
(こうなるまで俺が真意に気付けない、と言うのも見通されてたって事か)
 俺はあそこで、あんたに打ちのめされた。その直後に、都合良く回復薬を差し出すユフィが現れた。なるほど、それもすべて用意してあった“シナリオ”通りというわけだ。
 クラウドは思わず笑みを浮かべた。

(……『何もできなかった自分の弱さに腹が立った』……あんたもそうだったんだろう? リーブ)

 俺は正直、あんたを少しだけ苦手だと思ってる。口が達者で柔和な裏に知略を巡らす切れ者。こう言ってはなんだが、その意味ではルーファウスよりもタチが悪い。
 6年前までは神羅という巨大企業に属し、ミッドガルと魔晄文明を築き上げ支配の側に身を置いた一人。それでも最後は俺達に手を貸した。考えてみればあの時ケット・シーを操っていたあんた自身、自分がレールの上を走らされていたと思っていたんじゃないのか?
 自分をスパイだと明かせば俺達に疎まれる事は目に見えていたのに、図々しくも堂々と同行すると宣言されて、当時は状況が状況だけに好感なんて持てそうになかった。だけど、今なら何となく分かる様な気がするよ。
 分かったところで、あんたと同じ事が俺にできる気はしないけどな。
 たとえ感情は殺せても、最後まで理想は捨てない――俺から言わせれば、そんな事ができるヤツの方がよっぽど強いんだ。
(そしてここの仕掛けに気付いても、俺の力ではどうしようもない。……あんたはそこまで分かっていた。だから種明かしをしたんだな)
 手にした大剣を強く握り、クラウドは目を閉じた。着地の衝撃に備え、できる限り身を低くして四肢に力を入れた。
(だが生憎と俺はあきらめが悪いんだ。あんたの思い通りにはさせないさ。それに)
 遠くにユフィの叫び声を聞いた直後、クラウドの全身に衝撃が走った。

(何もしないならそれこそただの“人形”だ。……そうだろう?)





―ラストダンジョン:第33章4節<終>―
 
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