第33章3節 : 人形とクラウド




 その言葉を聞いてから、ユフィが反応するまでにはかなりの間があった。
「クラウド……? なに、言って……」
 とても冗談を言っている顔には見えないし、冗談を言ってられる様な状況でない事も分かっている。けれど、この時はクラウドの言葉を冗談だと思いたかった。
「おっちゃんがモンスターなワケないじゃん! 下で何があったか知らないけどさ、そんな言い方あんまりだよ!」
 亡霊の次はモンスター、しかもそれを口にしたのはクラウドだった。冗談はおろか揶揄などするような性格ではない彼が、なぜそんな物言いをしたのか? 事情を考えるよりも感情が先に立った結果、ユフィの言葉は非難めいたものになった。
 ユフィにしてみても、今日ここで出会ったリーブと彼らに聞かされた話はどれも理解しがたいものだった。だからといって、敵と割り切れるような存在ではないと――6年前の困難な旅路を共にした“仲間”だと――その思いだけは揺るがない。仮にリーブの方が割り切っていたのだとしても関係ない。自分に向けて「平気と言うわけではない」と言ったリーブを最後まで信じたかった。信じようと決めたばかりだった。
 なのに。
「ケット・シーは仲間だったよね? 確かにあの時おっちゃんは遠くで操作してただけかも知れないけどさ、仲間に違いないじゃんか!」
 クラウドの言葉を聞いて不安になった。これ以上迷いたくないし信じたい、だけど晴れることのない疑いは、まだ確かに心の片隅にあった。だから不安に駆られる。その事をユフィは理解していた。
 だからこそ不安を吹き飛ばそうと勢い任せに声を張り上げた。そんなユフィを見上げ、クラウドは頷いた。
「……分かってる。いつも見えないところから、俺たちを助けてくれた」今度はユフィをしっかりと見据えて言った「大切な、仲間だ」。
「じゃあ!」尚も問い質そうとしたユフィは、改めて見たクラウドの表情に言葉を失う。ソルジャーの証たる魔晄色の瞳が、深い悲哀を帯びながら僅かに揺れていた。
「……ごめん」
 先程までの発言が軽率だったとユフィは心の底から後悔した。言葉には出なくともその目を見れば、クラウドが自分以上に憤り戸惑っているのだと言うことが分かったからだ。
「これじゃ押しつけだよね」



 ――いっつも自分の事ばっか、昔からユフィはちっとも変わってないね。

 6年前に旅を終えてウータイに戻った時、幼馴染みにそう言われた事を思い出した。星を救った英雄どころか、謎の病気の媒介者という濡れ衣を着せられた挙げ句に隔離までされた当時のユフィにとって、どうしても自分の無実を主張したかったのは仕方がないと思っていた。誰だってそう思うだろう。現に、そう指摘した幼馴染みだって同じだったのだから。
 けれど時間が経つにつれてこの言葉の重みが増していった。
 不思議と、6年前は顔を思い出すのにも苦労していたはずなのに、今では彼の言葉と後悔とがない交ぜになって心に引っ掛かっている。いなくなってから思い出に残り続けるなんて、皮肉なものだと思った。



「アタシいっつも自分の事ばっかしゃべって、自分の感情を押しつけてる……って、ホントそうだよね。ごめんねクラウド」
 人差し指で頬の辺りを掻く仕草をしながら、気まずそうに視線を逸らすユフィを見ていたクラウドは、首を横に振った。
「気にしてない。それと、そう言う方がユフィらしくて良いじゃないか」そこまで言ってから、堪えきれずに小さく笑う「だいたい、変にしおらしくされても気味が悪い」。
「ちょっと、気味悪いってなにさ!」
 もうちょっと言い方があるじゃないか、と勢い良く振り向いたユフィの口から猛烈な抗議が始まるのを遮るにはちょうど良いタイミングで、クラウドが言葉の先を続ける。
「それに、どんな形であっても自分の感情を優先するのは人として自然な事だと、俺は思う。少なくとも、それを間違いだと責めることはできないよ」
「……えっ?」
 視線の先のクラウドから笑みは消えている。
「俺たちは、良くも悪くも自分の感情に従って生きている」そう言って、いちど傍に置かれた大剣に視線を落とす「怒りや悲しみ、憎しみ……それは時として、信じられない力を生み出す」
 ふだんは箍として機能する理性が、内在する“力”を抑制している。何らかの形でその箍が外れ、感情がある種の臨界点を超えたときに発生する現象を『限界突破(リミットブレイク)』と呼んでいた。それは各人で異なる性質を示すが、共通しているのはマテリアを介さずにそれと同等の威力や効果を得られるという点だった。未だに発生原理の全容は解明されていない。ただその“力”は、これまでに幾度となく彼ら自身を救ってくれた。
 クラウドの言う事は、ユフィにもよく分かる。そうやって道を切り開き、あるいは目の前の敵を倒して生き延びてこられたのだ。
「でも……」クラウドは再び顔を上げる「その力に呑み込まれてしまうのも、逆にそれを捨てようとするのも、どちらにしても“人ではない存在”になってしまう気がするんだ」形は人でも中身が人ではない存在、それがモンスターだとクラウドは言う。
 表情こそ変わらないが、心なしか声を落とすとこう続けた「……俺たちが知るリーブは、恐らくここにはいない」。
「クラウド?」
 その変化が何を意味しているのかを計りかねてユフィが問うが、クラウドは答えずに話を進める。
「あいつは俺に『リーブを殺せ』と言った。でも、俺たちの知るリーブはとっくにいないんだ。少なくとも……ここには、もういない」
 そう言って目を伏せたクラウドは、ここへ来るまでの経緯を手短に説明した。1階エレベーターホールでユフィ達と別れた後、3人の乗ったエレベーターは途中の階で停まった。半ば強制的に降ろされたフロアで彼らを出迎えたのは、無数の射撃装置とそれを従えたリーブだった。自らを人形だと告げた以外にはたいした説明も無いまま銃口は3人に向けられ、成り行きで交戦。この混乱に乗じてティファ、ヴィンセントとはぐれたクラウドは、さらにその先でもう一体の「リーブ」と対峙することになった。
 そこでどんな遣り取りがあったのか、具体的な話をしようとはしなかった。だからユフィもそれ以上聞こうとはしなかった。クラウドの言う「あいつ」が、そこで対峙したリーブの事を指していたのだと分かれば、それで充分だったからだ。
「仲間を守る力……俺はそう思って剣を振るってきた。だけど、今となっては破壊でしか役に立たない」そこでいったん言葉を切ると、首を小さく横に振った。「いいや、都合良く『守る』と、そんなものは言い訳なんだ。今も昔も、結局やってることは同じだった」
 言い終えた後、俯いたクラウドの肩が小さく震えた。笑っているらしい。その様子が恐ろしくなって、ユフィは窘めるように声を掛ける。
「ちょっとクラウド、さっきからどうしたん……」
 ユフィの心配をよそに、クラウドは話を続ける。
「否定できないなら、ありのままを受け容れるしかないよな」そう言って無理やりに作った笑顔を向ける「外見がどうだろうが、あいつはリーブなんかじゃないんだ。でなきゃ『これを壊せ』なんて俺たちに平然と言える訳がない」なんの躊躇もなく、そこに仲間などと言う感情も遠慮もない。だからあんな物がリーブである筈がない。
「ちょっと待って、それは違う! おっちゃんは……おっちゃんは……!!」
 クラウドの身に何が起きたのかは分からない。ただ、今のユフィには彼の心情が理解できた。少し前までの自分と同じだったからだ。だからこそ反論した。

 ――「そう見えるように振る舞っているだけで、なにも平気と言うわけではありません」

「おっちゃんだって平気でそんなことを言ってるんじゃない!」勢いでクラウドの両肩を掴む「……理由は……よく分かんない。けど! そうしなくちゃならない理由がある。おっちゃんは自分の感情よりも……」
 そこまで言ったユフィの言葉を遮って、溜息混じりにクラウドは相づちを打つ「そう、ユフィの言う通りなんだ」。まるで呆れたとでも言わんばかりに肩を落とす。
 その様子を見て、言っていることと態度に食い違いがあるとユフィは思った。
「クラウド、分かってるなら何……」
 伏し目がちだったクラウドは、そのままユフィから顔を逸らして先を続ける。
「つまり俺たちがここへ来る前、既にリーブは自分の“感情”を殺している。だから、もうここには、“俺たちの知っているリーブ”はいない」
 目的のために自分の感情を殺す――つまり自身を放棄するのと同じ――事ができると言うなら、それはもはや人ではない。
 クラウドにとってそれは、過去の記憶に重なって嫌悪感を呼び起こす。
「利用できる物は何でも利用する。自分だろうが他人だろうが、そいつにとっては道具なんだ……」

 ――お前は、人形だ。

 自分がかつてそう呼ばれたのを思い出す。
「人形には感情なんて無い……」そう言って首を振る「操り主にとっては、感情なんて無い方が都合が良いんだ」
 だからああも簡単に「壊せ」と言えたのだろう。
「同じだ。アイツと同じなんだ……」
 耳鳴りがして反射的に顔をしかめる。6年前の忘らるる都――あの時の記憶が、まさかこんな形で再燃するとは思ってもいなかった。額に手を当て、押し寄せる苦痛に耐えるようにして目を閉じ俯いた。
 けれど逆効果だった。瞼の裏に蘇るのは、消すことのできない忌まわしい記憶。

 ――悲しむふりはやめろ。怒りにふるえる演技も必要ない。
    なぜなら、お前は……

 そこまで思い出してクラウドははっと目を見開いた。
 あれが言っていた通り、あの時の自分は演技をしていたのだろうか?
「違う!」
 考えるまでもない、答えは明白だ。
 耳鳴りが遠ざかっていく中で、別の声が聞こえた様な気がした。それは4年前にミッドガルで対峙した少年だった。

 ――「どうせ僕は操り人形。昔のアンタと……同じだ!」

 握りしめた拳と、怒りに打ち震える少年の姿。当時はそれと知らず、感情を利用して行動を操作されていたのだ。昔の自分と同じだと言った少年が、まさにそうだった。だとしたら。
「……どうして、どうして気付かなかった……!」
 叫ぶようにして言うとクラウドは立ち上がる。
「感情がなければ人形は操れない。……だから操り主にとってみたら、感情は必要不可欠なものなんだ」
 突然の出来事にクラウドを見上げていたユフィは、今し方リーブから聞いた言葉を口にする。
「おっちゃんも似たようなこと言ってたよ。『今バレットの前にいるのは、ミッドガルの都市開発責任者としての思いをもっとも強く受け継いでいる』とか。だから同じ人形でも、みんなちょっとずつ違うんだ。……とかなんとか」
 それを耳にしたクラウドは驚いた様子でユフィに向き直る。
「……それを、リーブが?」
「うん。もうちょっと難しい事も言ってたけど、アタシじゃ理解できな……」言っている間にも、クラウドの顔から血の気が引いていくのが分かった「どうした?」。
 クラウドは呆然と立ち尽くし、自身の右手を見つめながらぽつりと呟いた。
「だとしたら、俺が……」
 そこで声は途切れてしまう。
 首を傾げてクラウドを見上げていたユフィには、その先にどんな言葉が続いたのかを知ることはできなかった。しかし唖然としたその表情を見れば、彼がどんな事を考えていたのか、ある程度の想像がついた。

(俺が壊した物は、まさか)
 下で会った「人形」が、実は人形でなかったとしたら――想像するだけでもおぞましい、最悪の事態が脳裏を過ぎる。

「……あのさ、クラウド」
 殊更明るい声で名を呼ばれ、我に返ってクラウドは顔を向ける。視線の先には、満面に笑みを浮かべるユフィがいた。
「おっちゃんに会ってみない?」
 立てた親指が指す方向に目をやると、亀裂どころかボロボロになったフロアタイルが目に入った。
「アタシにはよく分かんないけど。今、クラウドが想像してる事って間違ってると思うんだ」跳ねるようにして立ち上がると、クラウドの前に進み出た。
「この先にいるおっちゃんなら、きっと教えてくれると思うから」





―ラストダンジョン:第33章3節<終>―
 
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