第33章2節 : 迷える者はエリクサーをつかむ |
あの場からユフィが動けずにいた時間は、彼女の体力回復という点において無駄にはならなかった。部屋を出たユフィはいつもの軽快な身のこなしで亀裂だらけのフロアを駆け抜け、強固な隔壁の下の僅かな隙間をくぐり抜けてエレベーターホールへと向かった。 1枚目の隔壁を抜けたユフィは立ち上がると、しまっておいた小瓶を取り出してそれを見つめた。 (この調子なら、さっきおっちゃんにもらった回復薬も使わずに済みそうだ) リーブがここへ戻ってきたユフィに渡したのはエリクサーだった。エリクサーは今でも稀少品だったが、だからといって重宝する時代ではなくなった。使うとしても場面はごく限られるし、もともと店に売ったところで儲けを期待できるような代物でもない。昔も今もちょうだいと寄ってくるのはせいぜいマジックポットぐらいだ。それでも6年前のユフィなら魅力的な対価を目当てに、今なら半ば不要品処分といった感覚で、マジックポットの要求に快く応じたことだろう。 けれどこの時のユフィにとって、いま手元にあるエリクサーだけは誰に頼まれたとしても譲る気にはなれなかった。 無意識のうちに、エリクサーを持つ手に力がこもった。 (これ以上おっちゃんの思い通りにはさせない。……こんな物、アタシには必要ないんだから) ここまでの経緯を思い返すと、どう考えてもリーブの計略にまんまと振り回されている気がした。そしてユフィの認識と現実は残念ながら一致している。渡されたエリクサーを使わずにいたのは、まるで事態を見透かしたようなリーブに対する小さな反抗意識からだったが、今やこの状況を打破するための切り札のような存在にも思えたのだ。 ユフィにとって手放したくないほどの価値はエリクサーその物ではなく、それを手元に残しておくことにあった。 確認するようにして手にした小瓶を見つめて頷くと、再びエリクサーをしまってエレベーターホールを目指し走り出した。 2枚目の隔壁下から這い出たユフィは立ち上がって後ろを振り返った。ここからでは壁に阻まれ、先程までいた部屋はもう見えない。 (……モンスターからここを守って) それからまた前に向き直って3枚目の隔壁の下をくぐり抜ける。 (ここにいるみんなを守って) 同じ要領で4枚目。 (もちろん、空爆なんて絶対させない) そして、最後の隔壁に向かう。 (見てろよ〜) こうして文字通りに自分が切り開いた道を戻りきったユフィはエレベーターホールまで辿り着くと、扉横のボタンを押した。 ところが、ドアが開くまでにかなりの間があった。物音ひとつしない薄暗いフロアに一人でいると、ついつい考えだけが先走ってしまう。 (……だけどさ、やっぱり意味分かんないよ) ――「ここはインスパイア能力そのものを安置しています。我々は、それを守るために配備された人形なのです。」 あそこにいたリーブは自らのことを人形だと言い、存在している理由をそう語った。 (おっちゃんは自分のことを『星に害をなす』って言ったけど、じゃあどうやって?) 具体的にリーブがどんな方法で星に害を与えるのだろう? ユフィは思いつく限りの状況を想定してみた。 (街中にケット・シーがうじゃうじゃいる、とか?)これは喧しい。が、いくら数に物を言わせたところで、相手がケット・シーならそれを惑星規模の危機だと嘆くのは大げさ過ぎる。 (じゃあ、デブモーグリが道を塞いじゃう、とか?)主要な幹線道路上にデブモーグリがいたら確かに邪魔だし、戦闘能力と言う面でもケット・シーより深刻になる必要はあるかも知れない。とは言えモンスター相手に戦えるWROが各地にいるなら問題ない。 (ん〜、『星に害をなす』って言うには、どれもいまいちインパクトに欠けるよなぁ) 星にとっての脅威と言われて真っ先に思い浮かぶのは、6年前の空に禍々しく輝いていたメテオと、北の大空洞で見たセフィロスの姿だった。自分ひとりの力では打倒どころか、抗う事すらできない存在――この星に危害を加えようとするなら、あれぐらいの規模と力量差がなければ説得力がない。 逆に、自分ひとりで打倒できる相手が“星にとっての脅威”となるなら、つまり“ユフィ自身”も星に害を与えられる事になってしまう。 そんなことできるわけがない。 (どう考えたって、おっちゃんには無理そうなんだよね。……なら、どうして?) リーブの言葉を思い出そうと、ユフィは意識を集中させる。 ――「先ほどご説明した『インスパイアが星にとって害をなす存在』というのは、こういう意味だからです。」 モニタを見つめていたリーブの横顔と共に、その言葉が浮かんだ。 (おっちゃんは、モンスターを召喚するマテリアかなんか持ってるって事なのかな? だいたい『インスパイア』って何なのさ?) 『あやつる』のマテリアならともかく、インスパイアなんてマテリアは聞いたことがない。そもそもマテリアじゃないのかも知れない、それにしたって耳慣れない言葉だった。モンスターが大挙して押し寄せてくるのは何故なのか、けっきょく分からず終いだ。 (……アタシは) 放っておくと迷走する思考を追い出そうと、ユフィは一度おおきく頭を振った。 (アタシには、みんなを守れる。おっちゃんはそう言ってくれた。アタシだってそうしたい) みんなを守りたい。その「みんな」の中には当然リーブも含まれている。 (だけど欲張ったって何もできない。さっきみたいに、どうやって動けばいいか分からなくなる) 今だってそうだ。いくら考えたって分からない。 (変に考えたって立ち止まっちゃうだけってんなら、そんなの意味ないよね) その時ポン、と軽妙 な機械音と共にエレベーターの扉が開いた。考えることに集中していたユフィは、この時ようやくここに来た本来の目的を思い出した。 (アタシのできることをやるんだ) 決意して顔を上げたユフィは次の瞬間、驚きに目を見開いた。 「……って、クラウド!?」 エレベーターの扉が開くと同時に現れたのはクラウドの背中だった。混乱する頭の中とは裏腹に、とっさに差し出した両手で倒れるクラウドの背中を支える。この様子だと本人の足で立っていたのではなく、エレベーターの扉に凭り掛かってようやく立てていたのだろう。しかしそうなる状況がユフィには想像できなかった。 ひとまずその場に横たえさせると、ユフィはクラウドの横合いに回った。これならエレベーターの扉も勝手に閉まることはない。 クラウド自身に目立った外傷はなく、右手にしっかりと握られていた大剣にも戦闘の痕跡は見られなかった。ただ、ここへ来る直前のクラウドが大剣を振るう状況にいた事は間違いなさそうだ。しかも一時的にでも意識を失うほど、気力体力ともに激しく消耗するほどの事態――それがクラウドにとってあまり良くない状況だったであろう事は、ユフィにも容易に想像できた。 頬を叩きながら呼びかける「ねえちょっと、大丈夫?!」。 その声にようやく反応したクラウドに、ユフィは迷わずエリクサーを取り出した。 「起きれる?」 かすかに頷くクラウドに肩を貸し、エレベーターの扉に背を凭れさせる格好で上半身を起こしてから取り出した回復薬を施した。それから平静を取り戻すまでにそう時間は掛からなかった。 「……大丈夫?」クラウドの顔を覗き込んでユフィが尋ねると、クラウドは小さく頷いて答える。 日頃から口数が多い方ではないから、この反応も自然と言えば自然だった。けれど普段とは異なり表情が硬かった。そこに加えて、ユフィにはどうしても不思議に思える事があった。 「っていうかクラウド、どうしてここに? 他のみんなは?」 ティファ、ヴィンセントと一緒に3人で地下に向かったはずだった。なのにクラウドだけが何故ここにいるのだろう? 「……分からない」 クラウドの視線は動かない。僅かに動いた唇から頼りなげな言葉が零れた。 「クラウド、ホントに大丈夫?」 もう一度小さく頷く。それでも尚、ユフィと視線を合わせようとはしなかった。ここへ来てどうやらクラウドが混乱しているらしいと分かった。 「下で……なんかあった?」 ユフィの問いにクラウドは無言で首を振った。 「もしかして……覚えてない、とか?」 可能性として口に出された言葉に答えようと、クラウドは顔を上げ硬い表情をユフィに向けた。 「覚えてない、わけじゃない。……」 どうにも歯切れの悪いクラウドの様子を、ユフィはもどかしい思いで見つめていた。 「ただ……」 何も言わず、ユフィは辛抱強く言葉の先を待った。 「理由は分からない、でも……ここは……」 歯切れが悪いだけではなく、声が小さく震えていた。クラウドが混乱だけではなく、緊張しているのだとユフィは知った。 その理由を、クラウドは短く告げる。 「ここにいるリーブは、人間じゃない」 そう言ってクラウドは再び俯いてしまう。 それを聞いて安心したようにユフィは相づちを打つ「アタシも見たよ。確かに自分のことを『人形』だって言ってるし、ひとりは本当に人形だった」。 「……そうじゃ、ない」小さな声で、だがはっきりと否定したクラウドは、首を横に振った。 「なにが違うってのさ? ここにいるおっちゃんが、人形でも、人間でもないって言うなら、一体なんだってのよ?」 僅かな苛立ちを含んだ声でユフィが問うと、俯いていたクラウドは手元の一点だけを見つめたままで答えた。 「……あいつは、モンスターだ」 ―ラストダンジョン:第33章2節<終>―
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