第33章1節 : 迫り来るもう一つの危機




 無惨に積み上げられた残骸だけを映し出していたモニタを、これ以上眺めていても仕方がない。けれどユフィの視線は動かなかった。
 こうして1階での遣り取りの一部始終を見届けたユフィは、次にどうすればいいのか分からずに、無言のままでその場に立ち尽くしていた。
 頭の中で考えている事はたくさんあるのに、いつものように言葉が出てこなかった。自分の行動を「過去から逃げるために前を向いている」と言ったリーブが正しいとはどうしても思えなかったし、反論だってしたかった。実際そうしようと何度も口を開きかけたが、結局なにも浮かばずに口を閉ざした。知っているありったけの言葉を使って抗弁したところで、自分の正しさを証明することはできないと思った。かといって行動で示そうにも、どうしたらいいのかが分からなかった。だから黙って立っていた、そうすることしかできなかった。
 あるいは、そうすることしかできないと無意識のうちに思い込もうとしていたのかも知れない。
 こんな風に黙っている事しかできないユフィを、リーブは否定も肯定もしないでいてくれた。その事にユフィは心のどこかで安堵しているのにも気がついていた。そんな自分が余計に腹立たしかった。
 どうすることもできないまま、モニタに向かうリーブの背中を見つめているだけの時間が過ぎていった。
 長い長い沈黙は、リーブが手元のパネルを操作する音で呆気なく終わりを迎えた。
 それまで目の前に並んでいたモニタには、建物の内外を問わず様々な場所が映し出されていたが、パネル操作によって全てのモニタの映像が建物外の風景に切り替わった。並んだモニタが全体で1つの大きな窓を作り上げ、そこから森の彼方に沈みゆく太陽が作り出した美しい夕景を望むことができた。
 画面右下の隅には現在時刻を示す数字が並び、休むことなく時を刻んでいる。
 映し出される景色も、表示される時刻も、この地に訪れる日没まで間がないことを知らせている。
「少し……」言いながら振り返ると、リーブは柔らかな口調で告げる「意地悪をしてしまいましたね」。
「え?」
「人が前を向けば、必然的に背は後ろに来ますからね。どこにも間違いはないんです」
 ちょうど今みたいに。
「ちょっ……」
「誰がどの場所から見るかによって、物事の捉え方というのは大きく変わるものです。ところが、どれも間違いではありません。間違いではない以上、誰にも否定はできません」
 抗議の声を上げようとしたユフィを制して、リーブが画面の一角を指さした「ご覧ください」。
 画面が中央寄りにズームしたかと思えば映像が瞬時に切り替わり、今度はうっそうとした森の中を映し出した。
「なんだよ?」
 完全にリーブのペースに乗せられていると思いながらも、ユフィは示された画面上を注視した。生い茂る木々が夕陽を遮っているせいで森の中は既に薄暗く、風にそよぐ枝葉の影はさらに色を濃くしていた。映し出されているのは何の変哲もない森の様子で、大した異変を見つけることはできなかった。
「これは森の中に設置した観測機からの映像です」
 リーブが言い終わるよりも早く画面内の森の景色が歪み、さらに視界が大きく回転したことで夕焼け色に染まる空が覗いた。枝葉の作り出した影の上にオレンジ色の光の帯が幾重にも走り、不規則な軌跡をモニタに焼き付けていった。しかしモニタが光の帯に満たされるよりも前に映像は乱れノイズが走り、やがて何も映し出さなくなった。
 画像が途切れる直前、ノイズの向こうに枝葉とは明らかに異なる影を見出した。見覚えのある四つ足の影に、ユフィは思わず声を上げる。
「ちょっと待って、今のって?!」
 我が意を得たりと頷いたリーブは話を続ける。「残念ながら可視画像ではこれが限界なんですが……」そう言ってパネルに向き直っていくつかの操作をすると、モニタ全体の映像が先ほどの夕景に切り替わり、さらに画面下の一部の表示が替わった。黒っぽい画面の端の方に沢山の光点が点滅している、レーダーみたいな物だろうとユフィは思った。
「どうやらモンスターの群れがこちらに向かっている様です」先ほどの映像も、モンスターの群れによって観測機の設置してあった木がなぎ倒された為に起きたのだろうと説明する。
「まっ、まさかこれ全部?!」本当だとしたらとんでもない数だ。これだけ大量のモンスターがしかも大挙して押し寄せてくるなんて、どうしても考えられない「冗談、だよね?」。
 リーブは首を横に振り、それを否定した。
「残念ながらモンスターの群れはここを目指しています」
「なんで?!」言っては何だが、こんな何もない場所へモンスターの群れが向かってくるのかがユフィには理解できなかった「どうしておっちゃんがそう言い切れるのさ?!」。
 顔を上げて視線をユフィに向けたリーブは、簡潔に答えを口にした。

「先ほどご説明した『インスパイアが星にとって害をなす存在』というのは、こういう意味だからです」

「え……?」
 関連性がよく分からないと頭を振るユフィの疑問には答えずに、リーブは話の先を続けた。
「ユフィさん、これは私からの最後の依頼になります。モンスターからここを守ってください」
「ちょっと待っておっちゃん! アタシは……」
「先ほどの飛空艇師団への空爆要請は、収拾が付かなくなった際の最終手段です」上空にいる彼らも、間もなくこの事態に気づくでしょう。考えられる最悪の状況に陥ったとき彼らが判断を躊躇う要素を取り除くために先手を打ったのだと意図を明かした上で、ユフィに告げる「そうならない為に、ユフィさんの力を貸してください」。
 そう言ってリーブはマテリアを差し出した。マテリアを目にしたユフィは反射的に手を伸ばす、見たところ攻撃や回復に用いるマテリアでは無さそうだ。
「これは?」
 ユフィに見上げられたリーブは慌てて言葉を付け加える「残念ながら差し上げる事はできませんよ? もともと私の物ではありませんから」。
「ちょっと! アタシをなんだと思ってるのさ!」
「やや詰めの甘いマテリアハンター」
 リーブに即答されて、ユフィはがっくりと肩を落とした。
「あー、あのさおっちゃん? 今さり気な〜くアタシの事バカにした?」
「いいえ、とんでもない!」慌てた口調で言いながら、顔の前で手を振る「マテリアの扱いに長けている、と言う意味ですよ」。詰めの甘い、という部分については言及しなかった。その事を指摘される前にユフィにマテリアを手渡すと、ついでに話もすり替える。
「実はそのマテリア、忘れ物なんですよ。この一件が落ち着いたら、それを本来の持ち主に返して頂けませんか?」
 リーブの話によれば2年前、治療を終えて本部施設を出たシェルクが置き忘れていった物だと言う。
「……自分で返せばいいじゃん」
 気まずそうに視線を逸らしたユフィに、諭すようにリーブが告げる。
「シェルクさんは表現が不器用なだけで、本当はとても素直な良い子ですよ」
 だから仲良くしてあげてくださいねと言われたものだから、ユフィは「別に仲が悪いってわけじゃない」と抗議したものの、そう言えば3年前のオメガ戦役以来シェルクと顔を合わせていない事に気がついた。それどころか連絡すら取っていない気がする。だけど連絡を取り合って特別なにか話すこともないしと考え直すが、結論は変わらなかった。
(あれ? それってもしかして仲悪いって事なのかな?)
 嫌ったりとかそう言うことはないけれど、確かに起伏の少ないシェルクのような性格は、どちらかと言えば苦手かも知れないと考えて、ようやくリーブの指摘が的を射たものだった事を理解する。
「なーんかさ、物言いがすっかり保護者だよね」
 はぐらかすようにしてユフィが言う。
「そう言うつもりはありませんが、少なからず私にも」そこまで言うと、今度はリーブが視線を逸らした「責任の一端はありますからね」。
 それからモニタに映し出された夕景を見つめ、言葉の先を続けた。
「それに、私から直接シェルクさんにお返しする機会は無さそうですので」
 その言葉を聞いたユフィは目を見開くと勢い良く顔を上げた。その先には表情の失われたリーブの横顔と、モニタに映る夕景があった。
 淡々と語られた言葉に含まれた意味がどれほど残酷な内容であるかを、ユフィは一瞬のうちに理解した。込み上げる怒りにまかせて言葉を吐き出す。
「いい加減にしてよおっちゃん! どんな事情があるのかは分かんないけど、そーいう話聞かされるアタシ達が気分良いとでも思ってるの? 勝手すぎるよ! これもアンタが返せばいいだろ!?」
 言い捨ててから、先ほど手渡されたマテリアを投げて返した。
 マテリアが腕に当たってから、鈍い音を立てて床に落ちる音を聞くとリーブは視線を落とす。足下に転がったマテリアを見つめながら、気のない相づちを返した。
「……おっしゃる通り、勝手かも知れませんね」
 尚も淡々と返ってくる言葉に、両手に拳を作ったユフィが食ってかかった。
「そうやって『自分は平気』ってカオしてるけどさ、聞かされる方の気持ちはなんも考えてないわけ!?」句を繋ぐうちに、ユフィは自分が苛立っている本当の理由に気づき始めた「澄ましたカオしてそんなこと言われると腹立つよ! だって……」。
 いつしか苛立ちは歯がゆさに変わり、全身から力が抜けていく。

「だってアタシ達……仲間、じゃん?」
 そう思っているのは自分だけなのだろうか? 歯がゆさの正体に思い至って言葉が及んだ時、彼女の口調はすっかり勢いを失っていた。
「なんで? なんでおっちゃんはそんな事を平気で言えるのさ」 

 自分を見上げるユフィの視線から、今度は目を逸らさずにリーブが答える。
「そう見えるように振る舞っているだけで、なにも平気と言うわけではありません」
 そこまで言い終えると、屈んで足下に転がったマテリアを拾い上げてからユフィの正面に立った。それからユフィの右手を取ってその上にマテリアを載せると、続く言葉を口にする。
「こちらも本音を言えば心苦しいです。ですが皆さんでなければ――」言いかけて、ひとつ首を振る「信頼している皆さんだからこそ、なんです」
 身勝手は承知の上での我が儘ですが、どうか聞いてやって下さい。そんな風に依然として柔らかな口調で話し続けるリーブの表情からは、感情を読み取ることはできなかった。
「どうかこの建物と、中にいる皆さんを守ってください。……お願いします」
 あなたにならそれができると、そう言ってリーブは頷いた。それでも躊躇うユフィを諭すように続ける「私にできなかった事も、あなたにならできますよ」。
「何が言いたいのか分かんないよ」
 ふてくされた口調でユフィが返す。時折――この日は特に――リーブは回りくどい表現をする事があった。そうする意図がどうであれ、ハッキリしない物言いをされるのは好きではない。からかわれている気がして気分は良くなかった。
 そんなユフィの心中を察したのか、リーブは断言した。
「あなたは私と同じ轍は踏まない。と言う意味ですよ」
「!!」
 予想外の言葉にこわばった表情のユフィを前にして、リーブはさらりと言葉の先を続ける「さあユフィさん、これでやるべき事は分かった筈です」。やがてリーブは添えていた手を離した。
「やるべき事がある以上、その間は決して後ろを向いてはいけません」そう言って背を押し、ユフィを部屋の外まで送り出す。
 名残惜しそうに向けられたユフィの視線にも動じることなく、リーブは彼女の背中を見えなくなるまで見送った。





―ラストダンジョン:第33章1節<終>―
 
[REBOOT] | [ラストダンジョン[SS-log]INDEX] | [BACK] | [NEXT]