第32章4節 : 南南西に進路を取れ




 目を覚ましたダナを出迎えたのは、ナナキだった。
「……だいじょうぶ?」
 意識を取り戻したばかりの相手をできるだけ驚かせないようにと、ナナキは細心の注意を払い、かける言葉を選びながらダナと向き合っていた。
「あなたは……ナナキ?」
 その声にナナキは首を縦に振って答えた。
 翳んでいた視界が徐々にはっきりしてくると、暗がりを照らし出していたのがナナキの尾に灯った炎だった事に気がついた。周囲に見える岩肌があたたかな色に染められ、ゆらゆらと揺らめく影が映し出されていた。
「こっ、ここは?!」
 ダナはようやく自身の置かれている状況を認識し、飛び起きようとしたところを頭上にせり出した岩盤に阻まれ、再び身を横たえた。今し方取り戻したばかりの視界が眩く発光し、その中を飛ぶいくつもの流れ星を見た気がした。
「窮屈な思いをさせてごめんね。もうちょっとの辛抱だから」ナナキはそう言うと、外の様子を覗おうと、振り返って洞窟の出口を見つめた。
「どうなっているの?」左手で額を抑えながら、右手で地面に触れる。目を開けてもまだ景色の輪郭がはっきりしない。ただ、ここが先程まで乗っていたシャドウ・フォックスの中で無いことは確かだった。
「ガードハウンドの群れに向かって、君たちの乗った車が近づいてきたのが分かったんだ。だから急いで知らせに行こうとしたけど、一足遅くて……」
 話を聞いたダナは、意識を失う直前に見た銃撃戦のことを思い出して血相を変えた。その様子に気がついてナナキが早口で付け加える「心配は要らないよ。他の人達は大丈夫、大きなケガをした人もいない」。
 ダナは安堵の表情を浮かべた。それを見てナナキもホッと息を吐いてから先を続ける。「でも車が故障したみたいで動けないんだって。だから今は応急の修理と本部への連絡に追われているよ」あんな無茶な運転をしていたら無理もないよ、と笑った。
「それよりも皆、外に放り出された君を心配していたよ。だからオイラが来たんだ、みんなよりはこういう場所に慣れているからね」
「そうだったの。……ありがとう」感謝を述べつつも、最初にガードハウンドの群れを率いていたのがナナキだと勘違いしていた事を思うと、何となく気まずくて視線を逸らした。
「どうしたの? どこか痛い?」
 その様子を取り違えたナナキが、心配そうにダナを覗き込む。ますます気まずくなって肩をすくめる。
「ち、違うの。私、てっきりあなたが……」
 崖の上に立っているナナキを見て、ガードハウンドの群れを率いているものと勘違いしてしまった事を白状すると、ナナキは思わず声を上げて笑った。
「もしかしてオイラ、クリムゾンハウンドにでも見間違えられたかな?」
「ご、ごめんなさい」
 図星を指されて居たたまれない心地になったダナに、ナナキは柔らかな口調でこう言った。
「いいんだ、モンスターに間違われるのには慣れてるから」
「…………」
 今度こそダナは言葉を失う。
「ええと……ごめん」皮肉のつもりで言ったのではない。でも、結果的にダナにはそう聞こえてしまったようだ。その誤解は解いておきたいと、ナナキは話を続ける。
「それにオイラ、ガードハウンドの群れを追っていたんだ。だから行く手を先回りしたところを見たなら間違えられても仕方ないよ」
「群れを追って?」
 どうして? と尋ねようとしたところで、ダナはふと思い至る。そう言えばあんなに沢山のガードハウンドが群れを成して一斉に行動しているのは今まで見たことがない。ダナの知る限り、殺戮や破壊衝動以外の意思を持たないモンスターには協調性など無く、人間の前に複数で現れる場合も行きずりである事が殆どだ。しかし先ほど見たガードハウンドの群れは明らかにどこか、あるいは何かを目指している。
「……確かに、モンスターがあれだけの大群で一斉に行動しているのは珍しいけれど……」
「君もそう思う?」ナナキの声色が変わった。
 片肘をついて、頭上に注意しながら慎重に上半身を起こすとダナは頷く「昔、ミッドガル周辺をモンスターの群れが襲った事はあったけれど、群れていてもせいぜい4〜5頭が限度。遭遇数が異常に多いこともあったけど、それでもあれほどの大群ではなかったわ」。
 洞窟内は高い所でもダナが膝立ちになると頭を天井にぶつけてしまう程の高さしかなく、幅も2メートル程度、大きさからすると洞窟と言うよりは岩場にできた隙間だった。どうやら外に放り出されたダナを発見したナナキが、しばらく安全な場所にとここへ匿ってくれた様だ。
 ナナキに先導されて洞窟を抜けると、曇天の下に広がる荒野に出た。
「みんなの所まで少し距離があるんだけど、歩ける? それともここで待つ?」
「問題ないわ」
 その後もナナキが先導する形で荒野を歩いた。どちらとも無く、先ほどの話の続きが始まる。
「モンスターが群れを成して行動する事は無い。オイラもそう聞いてきたし、実際に見てきたモンスターもそうだった」それは6年前から始まった旅の間に、多くの地域を巡り様々な種類のモンスターに出会った経験からの言葉だった。
「大挙して襲ってきたらさすがに太刀打ちできない。その意味では、彼らに協調性がないことを感謝したいとすら思ってしまうわ」
 最初は冗談のつもりで口に出した言葉だった。けれど言い終てからダナは改めて考える。逆を言えば他者と協力したり道具を作り出す事で、人はモンスターをはじめとした脅威に対抗する術を持った。先人達の知恵と知識が技術を生みだし、技術が社会を育み世界を形作った。諍いの果てに犯した過ちでさえ新たな知識の源となり、後世の人々に受け継がれて行く。マテリアが無くても、人は過去の知識や記憶を引き出し、あるいは未来に託す術をずっと昔から持っていた。魔法が無くても、自分達を脅かす脅威に対抗する手段を持っていた。

 ――魔晄エネルギーが無くても、豊かな生活を営もうと試行錯誤を繰り返して来た。

 ひとりでに肩が震えた。前を歩いていたナナキがどんどん遠ざかっていく。
 もうずいぶん以前から分かっていた事だとしても、否定された過去と向き合うのは簡単ではなかった。その過去が、自らの心血を注いだものであれば尚更だ。
「……私達の行為やあの都市も、過ちとして後世に伝えられるのかしら」
 ぽつりと零したダナの言葉に、ナナキが振り返って問い直す。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。ちょっと昔の事を思……」そうだ、とダナは足を止める。本来モンスターは群れを成さない。しかし、今日ほど大きな規模ではないにしろ、過去にもモンスターの群れに足止めされソルジャー部隊の派遣を要請した事があった「……そう、ミッドガル建造中!」
 思考過程の断片だけを拾った言葉を聞いていたナナキには、ダナが何のことを言っているのか分からなかった。少し先を歩いていたナナキも足を止めて振り返ると、もの凄い勢いでダナが駆け寄って来た。
「ねえあなた、ガードハウンドの群れを追っていたと言ったわね?」
「う、うん」ダナの勢いに圧倒され仰け反るような格好でナナキは答える。
「群れが向かった方角、教えてくれるかしら?」
 それからダナはポケットをまさぐった。いつもあるはずの携帯電話が手元にないことに気付くと、あのとき落としたままだった携帯電話も自分と一緒に車から放り出されてしまったのだと知る。
 仕方なくダナは転がっていた石を使って地面に略地図を書いた。エッジを出た後、シャドウ・フォックスが取っていた進路を矢印で書き込むと、さらにナナキが合流した地点を憶測し×印も加えた。
「ガードハウンドはどっちに向かっていたのかしら?」
「ええと、……こんな感じかな」
 ナナキは前脚を使ってガードハウンドの群れが進んでいた方角を書き足した。
「南南西? 本当にこれで間違いない?」
 確認の問いに頷くナナキを見て、ダナは期待が外れたという口ぶりで言った。「そう。……てっきりコンドルフォートに向かったと思ったのだけど、違ったのね」ここからコンドルフォートへ向かうには大陸を南東方向へ進む必要があったが、ナナキが指した方角は違っていた。
「どうして?」
 ナナキが尋ねると、ダナは先ほど思い出した「昔の話」を聞かせた。
 それはミッドガル建造中のある日、神羅が手配した資材運搬車両が次々とモンスターに襲われた。それ自体は珍しいことではなかったが、その遭遇数が異常に多かったために運搬が捗らず、後日ソルジャー部隊に大規模な掃討依頼を出したという出来事だった。
「それが、ちょうどミッドガル魔晄炉の試験稼働の時期と前後するの。それだけじゃないわ、地方の魔晄炉勤務者が集団で失踪するという事件も、最終的にはモンスターの仕業だったと言う話も聞いたわ。それで、魔晄炉とモンスターには何か関連性があるものと思ったのだけど……」
 そもそもコンドルフォート魔晄炉も、6年前から稼働していない事をすっかり忘れていた。ダナは自分の早とちりに気がついて、照れ隠しの笑顔を浮かべた。
 ところが、話を聞いたナナキは意外な反応を示した。
「……そうか、ニオイだ!」
「え?」
「たぶんニオイのせいだと思う。ええと……魔晄炉の、って言えばいいのかな?」
「魔晄炉の……におい?」そんな物があっただろうかと、ダナは首を傾げた。
 ナナキは言葉を選びながら、人間であるダナにも理解してもらえるように説明を試みた。
「オイラ達はみんなよりも嗅覚が発達している……と思う。それで、魔晄炉のニオイ……みたいな物が分かる」正確にはニオイとは異なるもので、草花や動物の発する匂いの様に嗅覚で感じるのではなく、もっと体感的な物なのだとナナキ自身は考えていたが、敢えてニオイと表現したのは、それがもっとも近い言葉だと思ったからだ。
「だからモンスターの群れはニオイに引き寄せられているんじゃないかな? 団体行動は苦手だけど、それぞれが魔晄のニオイを目指した結果なんだと思う。オイラ自身も群れを追っていたと言うよりは、ニオイに引かれていたようなものだから」
「じゃあ、昔この魔晄炉の上に陣取った母鳥もそのニオイに?」
 ダナの言う母鳥の件は、かつてこの魔晄炉の頂に卵を産んだコンドルの事を指している。それは母鳥と卵を守ろうとした村人と、彼らもろとも排除しようと攻め入った神羅軍との戦いでもあり、ジェノバ戦役の陰に隠れ世間ではあまり知られていない出来事だった。
「分からない。でも、あのコンドルもオイラ達と同じようにそれを感じていたと思うよ」
 どちらにせよ今のコンドルフォートには何もないし、群れの行き先でもない。つまり、これ以上この話を続けても得られる物はなかった。
 ナナキは改めて地面に描かれた地図を見つめる。コンドルフォートとは反対側――ガードハウンドの向かっていった方角に、さらに前脚を乗せて到達地点を予測する。
「でもこの先は海だ……」
 いくら大群とはいえ、ガードハウンドでは海を越えられない。ナナキは項垂れると足踏みをした。確かにガードハウンドの向かった先も、ニオイの方角にも間違いはない。だとしたら、この海の向こうに何か――これまでの話の流れからすると魔晄炉という事になるが――がある。
「仮に海を越えたとしても、この先には何も無いはずよ」
 ダナがさらに海より南側の大陸を書き足す。6年前、ライフストリームが多少地形を変えている事はあっても、略地図としては充分だ。
「ここからジュノンに向かっているのだとしたらまるで見当違いだし」大陸南西部には入り組んだ海岸線が作り出す海峡と、そこに浮かぶいくつかの小さな島々があり、海峡を越えたさらに南西には大森林を抱える無人島があった。
「それに、あの島には村どころか人も住んでいないはずよ」
 ダナの説明に違和感を覚えながら、けれどもそれが何と指摘する事ができずにナナキは地面に書かれた地図を注視している。
(そう、この島には大きな森があったんだ。だけどここって……)
 ちょうどその時、ナナキが見つめる地面の上にぽつりと雨粒が落ちて来た。
「ここもとうとう降ってきたわね」
 曇天を仰ぎながらダナが呟く。ナナキも顔を上げてダナを見ると、決心したように頷いてから声を掛けた「ねえ、君?」。
「ごめんなさい、まだ名乗ってなかったわね。私はダナ」そう言ってナナキに笑顔を向ける。
 ナナキは頷くと、何の躊躇いもなくダナに尋ねた。
「ダナって重さどのぐらい?」
「…………」
 まったく予想外の質問に、目を丸くしたまましばらく固まっていたダナを見て、ナナキが首を傾げる。
「あれ、聞こえなかった?」
「聞こえてるわよ」明らかな怒気を含んだ声に、ナナキはさらに首を傾げる。
「どうしたの?」
「……『どうしたの?』じゃなくてね」両膝に手をついて、ナナキに視線を合わせると、ダナは引き攣った笑みを浮かべて先を続けた「女性に聞いちゃいけない事が2つあるの。それが、年齢と体重」
「どうして?」
「どうして? って……」こうして面と向かって聞かれると、根拠として述べる言葉がとっさに思い浮かばず声を詰まらせた「……マナーよ。そうね、覚えておいて損はないわ」。
 ふーんと呟くナナキだったが、どうも納得している様子は無かった。
「言いたくないならいいや。多分ダナぐらいだったら運べそうだから、オイラの背中に乗って」
 そう言ってナナキはダナに背中を向ける。
「ちょ、ちょっと! 荷物扱い?!」
「違うよ」首だけを後ろに向けてナナキが続ける「オイラの方が走るの速いから、本降りになる前にみんなの所に戻れるって事。そしたらオイラも安心して群を追える」。
 ナナキの提案は合理的だった。しかしその方法がよろしくなかった。
「いくらあなたが世界を救った英雄の一人だって言ったって、もう少しデリカシーってものを持ってても良いんじゃないかしら?」
「なんだよデリカシーって」ナナキにしてみれば、ダナはよく分からないことで真剣に怒っている。でもそれは自分が知らないだけで、やっぱり世界にはまだまだ分からない事が沢山あるんだと、ダナの意図しないところで前向きな気持ちになっていた。
「もう、乗らないならオイラ先に行くよ?」
「あ、ちょっと待ちなさいってば!」
 なんやかんやと悶着の末、ナナキはダナを背に乗せて走り出した。走っている間もあーだこーだと騒ぐダナの声を背中で聞きながら。
(でもこの人、ケット・シーよりはまだ大人しいかな?)
 と、前向きではあるのだけれどちょっと愚痴っぽい感想を持つのだった。





―ラストダンジョン:第32章4節<終>―
 
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