第32章3節 : 荒野の二人 |
6つもある巨大なタイヤでさんざん荒野を踏み荒らし、背後に泥や土煙を遠慮無く撒き散らしながらひた走る1台のトラックがあった。お世辞にもスマートとは呼べない車のハンドルを握っていた男は、さして楽しくもないドライブをかれこれ2時間近くも続けていた。走っているのが整地されていない悪路だったうえ、さらに硬いシートが衝撃を体にそのまま伝えてくれるから乗り心地は最悪だった。せめて気分だけでもと助手席の男に話しかけるが必要以外の返答は無いし、大体にしてドライブなんて男としたって楽しい事などひとつもないのだ。救いを求めるようにしてつけた車載ラジオから聞こえてくるのは、アナウンサーが伝える味気ないニュースばかりだった。しかもここしばらくは似たような言葉を繰り返し、その半分以上はだろう・らしいで聞く方は飽きを通り越して呆れる出来だった。 お陰でハンドルを握りながら「これなら自分が喋ってる方がよっぽどマシだ」と結論するに至り、口数は増える一方だった。 「おいルード、本当にこの道であってるのか? いい加減もう疲れちまったぞ、と」 「それだけ喋ってれば当然だ」 地図に目を落としたままで助手席の男は短く応じた。ここまで続く緩やかな登り勾配が、地図上の等高線と一致していること。さらには速度計と自身の腕時計から走行距離を割り出し、地平線に向かう太陽で方角を確認しながら、可能な限り走りやすい場所を選び誘導するのが彼の役割だった。 「ちょっと待て。運転してるのは俺だぞ、と」 そんな助手席の苦労はお構いなしと言わんばかりに親指を自身の胸に当てるようにして主張するレノに、ようやく地図から顔を上げた男は、しかし運転者の主張には取り合わずこう告げた。 「目的地はここから西へ約15キロ。もうすぐだ」 ところが言い終わるよりも早く、進行方向の視界が唐突に開けた。レノはとっさにブレーキを踏み込んでハンドルを切ると、バランスを崩した車体が大きく傾きタイヤは悲鳴を上げてようやく停車した。眉間に思い切りしわを寄せたルードが苦情を述べようとしたが、正面を見据えるレノの真剣な横顔を見て口を閉ざした。 地図上で言うと小高い丘の頂に到着した彼らは、ここで車を降りた。 「……おいルード」 呆れたように溜息を吐いたレノの前方には、森の彼方に新本部施設を望む平原が広がっていた。確かに進路は間違っていなかったし、ルードの言うとおり目的地も目に見える場所まで来ていた。ところがここで道は完全に断たれてしまった。 「これじゃあ丘じゃなくて崖だぞ、と」 レノは足元を見て呟いた。視線の先にはざっと見積もったところでも幅8メートル落差20メートルはあろうかという亀裂が走っていた。いくらこの車が頑丈にできているとは言っても、落ちればタダで済む高さではない。そんなわけで先ほどのハンドル操作を自画自賛したい衝動に駆られるが、口には出さなかった。 それにしても見渡せる範囲にはずっと亀裂が続いていて、迂回しようにもかなり時間を取られそうだ。 「すまない。……地図が古かった」 彼らの行く手を阻んでいたのは、どうやら6年前に地上に吹き出したライフストリームの爪痕らしかった。人里離れたこの地域は地図も書き換えられずに取り残されたまま、当時の姿を留めていた。こうなった以上、この道は諦めるしかない。 しかし、そもそも彼らの出発地点から陸路でここへ辿り着くことは6年前までなら不可能だった。にもかかわらず、干潮時を利用して車でも海を渡るルートを示してくれただけでもこの地図の功績は大きく、それ以上に地形を変貌させたライフストリームの影響は絶大だった。 「なら仕方ないぞ、と」 そう言って見上げれば、夕焼け色に塗り替えられた空には淡いオレンジ色の雲が浮かんでいた。大地を渡る風は肌に心地よく、それに運ばれて家路を急ぐ野鳥のさえずりなども聞こえてくる。それはレノにとっては退屈にも思えるほど平和で、のどかな光景だった。 そんな中にあって、星とは違い規則的な点滅を繰り返す翼端灯は地上から見てもひときわ目を引く存在だった。それが局長声明を受けて集結しつつある飛空艇師団の機影である事は考えるまでもない。ラジオのニュースが伝えている光景が、まさに目の前に広がっていた。無骨な車体に背を預け、空を仰ぎ見たレノが苛立たしげに呟いた。 「……まったく、とんだ迷惑だぞ、と」 その後ろでは、ルードが黙々と荷下ろしを始めていた。彼はレノの言葉には応えず、荷台に収められている物騒な代物の組み立てに取りかかる。 「WROの内輪揉めに、どーして俺らが駆り出されるんだぁ? ったく納得いかないぞ、と」 ここへ来た事に対しひたすら文句ばかりを並べながら、視線を下ろすと平原の先にWRO本部が見えた。正確には、完成すればWROの新本部施設となる予定の建物である。 「なあルード、お前もそう思うだろ?」 振り返りざま、作業を続けるルードに問いかける。 「…………」 呼ばれて一度は顔を上げるも、特に言葉もなく再び作業に取りかかる。呼びかけた方も彼の態度を特に気にも留めず、視線を前方へと戻した。彼らは長年にわたって仕事を共にしている間柄だが、実に対照的な個性の持ち主だった。同じ制服でも一方は着崩しているし、一方はきっちりと着込んでネクタイまで締めている。知らない者には一見アンバランスだが、互いの持ち味を活かせる最良のパートナーというわけだ。 「ルードは相変わらず仕事熱心だよなぁ」 「気乗りはしない」 ルードはそう言いながら、肩に担いだそれに取り付いている望遠レンズを通してレノと同じ方角を見つめる。中央には新本部施設が映っていた。 「どちらを狙うにしても……同士討ちだ」 そう言って肩を上げ、少し上の方へ視線をずらすと今度は飛空艇が映った。 「『“同士”討ち』ねえ。果たして向こうはそう思ってくれるかな? と」 冗談めかしてレノは言ったが、心のどこかにある不安と言う意味では紛れもない本音だった。 ルードは何も答えず、無言で照準機の絞りを微調整していた。その手が一瞬だけ止まった事が、彼の返答だった。 もともとタークスは神羅内における日陰の存在、こういった汚れ仕事には慣れている。彼らが愁いでいるのは、照準に入っているのがいずれも旧神羅カンパニーの関係者、それも星を救おうと奔走した功労者達だと言う事だった。 皆が同じ道を選べないのは仕方がない。けれどこんな形で交差するなら、いっそ二度と交わることのない道を進んでくれれば――特にリーブは、かつてヴェルド主任を救うため社に背いたタークスにも密かに手を貸してくれた数少ない協力者であり、少なからず恩義があるはずと――ルードの心中に過ぎる想念が、今日ここへ至った決意と照準を揺らした。 「……これが単なる内輪揉めではないとツォンさんも分かってる。だから俺たちをここへ寄越した」 いったんスコープから目を離すと頭を振ったルードは、まるで自分に言い聞かせるようにして口を開く。 「そうだな。それを阻止するのが俺らの任務だぞ、と」 どんな任務でも必ず成功させる、それがタークスだ。自分達を取り巻く環境がどう変わろうが、これだけは変わらない。そう言い聞かせてみても、どうにも気分は晴れなかった。レノは眉を顰めると声には出さずに呟いた。 (今さら憎まれ役になるのを怖がってる? それもおかしいぞ、と) WROと飛空艇師団――密やかに神羅の遺産を受け継ぎ、世界を立て直すために表舞台で活動する組織――ジェノバ戦役の英雄が率いる両組織の決裂がもたらす影響は当人達が思っている以上に大きく、それを阻止するという重大な任務を負って派遣された精鋭が他ならぬ自分達であると自覚と、それでこそタークスだという自負もある。しかしこの任務を達成すると言うのはどちらか一方、あるいは両方を敵に回す事を意味する。もはや表舞台には立てなくなった『神羅』に代わって“負の遺産”の清算に奔走する彼らを救うためとは言え、これでは割に合わない。 確かに今までレノはそう思っていた。 (いや違う。……どうもおかしいぞ、と) ところが、こうして改めて考えてみると何かが違う事に気がついた。あると分かっている蟠りの正体が掴めずに、レノは苛立った。 ちらりと後ろを見やると、機材や部品のチェックに余念がないルードの姿があった。仕事熱心な相棒に引け目を感じ、思わず目をそらしたレノはもう一度空を見上げた。何とはなしに向けた自身の頭上はるか高くには、一番星が孤独に瞬いていた。 (俺はなんで苛立ってるんだ?) そうやって自分に問いかけてみても答えは返ってこない。レノは苦笑に唇を歪めると瞼を閉じた。聞こえてくるのはルードの手元で鳴っている機械音、風が吹く度に遠くの方で擦れ合う枝葉の音や鳥のさえずり。そして、車載ラジオが発する耳障りなノイズ音だけだった。 「……ん?」 異変に気付いたレノははっとして目を開き、急いで運転席に駆け戻った。先程からずっと周波数は変わっていないし、受信状態もいたって良好だったはずなのに今はノイズ音しか聞こえない。ダイヤルを回して他を当たってみるが、どこもすべて同じだった。周囲を見回しても障害物になりそうな物など見当たらない。なのになぜ急に? 今やノイズばかりを垂れ流すスピーカーに向けてレノは首を傾げた。 それからしばらく考え込んでいたが、ふと思いついてレノは助手席の窓から顔を出し、心当たりに視線を向けた。 「おいルード」 ルードが入念に調整を行っている兵器に積まれた誘導装置の発する電波が、ラジオに干渉しているのではないか? そう思いついたレノは相棒に呼びかける。 「ちょいとそいつの電源を落と……」 ところがルードは既に立ち上がり、レノを見上げてほぼ同時に言った。 「こいつは使い物にならない」 妨碍電波か装置の故障か。いずれにせよ飛ばなければ単なるガラクタだとルードは両手を広げた。既に装置の電源は切ってあると言う。 それを聞いたレノは呆けた顔をしたが、次の瞬間には口元を笑みに歪めていた。 「ひょっとして――」 根拠に基づいた推論と言うよりは勘に近い閃きだったが、これから起こる異変の前兆だと言うことは容易に想像が付いた。しかしその異変が何であるかは皆目見当も付かない。 ただし、その異変が自分達にとって何らかの希望になり得るのではないかと、そんな風に考えたのだ。 「俺たちが相手にしなきゃなんねえホンモノの『敵』ってのが、他にいるかもしれないぞ、と」 どことなく嬉しそうな口調でレノが言うと、ルードは無言で頷いた。 ―ラストダンジョン:第32章3節<終>―
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