第32章2節 : 翼に懸ける者達




「およそ40分前、WRO本部から我々飛空艇師団への最後の通信記録を再生します」
 通信担当のクルーの言葉で、シドの意識は現実に引き戻された。
 やがてシドの目の前にあったモニタの表示が切り替わると、スピーカーからリーブの声が聞こえてきた。

『我々WROは、“星に害をなすあらゆるものと戦う”組織である。私はこの組織の設立者として、この理念に従い通信を経由して飛空艇師団に次の通り正式要請をするものとします。
 ――建造中のWRO本部施設の破壊と、現局長の抹殺。
 尚、この作戦への参加は各隊員の自由意思を尊重するものとします』

 音声は紛れもなくリーブのそれだったし、この通信帯域に外部から割り込むことは極めて困難であり、そのものの信憑性は高かった。しかし、新本部施設内での光景を目の当たりにしたシドとしては、この通信を真に受けることはできない。
 なによりも、シド自身がそれを許せるはずがなかった。
(こんな……こんなのが、アイツの言った“夢の続き”なワケ無ぇんだよ)
 だから恐らくこれも、“リーブであってリーブではない者”からのメッセージだろうとシドは思い込んでいた。しかし、それをどう説明すれば分かってもらえるのだろうか? それどころか自分が理解しきれていないのだから、説明のしようがない。
 だからといって考えている余裕も、躊躇っている時間もなかった。
「通信は可能だったな?」硬い表情で問うシドに、通信担当のクルーは短く返答するとパネルを操作する。命令を受けるまでもなく、これからシドが何をしようとしているのかは分かっていた。チャンネルを非常用回線に合わせてそのまま待機する。
 やがてシドは通信機を取り上げると、全艇に向けて呼びかけた。今は理解よりも先に行動が必要だったからだ。
「……飛空艇師団長のシドだ。聞こえるなら応答してくれ」
 呼びかけに応じ本部上空へと集まった、あるいは航行中の全艇からの応答が確認できたことをクルーが告げる。報告を受けてシドは先を続けた。
「遅れてすまねぇが、WRO本部からの最後の通信記録を確認した。が、自由意思ってんならオレ様はこの作戦には参加しない。……ついでに」
 いったん言葉を切ってから顔を上げるとコントロールルームを見渡した。それから決意したように頷くと、再びマイクに向けて語り出す。

「WRO本部施設の攻撃に対しては、どこからであろうと躊躇なく迎撃を行う。……これがオレ様の決定だ」

 同士討ちも辞さないと言うシドの言葉に、交信中の全艇が沈黙を保っていた。返答は期待していない、とりあえず今は聞いてさえくれていればいい。飛空艇師団が空爆なんて冗談じゃない。
 それからシドは通信担当のクルーに回線を閉じないようにと告げてから、振り返って顔を上げると搭乗員達に告げた。
「聞いての通りだ。この飛空艇は……局長の要請を無視して独自の作戦を展開する。つってもまあ、さすがにこんなのは作戦って呼べたモンじゃねぇけどな」
 口元を歪めて笑うと、鼻下を擦った。
「オレ様は作戦以外でお前らを拘束するつもりはねぇ。だから賛同できねぇ奴は艇を降りてくれ」
 幸い、日没までには僅かだがまだ時間が残されている。どちらに従うかそう簡単に選択できるものではないし、できたとしても後味が悪すぎる。せめてクルー達には余計な負担をかけさせたくないとシドは考えていた。それは夢の先にある翼を得た自分が負うべき責務だと、最初から覚悟していた事だった。

 長く重苦しい沈黙がコントロールルームを満たす中、それでも誰一人として艇を降りようとする者はいなかった。
 やがて沈黙に耐えかねて口を開いたのは、シドのすぐ横にいた通信担当のクルーだった。
「どれほど大きな危険が伴おうと、艇長になんと言われようと、我々は艇を降りる気はありません。でなければ……」見つめていたパネルから顔を上げると、シドを見てこう言った「何の為にここにいるのか、分かりませんからね」。
 口調こそ穏やかではあるが、その意思が頑なである事はクルーの目を見れば分かった。3年前のあの日、ディープグラウンドとの交戦を前にした時でさえ飛空艇を降りたいと申し出た者はいない。少なくはない犠牲の上に、今の彼らがある。クルーの言外に込められた強い思いをシドに否定できるはずは無かった。
「……そうさなぁ」加勢するようにレーダー担当のクルーが言った「コイツの言ってる通り、船賃を払わずに乗船してる奴なんざ一人も居やしないぜ?」。
 畳み掛けるようにして奥にいた年輩の航法要員が口を開く「俺たちは全員、覚悟という船賃を払ってここにいるんだ」。彼はかつて、ロケットの発射時にも航法担当として地上に勤務した経歴の持ち主でもあり、若いクルー達にとってはよき相談相手でもあった。
「だから艇長、今さら艇を降りるか否かというのは愚問じゃないか?」
 そう言って年輩クルーは笑った。
『それによぉ艇長』通信担当の目の前にあったスピーカーからは、エンジンルームにいる燃料担当の声が告げた『艇の動力が変わったところで、俺らは重力に逆らって飛んでるんだ。いちど空に上がったら、たとえどんな理由だろうが落ちて死んだとしても恨みっこ無し。……そう言うモンだろ?』。
 たとえ背後の味方に撃ち落とされたのだとしても――言葉には出さないが彼はそれを覚悟している『艇に何かあった時、最初に燃えっちまうのはここなんだからよ? 俺らが生半可な覚悟で飛んでると思われちゃあ、心外ってモンよ!』
 スピーカーの向こうで豪快な笑い声を上げる燃料担当に否を唱えるべく、さらに別の声が聞こえてきた。

『それは聞き捨てならない台詞ね。そうならないように、私達が地上からサポートしてるんじゃない? ……それとも、私達の腕を信用して頂けてないのかしら?』

 それは飛空艇師団の本拠地――ロケット村にある地上管制室で、これまでの会話の一部始終を聞いていたシエラの声だった。
「違いない! アンタの言うとおりだぜ」元地上勤務者として、シエラの言葉に強い共感を示し深く頷きながら航法要員が言う。
『しかしそれこそ愚問ってモンだぜシエラさんよ』
 通信越しに交わされる威勢の良い遣り取りと、そこに混じる豪快な笑い声が、場の空気を和ませる。通信担当のクルーはスピーカーを見つめながら小さく笑うと、もう一度シドの顔を見上げてこう言った。
「艇長。……我々が知りたいのは、理由なんです」
 シドは黙ったまま何も答えない。クルーは話を続けた。
「理由も分からないまま艇を降りるわけにも、まして空爆なんてするわけにも行きません。他の艇のクルー達だって同じなんですよ、戸惑ってるんです」
「この状況で『戸惑うな』って方が無理だ。分かるよな? シド」
 問われて尚も、シドは何も答えようとしなかった。通信機の向こうから、シエラが訴える。
『先ほどの空爆要請は、こちらでも確認しています。私達だけではありません、この事実はすでに多くのメディアを通して各地の人々にも知らされています』
 各地で混乱、あるいは困惑する人々の状況は、シエラ自身をはじめ村の人達の様子を見ていれば容易に想像が付いた。
「言っちまったら冗談じゃ済まないって事ぐらい、考えりゃすぐに分かりそうなんだがなぁ。なにやってるんだ? WROの局長サマは」せめて猫のぬいぐるみが言ってくれてりゃ、笑い飛ばせてやったのに! と茶化すように言葉を続けたが、ここにレーダー要員の戸惑いが垣間見える。
『……局長さんが、軽々しくそんなことを口にするとは思えません』通信越しにシエラが反論する。もちろん、彼の気持ちを汲んでいないのではない。
『ですから恐らく、あちらにも何らかの事情があるのでしょう。だからこそ私達に協力を求めたのではないですか?』混乱を招くというリスクをおかしてでも、自ら要請しなければならないほど切迫した事態なのかも知れない。
 シエラが言うのはもっともな意見だった。
『それを承知の上で、要請を拒んだ理由だってあるはずです。……違いますか? シド』
「……お前の言う通りだよ」
 吐き捨てるようにして答えると、シドは視線を逸らした。回線の向こうにいるシエラは、少し笑んだような口調で言った。
『私達が知りたいのは、その理由です。話して頂けませんか?』
 その言葉を聞いた瞬間、シドは手元のパネルに両手を叩きつけると半ば叫ぶようにして応じた。
「あの声の主……あれはリーブじゃねぇんだ、だから従わねぇ。……オレ様に原理だの理屈だのが分かってんなら、とっくに説明してらぁ! 今はそれができねぇし、確証も持てねぇ」パネルの上に置いた両手で拳を作ると、ぶつけるように言葉を吐き出しながら先を続けた。
「あいつの理由とか事情とか、そんなのはオレ様の知った事っちゃねぇんだ。だがな、仲間のいる場所に爆弾落とせだのと、そんなふざけた要請を引き受けられるか!? そんな事のために……」
 瞼の裏に過ぎったのは、かつて飛空艇師団の設立に協力を申し出たリーブの姿と、彼の言葉だった。

 ――「翼を持てる人に協力……率直に申し上げれば、その力をお借りしたいとも考えています」

 シドは目を見開いて瞼の裏から過去の記憶を追い出し、さらに真っ向から否定した。

「そんな事のためにオレ様は空を飛んでるんじゃねぇんだ!!」

 言い終わると再び沈黙が訪れた。鼓動にも似た機械音が、時計代わりに時を刻んでいるようだった。
 シエラの言葉に我を忘れて捲し立てたまではよかったが、言ってしまった後は罪悪感に苛まれていた。今やこうして飛空艇師団を率いる自分が、感情任せに無責任なことを言えた立場ではないのだと。夢や理想だけで空を飛べるなんて事はない、せっかく手に入れた翼を維持するために必要な物が、とうてい自分一人でどうにかなる物でない事も弁えていたはずなのに。
 そんなシドの耳に、クルーのひとりが漏らした大きな溜息が聞こえてきた。しかし、その先に続いたのは呆れ声では無かった。
「誰だって目的地も知らない状態じゃフライトプランは立てられない。そんな状況なら誰だって戸惑うに決まってる。でも今の言葉ではっきりしたじゃないか、俺らが向かうべき“目的地”がよ」
 驚いた表情で振り返ったシドに、航法班の年輩クルーは柔らかな笑みを向ける。
「『そんな事のために空を飛んでるんじゃない』……それだけで、理由としては充分ですよ」
 今まで強ばった表情を崩さなかった通信担当も笑顔で言った。
「そうだぜ。啖呵を切って俺たちを降ろしたって自分さえいりゃ飛べる、な〜んて勘違いされちゃ困るぜ?」
『ホラ、いつかのアイツも言ってたじゃねーか。……なんだっけ?』
 エンジンルームからの声に続けと、心当たりのある者達がそこかしこで一斉に声を上げた。それからスピーカーを通して唱和する。

 “俺たちの乗った飛空艇は、途中で降りられない”ってな!

『ま、降りろって言われても無理だけどな!』
 こうして艇長シドを取り囲むように聞こえるあたたかな笑い声は、しばらくの間絶えなかった。





―ラストダンジョン:第32章2節<終>―
 
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