第32章1節 : 夢の先に向かう翼 |
「こりゃどういう事だ!!」 コントロールルームに戻るなりシドは叫んだ。彼自身が地上から見上げた光景、飛空艇の可視モニタやレーダー、どれも全てが同じ状況――残念ながら見間違いや計器類の故障では無く――ありのままの現実を正確に映し出していた。 「この付近一帯を包囲しているのはすべて我々の……、WROの飛空艇部隊です」 最初に応じたのは航法担当のクルーだった。 「ちくしょう! 交信は!?」 シドが勢いよく向き直り、通信担当のクルーに問いかける。 「通信状態は良好。ですが今のところどの艇からも応答ありません」そう答えながら、内心でそれも仕方がないとクルーは思う。かく言う彼自身さえ、問われたところでどうすれば良いのか分からない。応答のない他の艇のクルー達も同じ様に戸惑っている事は容易に想像できた。しかしここに立つ勇ましい艦長からの問いには、何が何でも応じなければならない。 シドが飛空艇へ戻ってくるまでの間に、要請を受けて当該エリアに集結しつつあった飛空艇はどれも重装備だ。各機が搭載している兵装情報を手元のパネル上で確認すると、シドは舌打ちしてからこう言った。 「おいおい、どいつもこいつも随分と喧嘩腰じゃねぇか」 本部空爆――ユフィが嘘を吐いていたとは思わなかったが、実際にこの目で見るまでは信じられなかったと言うのがシドの本音だった。3年前のミッドガル会戦では地上と上空に展開していたディープグラウンドの軍勢に対抗する手段として、彼らは飛空艇に満載した兵器を用いた。しかし今は違う。どこに抵抗する部隊がいる? シドの見てきた限り、満足な迎撃態勢も無い本部施設への空爆をこのまま実施すれば、それは喧嘩にもならない一方的な破壊行為でしかない。しかも建物の中にはまだ仲間達がいるのだ。 たとえどんな事情があろうと師団長としてそんな命令を下すつもりはないし、頼まれたところでできるはずがない。自分だけではなく飛空艇師団の誰もがそうであるはずだ――少なくともシドはそう信じている。だとすれば、この状況を認識した上で彼らは今ここへ集まっているという事になる。 「お前ら、一体誰の命令で……」 マイクに向かって叫ぶシドの声を遮り、問いに応じたのは通信担当のクルーだった。 「局長、ご自身です」 「なんだって!?」シドの発した声は驚きにではなく、怒りに震えていた。 飛空艇師団への出資者はWROだった。それは師団に所属する誰もが知っている。そして、シド以外に飛空艇師団全体への出動要請を行える人物は、局長リーブの他にはいない。だから驚くことはなかった。逆にそうと知らされたシドは内心どこかで安堵していた。命じられたのならば彼らは従うしかない、仕方なく皆はここへ来たのだと。たくさんの武器を積んで来たのは、彼らの本意ではないのだと。 安堵の一方で、リーブに対する落胆や憤りを感じずにはいられなかった。 そもそも空を飛ぶには元手が要る。だからといって、それを得るために破壊活動や戦争をしたいのではない。大空に描くのは飛行機雲と夢だけで充分だ、ミサイルの弾道なんて描きたいとは思わない。でも、飛ぶ理由が無ければ飛空艇師団も存続できない。夢や理想だけで空は飛べない、鳥の翼が多くの羽でできているように、人間が翼を得るためには羽以外にも多くの物が必要だった。 それらをシドに与えてくれたのはかつての神羅であり、今はWROだった。一人で空を飛び続けることはできない。何よりそれはシド自身が一番よく知っている。 6年前。 メテオを退け星の滅亡こそ辛うじて免れたものの、不治の病とされた星痕症候群の蔓延と、魔晄依存型の体制が根底から覆された世界は、未曾有の混乱に陥っていた。 一方で地上を覆った混乱は、人々が飛空艇――翼を求める動機にもなった。 こうして北の大空洞から故郷へ帰還したシド達は、休まる暇もなく復興作業と並行して新しい飛空艇の開発に取り掛かることとなった。 飛空艇技術と原材料は、大地が育む過去からの恵みとシド達の尽力によって揃える事ができた。燃料調達についてはバレットが探索を引き受けてくれた。しかし人が空を飛ぶ翼を得るには、一朝一夕とは行かなかった。 やがて開発が長期化するにつれて別の問題が持ち上がった。それが開発費と生活費の工面――特に飛空艇開発に従事する者達の生活を維持するための費用を、どう捻出するか――だった。空を飛べない飛空艇はただの鉄屑同然だ。知識と材料を集めたところで彼らの生活、大げさに言えば生命を維持する事はできない。また星痕に冒された者にとって、与えられた猶予は決して多いとは言えなかった。そうなれば開発どころではなくなる。思うように進まない作業に苛立ちを覚えるのと同時に、これまで自分達が魔晄エネルギーだけではなく、神羅の庇護の元に甘んじていた事を思い知らされた。 そんな折、村を訪れたのがリーブだった。彼はシドに会うなり、挨拶もそこそこに飛空艇の開発を組織化して維持する為に必要な物を補いたいと申し出た。それは言うまでもなく、シドにとって渡りに船だった。 開発援助と引き替えに提示された条件は“星の危機には協力する”という物だった。さして難しい条件でも無い、それどころか自分達の目的だって似た様なものだ。リーブの申し出は確かに有り難いし、二つ返事で引き受けて作業を進める他の連中にも知らせてやりたかった。けれど、どうしても釈然としない。この時シドは、返答まで一晩待って欲しいとリーブを村に滞在させた。 その晩シドがこの話を持ちかけたところ、シエラをはじめ開発に関わる者達から反対の声は出なかった。反対する要素がない、聞くまでもなく答えは決まり切っている。 それでもシドの心は晴れなかった。なぜだろう? 皆の言うとおり、断る理由もためらう要素も無いはずなのだ。一刻も早い飛空艇の完成と、組織としての活動を始めたい――無意識に向けた視線の先にはシエラの姿があった。 (……オレ様は、なんで迷ってるんだ?) 心の中で舌打ちすると、意図的にシエラから視線を逸らした。 旅の間ずっとケット・シー――ぬいぐるみとして接してきたせいか、そうと感じることは無かった。しかしこの日、実際にリーブと対面したときの印象は息苦しささえ感じる程だった。それはかつてパイロット時代に“背広組”――本社にいる事務方連中を指す仲間内での俗語――と称した類の人間に対する印象そのものである。 はっきり言えば、気分は良くなかった。 リーブが信用できない人間ではないと分かっているはずなのに、彼の申し出を受け入れられなかった。自身の中にある不可解な感情の正体を、シドは何か分からずにいた。 きっと疲れているんだ、だから考えがまとまらないのだ。今日はとっとと寝てしまって、とにかく明日もう一度話してみよう。この日シドは逃げるようにして床についたのだった。 明くる日、飛空艇師団発足への支援について話の口火を切ったのはリーブだった。 「私には、どう努力しても翼を持つことはできそうにありません。ですから、翼を持てる人に協力したいし、率直に申し上げれば、その力をお借りしたいとも考えています」 不真面目には見えないが、何とも事務的な話しぶりだとシドは思った。そんなリーブの姿は、かつて宇宙開発に力を入れていた頃の神羅を彷彿とさせた。その事に気付いてようやく不可解な感情に納得がいった。シドの目に映るリーブの姿が、かつての神羅と重なって見えていたのだ。 「で、必要なくなったら翼ごと切り捨てるってか?」あいつらと同じように。 シドが言外に含んだ意図を汲んだらしいリーブは、何も言わずに苦笑を返した。かつて神羅の宇宙開発事業の規模縮小は、魔晄エネルギー開発事業の拡大によるものだと言う過去の経緯は、都市開発部門の責任者だったリーブも知るところだ。否定すれば嘘になるし、シドの言わんとしている事も理解できる。 しばらくの沈黙の後、リーブは真剣な表情でこう言った。 「残念ながら翼を得ただけでは、人は空を飛べません。どうです? 煩わしい枷と思わず羽と思ってみませんか? 鳥の翼も、一枚一枚の羽が集まっているものです」 リーブから返って来た言葉は、シドの期待していた物とはかけ離れていた。テーブルゲーム以外では仲間と駆け引きじみたことはしたくない、そう考えていたシドは少しばかり呆れていた。 「なんだよ、『一緒に旅した仲間なんだから信じろ』ぐらい言わねぇのかよ?」 要するに、そう言って欲しかったのだ。 ところがリーブはまったく別のことを言う。 「……『信じろ』と言っても無駄でしょう? 誰がなんと言おうと、あなたは自分が信じようと思った事しか信じない」 リーブはにこやかに指摘すると、対照的にシドは不愉快を露わに舌打ちをした、指摘は間違っていなかったが、どうも気に食わない。これならまだ、思ったことを軽々しく口に出すケット・シーの方がずいぶんマシに思えた。 苛つく様子のシドを見て、リーブはさらに目を細めた。 「一応こう見えて私も元は技術屋だったので、似たような気質があるんですよ。よく、頑固だと言われます」 「お前と一緒にするな!」オレ様はもっと素直だ、とでも言いたげにシドは反論する。 ははは、とリーブは声を立てて笑った「管理職経験が長いと、どうしても」。 それを見ていたシドは観念したとばかりに両手を挙げた。 「あーオレ様が間違ってた、認める。確かに本社の事務方連中と違って、ひとクセもふたクセもありやがる」 「自分でこう言うのも何ですが、本社の一般勤務の皆さんと違って副業でスパイもしていたぐらいですから」 「言われてみれば確かにお前、タークスよりタチが悪そうだ」スパイなんて適任じゃないかと冗談を返したつもりだったが、実のところ大部分はシドの本音でもある。 本来であれば「クソッタレ」とでも言ってやりたいところなのだが、そう言わせぬ何かがリーブにはあった。だから余計に気に食わないのだとシドは思う。 「それ、褒め言葉として受け取っておきますね」リーブは相変わらず笑みをたたえている。 「クソッ! 勝手にしやがれ」 根負けした――というよりは、元々リーブの申し出を断る理由がないのだから最初から負けていた――格好でシドが投げやりに答えると、リーブはその言葉を待っていたと言わんばかりに書面を差し出した。 「では、勝手にさせて頂きます」 書面には具体的なスケジュールと送金、受取の方法が記載されている。なんだかんだとご託を並べていたが、既に決定事項じゃないか。そう文句を言おうとしたが、言ったところでご丁寧に反論されるのだからと諦めてシドは言葉を呑み込んだ。そうするのが利口だ。 それにしても随分と手回しが良いなと呆れ半分に眺めていると、最終的な受取額を見て驚いたシドが思わず顔を上げて問い詰める。 「おい、こんな額どっから……!?」 「本来であればそちらに回るはずだった分の予算……とまでは行きませんがね。差益分の還元とでもお考え下さい」 まるで予想したとおりの反応だとでも言わんばかりに、リーブの返答は淡々としていた。 「つまり神羅の金って事か!?」 「まさか!」今度はリーブの方が驚いた表情を作った後、顔の前で手を振ってそれを否定した「さすがにそれはありません。幸い、公私ともに不自由はしていませんでしたしね」さらに誤解の無いようにと、あくまでも臨時の予算編成で削られた宇宙開発費が都市開発に回された分という意味です、と言い添えた。 捉え方によっては自慢なのかとも思うような言葉をさらりと口にしておきながら、けれどもシドに付け入る隙を与えずにリーブは話を続ける。 「ですから、遠慮は要りません」 「つまりお前の金って事か?」 リーブはにっこりと微笑むと、耳打ちをするような仕草で口元に片手を添えて、少しいたずらっぽい口調で応じた。 「……魔晄で随分と稼がせて頂きましたからね」 それを目の当たりにしたシドは額に手を当て思わず溜息を吐いた。どこまでが冗談でどこまでが本気なのか、いまいちよく分からない男だ。少なからず、冗談の塊みたいな元上司――パルマーよりはるかに扱いづらい事だけは確実だ。 それから二人は新しい飛空艇の開発状況、魔晄に代わる新エネルギー模索や蔓延する星痕症候群の影響など、互いの知る情報を交換し合った。 特に各地の復興作業に話が及ぶと、大きな機材の運搬には飛空艇など大型輸送手段が必要なのだとリーブは訴えた。 「これまでは何とか急場をしのいできましたが、陸路での輸送はすでに限界が見えています」地上に吹き出したライフストリームは地形を変え、各地を結んでいた道路が至る所で寸断されているうえに、車両輸送は荷役量も制限されるし時間が掛かる、「まずは一刻も早く各地の生活基盤を安定させなければならないんです」。 星痕の病理研究にしても、基盤が整わなければ本腰を入れられない。その間も星痕は患者の肉体を蝕んでいく。長引けば長引くほど事態は悪化の一途を辿る。一刻も早く設備制度を整えなければ、災害以前の秩序を取り戻すことは極めて困難なのだと。リーブの口から語られる各地の情勢は、この村と同じだった。 つまり今こうしている間にも、危機は進行している。 「それが、お前が翼を求める理由か?」 ええ、とリーブは頷く。この時期、ミッドガルやジュノンを中心に各地の復興ボランティア同士を繋ぐネットワークが徐々に形になりつつあった。リーブは都市開発事業で得たノウハウを、復興事業に活かしたいと考えていた。しかし、建材は現地調達が可能だとしても、大型の機材や大量の人員・資材の運搬には限度があった。この話を聞いてシドはようやく真意を理解した。 「バカ野郎、それを先に言え!」紛らわしい言い方しやがってと、文句を交えつつもシドは言う「飛空艇が完成した時にゃ、喜んで協力するぜ」 「ありがとうございます」そう言ってリーブは深々と頭を下げる。それから「こんな情勢ですから、できるだけ急いで頂けると助かります」と、注文を付けることも忘れない。 「んな事は言われなくても分かってらぁ!」だからオレ様に任せろ、とシドは胸を叩く。 助かりますと、リーブは再び頭を下げた。 まだ次に向かう先があるのだと言うリーブと別れ際、見送りに外まで出たシドはふと疑問に思って尋ねた。 「なあ、なんでお前そこまで?」自分の金つぎ込んで、世界中を飛び回って。しかも迷ってる様子なんざちっとも見えねぇ。なんでそんなに自信たっぷりなんだ? 少なくともシドの目に映るリーブはそう見えた。 問われて振り返ると、リーブは少し困ったような表情を浮かべた。 「自信があると言う訳ではないんですが。そうですね……」 言葉に詰まったのはほんの僅かの間だった。リーブは控えめな笑みと共にこう答える。 「私の夢の続きだから。……そう言ったら、呆れますか?」 シドは首を大きく横に振った。 「そいつはいい!」 そう言ってリーブの背中を見送るシドの表情には、頼もしくも爽やかな笑みが浮かんでいた。 (なるほど、確かにコイツはとんでもない頑固者だ) 親近感とは違う、どちらかと言えば対抗意識にも似た――飛空艇は絶対に完成させてみせるという――高揚感だった。それは金銭的な援助を得たという以上の力で、シドの心を揺さぶった。 湧き上がる感情任せにシドは声を張り上げる。 「おいリーブ! お前、まだオレ様の飛空艇に乗ったこと無かったよな? 近いうち必ず乗せてやるから楽しみに待ってろよ!」 その声にリーブは振り返ると、穏やかな笑顔を向けた。 それから数ヶ月後、リーブを局長とするWROが発足。各地の復興事業の中心を担う活動を開始した。そのあと少し遅れて、シドを中心とする飛空艇師団が発足し、オメガ戦役を経た今日に至るまで、その協力関係は確かに続いていたのだ。 ―ラストダンジョン:第32章1節<終>―
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