第31章4節 : データリンク円舞曲 |
「ここはどこで、あなたが何者なのか。ご説明いただけませんか?」 年の頃は自分と同じか少し上、とても落ち着いた雰囲気にそぐわない髪結いの大きなリボン――もっとも、幼少期以降をディープグラウンドで過ごしたシェルクにとって、リボンなどの装飾品には縁がないという背景もある――が強くシェルクの印象に残った。彼女から悪意などは感じられないものの、先程からここの事や、この先の事を予見しているような物言いに対する不信感は拭えない。 「ここ、古代種の神殿。でも、今はもう無い。だから、記憶を元に再現された場所」 「その記憶は、あなたの?」 首を振ってシェルクの問いを否定すると、女性は無言のまま祠の奥へと歩き出す。祭壇の前まで来ると、振り返ってからこう告げた。 「鍵、開けるね。あなたの探してる人、この先にいるから」 女性が取り出した石を祭壇に置くと、先ほどと同じようにしてフィールドには強いノイズが現れた。 「私にできるのは、ここまで」歪み始める周囲の風景と共に、女性の輪郭が徐々にその形を失っていく。最後にもう一度「がんばって」と言い残すと、女性はシェルクに背を向けて歩き出した。 「待って! あなたは……?」 シェルクの声に答える代わりに、振り向きざまに笑顔を浮かべた。その笑顔はやがて静かに消え、周囲のノイズも収まった。目の前には先程までと変わらない風景、三度シェルクは周囲に目をやる。祠の中に変化はなかった。さっきまで女性の立っていた祭壇の前まで来てみたが、やはりどこも変わっていない。 結局のところ、「古代種最後の一人」だと語った彼女が本当は何者だったのかを知ることはできなかった。前後に現れた強いノイズから推測するに、“彼女”はこのフィールド作成者の作り出したオブジェクトではないのだろう。すると、外部からこのフィールドに――シェルクと同じようにして――干渉する者がいるのかも知れない。 「……干渉?」 自分で立てた予測に、強烈な違和感を覚えてシェルクは立ち止まる。何か、何かとても重要なことを見落としている様な気がする。 「そもそも、私以外にこんな事ができる人間が?」 その可能性について考えてみたが、いるとは思えなかった。SND実施に必要な環境を揃えるだけでも困難だが、そもそもSNDの技術自体が神羅によって秘匿されていたのだから、環境を揃えたところで実施は不可能だ。 たとえばルクレツィア・データと同様に、このフィールドを含めたオブジェクトが過去にあらかじめ用意されていた物という可能性を疑う方が現実的ではあるが、“彼女”の言動は明らかに今ここにいるシェルクを認識したものだった。 あるいは、これ自体も同じフィールド作成者の作り出したオブジェクトであるという可能性だが、そうするとフィールドに多大な負荷が掛かっていた事を示すあの強いノイズが現れた理由の説明が付かない。 思いつく限りの可能性を検討してみるが、正解にたどり着く気配はなかった。 目の前には祠と外を結ぶ唯一の出入り口があった。彼女の言葉に従うなら、この先にこのフィールドの作成者がいるらしい。考えることに行き詰まった現状、動いて新たな情報を集めるしかない。踏み出すシェルクに躊躇いはなかった。 こうして祠から外へ出た途端、周囲にあった風景のすべてが消えてしまった。後ろにあった祠の入口も、目の前にあるはずの石段も、何もかもがあっという間もなく消えてしまった。戸惑うシェルクが耳にしたのは、遠くの方で自分の名を呼ぶどこか暢気な声だった。 その正体が、3年前に顔を合わせている猫のぬいぐるみだと知ると、シェルクもまた彼の名を呼んだ。 どうやらフィールド作成者の正体は、ケット・シーらしい。そうと分かったシェルクの顔には、安堵感から穏やかな笑みが浮かんでいた。 『んあ〜っ!』 突如としてケット・シーが表現に困るような奇声を発したかと思えば、急にそわそわし出したものだから、横にいたマリンは何事が起きたのかと身構える。 『ああ、すんません』 驚かせるつもりは無かったのだと慌てて謝るケット・シーに、マリンはどうしたのと優しい声で尋ねる。 『……いや、なんて言うたらエエんか分からんのですが……』そこで言葉を切ったケット・シーは、照れ隠しなのか頭をかく仕草をしながら言った『思わぬ場所でばったり再会したもんで、なんや感動してもうたんですわ』。 その言葉を聞いたヴェルドは頷いて、彼の身に何が起きたのかを察し、携帯電話の向こうにいる元部下にそれを告げた「どうやら彼らも合流した様だ」。 ネットワーク上で再会した両者が、互いの経緯や状況について共有するのに多くの時間は必要なかった。こういった分野においてシェルクの能力は絶大な力を発揮する。一方ケット・シーは元々それ自体がコンピューターであるからこそ、こういう芸当ができるのだ。それぞれ実現のためのプロセスは真逆と言えるが、それでも彼らは自身の記憶を記録として収めたライブラリを持ち、さらにそれを他と共有することができた。その事は3年前、すでに飛空艇シエラ号の設備で実証済みであったにもかかわらず、シェルクはそれをすっかり失念していた。 互いの中で散らばっていた情報が繋がり合って大きな輪を作る。散在していた一音一音が集まって和声となり、それらが連なって拍子を刻みやがて旋律を成すように。 「……そちらの事情は分かりました」ゆっくりとした口調でシェルクが言う「1つ提案があります」 『おっ? さーっすがシェルクはん!』 「現状、こちらから飛空艇師団へのアクセスは不可能です。ですので、全周波数帯を一時的に借用します」 手順はこうだ。エッジを起点として各地でほぼ同時に起こす基地局リセットの作業を、ネットワーク側からシェルクが補佐する。ネットワークの掌握後は、ここが一時的な制御中枢の役割を果たす。 『そないな事、簡単にできるんかいな?』 「さすがに簡単とは言えませんが、3年前すでに実施済みです」 ディープグラウンドによるエッジ襲撃の直後、ヴァイスの演説を世界中に配信できたのはシェルクの能力を利用したからである。この方法なら、飛空艇師団の使用している周波数帯が判明してなくても、一方的とは言えこちらの意思を伝えることができた。 『シェルクはんって、可愛い顔して意外と荒っぽいことするんやねー』 自分達のしている事を棚に上げて、ケット・シーは感心したように呟いた。 「手段を選ぶ余裕はありません、違いますか?」 『ま、それもそうやな! そんじゃ早速、外の皆さんにも知らせんとな』 もしかしたら何とかなるのかも知れない、ケット・シーの声は弾んだ。 ―ラストダンジョン:第31章4節<終>―
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