第31章3節 : 不協和調律 |
イリーナの声は肝心なところで途切れてしまった。途切れたと言うよりも、わざと途中で切断された様な感じがした。シェルクはそれを、フィールド作成者による妨害行為だと考えた。もしそうだとすれば、この迷路の出口は近いのかも知れない。気を取り直してもう一度、周囲を観察する。 入口以外の三方を壁に囲まれた狭い部屋は、かつて6本の石柱によって支えられていたらしい。しかしそのうちの1本は既に折れ、本来の役割を果たせなくなっていた。柱身にはさらに幾筋も溝が掘られ、柱頭にも植物の葉を模して細かな彫刻が施されている。 また、正面の壁には得体の知れない怪物――あるいはこの祭壇で祀られている獣なのか――の彫刻が、両側に立つ2本の松明に照らされてゆらゆらと浮かび上がっている。揺れる炎のせいで変化する陰影が、動かないはずの石像にも、僅かだがまるで表情があるように見せていた。 その手前には台座――イリーナの言うところによれば『鍵石』を置く祭壇――があった。この狭い部屋の中で、仕掛けがあるとすればここだけだ。 建物はどこも石材でできている、つまり今ほど技術が進歩していない時代に建てられた物であろうとは簡単に推測できる。しかし、この建物の正体にまったく思い当たらなかった。 物心ついた頃にはディープグラウンドに閉じこめられていたシェルクではあるが、その代わりにこの能力で得た厖大な量の情報があった。しかしその中のどれにも、一致する情報は見あたらない。 一方でイリーナはこの場所に心当たりがあると言った。そうなるとここは、実在するものの一般的には広く知られていない場所という結論に至った。 (それにしても) シェルクは周囲に視線を巡らして大きな溜息を漏らす。この場所について考えることに夢中になるあまり忘れていたが、仮にここが何かを模しているのだとしても、細部まで精巧に再現されたフィールドである事には変わらない。ここまで造り上げるのに、一体どれほどの労力を費やしたのだろうと思う。そんなことを考えながら、入口近くに立つ石柱に触れようとしたとき、不意に“歪み”が見えた。 それをフィールドに生じたノイズだと察知したシェルクはとっさに振り返る。ノイズはフィールドの作成者がそこに何かしらの変更を加え、情報を更新した際の一瞬だけ発生する。これを見逃すとフィールドが作り替えられた事に気付かないまま、永遠にさまよい続けることになる。 些細な変化も見逃さぬようにと注意深く観察しようとするシェルクの目には、そうしなくても明らかな変化が見て取れた。 (……女?) 入口を挟んで反対側にある石柱の傍、柱に隠れるようにして俯いている女性がいた。近寄ってみると、栗色の髪を束ねる大きなリボンが小さく揺れている。どうやら彼女は泣いている様だ。 「どうかしましたか?」 何度か呼びかけてみるが、その女性には聞こえていないのか反応は返ってこない。彼女は何故泣いているのだろう? そう思って視線を横へ向けると、奥の柱に力無くもたれ掛かっている男の姿があった。彼が右手で押さえていた腹部の辺りには大量の血が滲んでいる、一目見て重傷を負っていると分かった。それ以上にシェルクの注意を引いたのは、その男に見覚えがあるという事実だった。 「この男、タークスの……」 今は“外”にいるはずのツォンがなぜここにいるのか。突然の出来事に混乱しそうになったシェルクを救ったのは、途切れる直前に聞いたイリーナの言葉だった。 ――「以前に私、そこへ行ったことがあるかも知れない。」 もし彼女の言うことが事実だとすれば、彼らは以前にここを訪れた事があるのだろう。そして、このフィールドは誰かの過去の記憶を元に再現、構成されている事になる。 つまりこのフィールドの作成者は、イリーナやツォンと同じ様にしてこの場所を訪れ、この出来事を目撃した人物に限られる――作成者に関する手がかりが、徐々に集まってきた。 その時、石柱の影で泣いていた女性が口を開いた。 「ツォンは、タークスで敵だけど……。子どもの頃から知ってる」 その言葉に振り返ったシェルクにではなく、彼女はどこかにいる他の誰かに向けて話を続けた。 「わたし、そう言う人……少ないから。世界中、ほんの少ししかいない。わたしのこと、知ってる人……」 時折声を詰まらせながら話す女性は、目にいっぱいの涙を溜めていた。 彼女が誰だかは知らない。それでもシェルクは、彼女の言葉に共感することができた。幼い頃からの自分を知る存在、それを失うことの悲しさ。 ……痛いほどに伝わってくる女性の思いと、それを見ていた者の記憶。 それ以上先に踏み込んではいけないと分かっていても、ここで引き返すわけにはいかなかった。 「シェルク、そこは……古代種の神殿よ!」 最後まで言い終える前に、モニタの電源が独りでに落ちてしまった。それからしばらくの間パネルを操作しても復旧せず、耳に当てたイヤホンからはノイズしか聞こえてこない。完全に回線が切断されてしまった様だ。 「一体どういう事……?」あの模様、真っ直ぐ伸びた石造りの階段、祭壇のある祠。シェルクの語った特徴は、イリーナが6年前にツォンと共に訪れた古代種の神殿と一致する。 しかし、公には存在すら知られていない古代種の神殿に関するデータはそれほど多くない。シェルクの言う「フィールド作成者」は、少なくとも6年前までに古代種の神殿を訪れ、祭壇の間まで足を踏み入れた経験と、さらにそれをネットワーク上に構築することができる技術を持った人物である。 古代種の神殿を実際に見た可能性があるのはあの日、自分達タークスと同じく神殿を訪れたセフィロスと、彼を追いかけて神殿へやって来たクラウド達だけだ。それよりも以前に――神羅の古代種研究において、神殿の存在がどれほど認識されていたのかは未知数だが――訪れた者があるとすれば、研究者達だろう。しかしガスト博士によって残されたイファルナの記録にさえ、神殿の存在は語られていない。となると、研究者達がここの存在を知っていたとは考えにくい。 残された可能性はクラウド達だったが、彼らの中でコンピューターに精通している者がいただろうか? 思案を巡らすイリーナに答えを示すかのように、電話を手にしたツォンが有力者の名を口にした。 「……ケット・シー、ですか?」 電話の向こうでは相変わらず仕事熱心な元部下が、ここに至るまでの経緯を詳細に報告してくれた。要領の良さも変わっておらず、お陰でヴェルドはこの短時間で正確に状況を把握する事ができた。彼もまた同じようにして、今日に至るまでの経過を手短に述べた。 こうして両者は、現状の混乱を収束させるという点で互いの目的が一致している事を知った。双方にとって協力で得られるメリットは大きい、手を組まない理由は無かった。 「まずは空爆の阻止が優先だ。これが実施されれば収拾はつかなくなるだろう、混乱がもたらす影響は深刻だ。その為に今、ケット・シーに協力してもらっている」 『ケット・シー、ですか?』ツォンが怪訝そうに問うのも無理はない。ケット・シーと言えば、リーブの操作しているぬいぐるみであり、その言動を同一視するのは間違いではない。現にヴェルド自身さえ、先程までそうだったのだから。 「私にも理屈はよく分からんが、どうやら今のケット・シーはリーブの制御下にはないらしい。何よりもケット・シー自身がいちばん驚いている」 先ほど検知したマテリア援護が、エッジ周辺地域の通信システム掌握の為の手段である事を告げると、ツォンが納得したように頷いた。 『とすると、そろそろ彼女たちも合流する頃でしょう』ちょうど我々のように。 通信を介したマテリア援護を、伝送路に生じたエネルギーの振幅現象として捉えたシェルクが、ネットワークを通じて振源に向かっている事をツォンの話で知ったヴェルドは、先ほどケット・シーの言った『お招きしてないお客さん』の正体がシェルクである事を理解した。 そうなれば、いよいよ空爆阻止の成功も現実味を帯びてくる。シェルクの能力で全帯域を確保できれば、飛空艇師団にもこの異変を直接伝えられる。 しかし頼みのケット・シーに視線を向けるが、先程からこちらの呼びかけに反応してくれない。彼の身に何か異状でもあったのだろうか? 「あなたたち、勘違いしてる。『約束の地』、あなたたちが考えてるのと違うもの」 重傷を負ったツォンに向ける言葉は辛辣だった。その事からも、彼女が神羅を快く思っていなかったと言う事が分かる。 「どっちにしても、神羅に勝ち目はなかったのよ」 話を続けながらも視線を逸らした女性の横顔は、語る言葉とは裏腹に複雑な表情を浮かべていた。神羅を憎んでさえいてもおかしくはない、しかし神羅に属していたこの男にも同じ感情を向けられずにいた。シェルクには彼女の心情を理解することはできなかったが、伝わってくる戸惑いや葛藤を知ることはできた。 その直後、フィールド内の輪郭さえ歪むほどのノイズが現れた。しかも今回は一瞬ではない。シェルクは初めて言いしれぬ不安を覚えた。それがフィールド作成者による更新ではなく、余所からの干渉だと察したからである。ノイズの強さは、フィールドに掛かる負担の大きさを知る1つの目安にもなるからだ。最悪の場合フィールド自体が壊れ、中にあるオブジェクトもろとも跡形もなく消えてしまう。そうなれば復旧は極めて困難だ。 同時に、“振源”に近ければ近いほどこの現象は強く出る。つまり進む方向は正しかったと言うことだ。 ようやく落ち着いたところで目を開いたシェルクの前には、あの女性が立っていた。一瞬驚いたような表情を浮かべたが、彼女の視線はしっかりとシェルクに向けられている。 僅かの沈黙があってから、女性は口を開いた。 「言葉や……思いが、たくさん、“ここ”にある」 視線ばかりか、言葉もシェルクに向けたものだった。女性はシェルクがいることを確実に認識している。つまり、これは過去の記憶ではない。 自分に向けられた言葉の意味を計りかねて、シェルクは首を傾げた。女性は小さく笑顔を作るとこう言った。 「私は、古代種。最後に残った一人。だから神羅に追われていたの。神羅の目的は、『約束の地』」 「約束の地……?」 「そう。神羅が求めていた場所。魔晄の豊富な土地。でも、本当は違う」 「それが、あなたの言う『勘違い』?」 古代種と名乗った女性は頷く。それから彼女は悲しそうな表情で告げた。 「神羅が探してた『約束の地』、それは、とても身近にあった。でも、彼らは最後まで気付けなかった」 魔晄の豊富な土地。彼らの身近な場所。女性の語る謎かけめいた言葉に、シェルクは思うところを答えた「ミッドガルですか?」。 しかし女性は首を横に振った。 「神羅の言う『約束の地』、それは場所じゃない」 「えっ?」 「そして、古代種の役を担うのは――」そう言って、無言のままシェルクを指さす。 「……私?」 女性は頷いた。 「星の命、知の奔流、ライフストリーム。神羅は、それを人工的に作り出した。“ここ”には、たくさんの言葉や、思いがある。そうでしょう?」 それがネットワークの事を指しているのだとシェルクが理解した時、必然的に「古代種の役」の意味が何であるかを知った。 「この先、いろいろ大変だと思うけど、投げ出さないで! がんばろう、ね?」 あなたなら大丈夫、きっとできるから。そう言って微笑んだ。 ―ラストダンジョン:第31章3節<終>―
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