第31章2節 : ネットワーク協奏曲 |
ちょうど同じ頃、エッジの一角にあるセブンスヘブンの2階は、ちょっとした口論の舞台となっていた。 「……頼むから、もう少し真面目にやってくれ」 『ちょお待って〜な、こっちは最初っから真剣や!』両手を振って講義するケット・シーは、ついにその場で立ち上がるとこう続ける『そんじゃ聞くけどな、オッサンの言う“もっともらしいこと”って何やねん?!』 どうやら“ケット・シーが演じるWRO局長リーブ”を実現するのは、本人達が想像している以上に困難な演目だった。 「あいつなら何と言う?」 『そんなモン知らんわ!』 「想像するんだ」 『できたらこんな苦労してへんで!』 まぁまぁ、と間に入ったマリンに窘められたケット・シーはその場に座り直す。それからマリンは、振り仰いだ先に立っているヴェルドにこう言った。 「おじさん、ケンカをしたって良い案は浮かばないと思います」 「……そうだな。悪かった」 それから再びケット・シーに顔を向けると、同じ口調のままで言う。 「ケット・シーも、あんまり暴れないで? さっきせっかく直したのに、リボンが曲がっちゃう」 マリンは言いながら、ケット・シーの左手に結ばれたリボンの形を整える。 『……すんません』 ふたりの様子を見下ろしていたヴェルドが、何の気無しに疑問を口にする。 「先程から少し気になっていたんだが、手に巻いているそれは?」 「おねえちゃんのリボン」 『エアリスはんの形見や』 耳にした名前からヴェルドは遠い記憶をたぐり寄せ、それがミッドガル伍番街スラムの教会にいた少女である事に思い至る「……古代種の娘?」。 ヴェルドの言葉を聞いたマリンは、あまりいい顔をしなかった。その様子に気付いたケット・シーが場を繕うようにして言った。 『これな、4年前にみんなでここ集まった時に付けとったんや。マリンちゃんの髪を結うてるのとも同じ。みんなお揃いなんやで! エエやろ〜』見せびらかすように、つとめて明るく振る舞うケット・シーだったが、最後の言葉はそうもいかなかった『……エアリスはんは、ボクらと一緒に旅をした“仲間”やさかい』。言い終えると、しょんぼりと俯いて肩を落とす。 「なるほど」ヴェルドは先ほどの言葉が失言だった事を知った「仲間を結ぶ絆のリボン、と言うわけか」。 彼らにとってエアリスは“古代種の末裔”ではなく、“仲間”という意味で特別な存在なのだ。 マリンは満足げな表情で頷くと、話し出す。 「クラウドやティファも付けているんですが、大切な物だからと普段は外しているんです。でもケット・シーは、あの日からずっとここにいたから……」 『ま、ボクの場合は元がぬいぐるみやから、このまま付けとっても手入れ楽なんですわ〜』 一通り彼らの話を聞き終えたヴェルドが、話の中で引っ掛かっていた事を尋ねる。 「ところでそのリボン、リーブ自身は付けていなかったのか?」 ふたりは無言のままヴェルドを見つめ返すだけだった。 「あ、いや……」また何か失言してしまったのかと勘違いしたヴェルドは、気まずそうに続ける。 「それほど大切な物なら、何故あいつは手元に置かなかったのだろう?」 ケット・シーの話によれば4年前、エッジを襲ったカダージュ一味と対決するために集まった時以来、彼はここにいると言う。事態が収束すれば当然、リーブの操作していたぬいぐるみなのだから、いかようにも回収できたはずだ。にもかかわらず、わざわざここに置いておく必要性を思いつかない。 『そう言われてみたら、そうやなぁ……』 自身の左手に結ばれたリボンを見つめながら、ケット・シーがしみじみと呟いた。 「実はあの日……」沈黙の中、マリンの口からぽつりぽつりと零れる言葉が、彼女しか知らない4年前の光景を描き出した「リーブさんもミッドガルにいたんです」。 その日、マリンはひとりで――当時も危険区域とされ立入の制限されている――ミッドガル伍番街スラムの一角を訪れた。そこでモンスターに襲われそうになったところを、通りがかったリーブに助けてもらった。何よりその場所が、6年前に二人が初めて出会った場所――エアリスの育った家の跡地――だった事を話した。 ケット・シーは黙ってマリンの話を聞いていた。 「その後、みんながいる教会の近くまで一緒に歩きました。でも、教会の手前で別れました。教会にはみんながいました、だから『ここまで来ればもう安全だから』と言って」 自分が教会に行かなくても、そこにはケット・シーがいるから大丈夫。そう言って教会まで一緒に行こうとはしなかった。そうだと、マリンは思い出す。 「別れる直前に、リーブさんは『ありがとう』って言いました」 笑顔で口にした『ありがとう』の言葉が、一緒に教会へ行こうと言うマリンの申し出に対する拒否を示す為のものだったのではないか? 薄々だがその事に気付いていたマリンは、ただそれを確かめる事が怖かった。 「その意味、ケット・シーと一緒にいれば……いつか分かるかなと思ったんです」 結果的にマリンの目論見は今日、最も悪い形で達成されたことになる。 『すんません、ボクには何やサッパリ分からへんのです。……でも』僅かに声色を変えて続ける。『どうも、お招きしてないお客さんが来たみたいや』 そう言ったきり、ケット・シーは借りてきた猫の置物のように黙り込んでしまった。 「どういう……」ケット・シーへの問いかけを中断させたのは、ヴェルドの携帯の着信音だった。それをデンゼルからのものだと思い込んでいたヴェルドは、何の疑いもなく通話ボタンを押した。このとき画面に表示されていた『非通知着信』の文字を見落としていた事に気付いたのは、電話の向こうにいた元部下の指摘を受けてからだった。 モニタ内でシェルクの居場所を示す光点は移動を止め、一箇所で点滅を繰り返していた。 「どうしたの?」 画面の表示では特に目立った障害もなく、このまま直進しても問題は無さそうだと付け加えたイリーナに、シェルクはこう返した。 『先程までとは様子が違っています、どうやらフィールドが作り替えられている様です』気がつけば、いつの間にか辺りはしんと静まりかえっている。 「どういう事?」 イリーナが目にしていたモニタには相変わらず模様とも見て取れそうな“迷路”が表示されているだけで、特にこれと言った変化は現れていない。 『そちらのモニタに表示されている情報は、あくまでも端末側で処理可能な容量や範囲に収まるよう変換された結果、映し出されている物です』 シェルクはこの状況を写真に例えて説明する。一軒の家が写っている写真を見れば、家の造りや屋根の色は分かっても、その家の窓から見た風景を知ることができない。写真を見ている者は、そこに写っている物体について視覚的に把握することはできても、それ以外の――匂いや質感といった他の感覚――情報を得る事はできない。シェルクの能力は、写真の中の物を視覚以外の感覚でも捉えることができる――誤解を恐れずに言えば、写真の中にある物に実際に触れる事ができる――能力であり、今イリーナが見ているモニタは、まさに外観を映し出した写真だった。 『このフィールドは何かを模して作られている様です。それが何なのかが分かれば、作り主の意図を突き止める手がかりにもなるのですが……』 「シェルクには今、どんな物が見えているの?」 モニタには表示されない風景の中に手がかりがあるのだとすれば、なるべく多くの情報を得たいとイリーナは考えた。 『……私の目の前には石造りの階段があります。とても古い物、史跡などを模っていると思いますが、私の知る限り該当するものがありません』 その言葉を聞きながら、モニタの中で再び動き出した光点を見つめていたイリーナは、シェルクがその石段を登っているのだと知った。 しかし、しばらく行くとそこは行き止まりだった。三方を壁に囲まれ戻ることしかできない。光点は再び動きを止める。 『階段を登った先は……祠のようになっています。中央に、台座のような物がある場所です』このオブジェクトに仕掛けがあるのだろうとは予測できたが、それが何なのか、シェルクには見当がつかなかった。 「……もしかして」沈黙の後、イリーナがゆっくりと口を開く「たぶんそこ、鍵石を置く祭壇よ」 それからもう一度、モニタを見つめる――映し出された幾何学模様のような迷路、設けられた石段、祠と台座――それらの要素を満たす場所に、心当たりがあった。 「以前に私、そこへ行ったことがあるかも知れない。……シェルク、そこは……」 ―ラストダンジョン:第31章2節<終>―
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