第27章3節 : 魔晄都市の遺恨




「おい、しっかりしろデンゼル!」
 突然の出来事に驚いたケリーは、何度もデンゼルに呼びかけてみるが返事は無かった。小さな両肩に手を置いて激しく揺さぶってみたのだが、デンゼルからの反応はない。ケリーはとっさに脈と呼吸の有無を確認したが、幸いどちらにも問題はないようだ。
 しかし、安堵する間もなく別の問題に気付く。
「……すごい熱だ」
 ここへ至るまでに、異変の兆候は既に現れていた。
 それによくよく考えてみれば今日、デンゼルが直面してきた事態というのはどれも彼にとっては非日常だったはずだ。突然もたらされた異常事態、頼れる大人が誰もいない状況で目の前に現れた見知らぬ訪問者、事態の急変とともに何度も生命の危機に晒され、判断を迫られながら必死で考え次に取るべき行動を見出す――デンゼルはこの短時間で、極度の緊張状態に置かれていたはずだ。感情が大きく揺れ動く一方で、精神は昂揚したままだったのだ。特に訓練を受けていたわけでもない、ましてデンゼルのような子どもには、あまりにも急激な状況変化の連続は過酷すぎた。本人が自覚していた以上の負担が心身共にかかっていたのは考えるまでもなく明らかだ。こうして体の方が先に悲鳴を上げたとしても、無理もない。むしろよくここまで来たと思う。
 デンゼルを背負って立ち上がると、ケリーは急いで変電所の入口をくぐった。復旧作業に勤しむフレッドの背後に呼びかけると、振り返ったフレッドは二人の様子を見ただけで事態を理解し、敷地内にある職員用の詰め所の位置を教えてくれた。そこに行けば雨露をしのげるし、休憩用に用意された毛布などの簡単な備品が揃っている。エッジには戻らず、ひとまずはそこでデンゼルを休ませる事にした。
 ケリーは詰め所に入ると、無意識のうちに扉の脇のスイッチに触れた。だが室内照明は点かなかった。何度かスイッチを弄ってようやく停電中だった事に気付いて舌打ちしようとしたが、これが自分達の引き起こした事態なのだと言うことに思い至って、とりあえず舌打ちではなく溜息に変えておいた。
 照明スイッチの隣には室温調整のためのリモコンが取り付けられていたが、空調機器を起動しようにもやはり電力が必要だった。こうして考えると電気がないのは実に不便だ。
 ケリーは携行していた携帯用ライトを取り出すと、その明かりを頼りに必要な備品類を探した。初めて訪れた場所だったが、管理が行き届いているお陰で探すのに手間取ることはなかった。(俺の部屋よりよっぽど片付いてるなぁ)と、感心したほどだった。
 それから背負っていたデンゼルを降ろし泥だらけのコートを脱がせた後、髪などの水気を念入りに拭き取ってから、毛布を掛けてソファーに横たえさせた。
 こうしてケリーが一息吐いたところで、室内の電源も息を吹き返したらしく照明が点り、僅かな機械音と共に空調設備が稼働をはじめた。
 その光景を目の当たりにしたケリーは小さく安堵の溜息を吐くと、用の無くなった携帯用ライトを机の上に置いた。
(明かりがあるのは、やっぱり落ち着くなあ)
 そんなことを考えながら天井の照明を見上げていたところへ、フレッドが詰め所に入って来た。
「おいケリー、ボーッとしてる暇はないんじゃないか?」
「ご苦労さん。さすがフレッド、頼りになる」言葉と共にタオルを投げ渡す。
「……これが俺の本業だからな」
 そう言って照れたように小さく笑うと、フレッドはデンゼルを見つめた。
「デンゼルには本当に申し訳ないことをした。……どうかしてた」
「そうだな。確かにいつものお前らしくなかった」
 銃を持つどころか、それを人に向ける事なんて普段のフレッドなら絶対にしない。ケリーはそれをよく知っている。今回の暴挙が、3年前のジュノン集団失踪事件を引き金にしている事も分かった。だが、どうしても残る疑問がある。
「どうやって、こんな事を?」今回の件がフレッド単独、あるいは彼が中心になっての行動だとは、どうしても思えなかった。だとすれば、中心になって動いている者がいるはずだ。
 問いかけたケリーをじっと見据えて、フレッドが答える。
「……ケリー、ダナを止めてくれ。彼女を止められるのは、あんただけだ」
 自分で問いかけておきながら、フレッドの言葉を聞いたケリーは黙り込んでしまう。薄々は気付いていた、でもそれを認めたくなかった。だから向き合ってこなかった。けれど、こうなった以上そうも言っていられない。
「そうか」
「やっぱり、気付いてたんだな」
「確信はなかった。でも何故?」
「俺達に共通しているのは、『魔晄炉』だ。彼女は……仇を討ちたかったのかも知れない」
「……仇?」確かめるようにしてその言葉を復唱したケリーに、無言で頷くフレッド。さらにケリーは問う「誰の?」
「ミッドガル」
 今度こそケリーは言葉を失った。
 肩を落とすケリーの姿を前に、フレッドは頭を拭く手を止めて給湯室に足を向ける。特に何も考えず、保温器の中に入っていたコーヒーをカップに注ぐと、それを持って再びケリー達のいた部屋に戻った。
「残り物で悪いな」フレッドはカップを差し出しながら、話の続きを始めた。
「メテオ災害後に組織されたWROには、様々な出身や経歴を持つ者が隊員として参加している。ケリーのように神羅に所属していた人間や、俺のように神羅を目指そうとしたヤツ、あるいは反神羅組織にいた者まで」言ってみれば巨大な寄り合い所帯だ。
「……だろうな」カップを受け取りながら、ケリーは力なく頷く。編成された分隊の中にさえ、真逆の経歴を持っている者がいるほどだ。もっとも、全体のバランスを保つための意図的な編成である事は言うまでもない。
「いつ内部分裂してもおかしくない、そんな基盤の脆い組織がなぜここまで維持できていると思う?」
 そんなこと、問うまでもないとケリーは即答する「局長の存在だろうな」。
 期待通りの答えを得たフレッドは、満足げに頷くと続ける。
「局長は象徴だ。WROという組織としてはもちろんだが、何よりも隊員一人一人にとっての象徴なんだ」
 魔晄都市ミッドガルの開発責任者にして、元神羅カンパニーの重役。さらに世界を救った英雄。ある者にとっては恩人であり、またある者にとっては羨望の対象……。
「そして、局長を憎むべき対象とする者もいる」
「その一人が、ダナだと?」
 フレッドは無言で頷いた。
「どうして!?」反神羅組織の出だとか、魔晄炉に因縁のある者なら話は分かる。だがよりによって都市開発部門に在籍していたダナが、なぜ? ケリーは納得できずに声をあげる。
「ミッドガル七番街プレート支柱爆破事件を覚えているか?」
 ケリーは黙って頷く。あれは惨い事件だった。
「社員も含め、一般への神羅の公式発表では『反神羅組織による爆破テロ』とされた。だが、真実はその逆だ」
「……神羅の自作自演だった?」
 ケリーも噂は耳にしたことがある。だが、まさか事の真相だとは思っていなかった。より正確に言えば、信じたくはなかった。
「支柱爆破は、重役会議満場一致による決議後、タークスによって実行された。……それが真実だ」
「満場一致、か」
 瞼を閉じてフレッドが頷く。ケリーは唇をかんだ。
「重役……つまり当時の局長は決議に賛成を投じた」
「お前、本気で言ってるのか? あの人のことだ、反対したに決まってるだろ! 結果的に満場一致にさせられただけじゃないのか?! 大体、自分が開発に携わった都市を破壊することに、積極的になるヤツなんていない!!」
 胸ぐらにつかみかかりそうな勢いで早口に捲し立てるケリーとは対照的に、フレッドは冷静に話を続けた。
「そうかも知れない。いや、恐らくそうだろう。けど、問題はそこじゃない」
 「え?」ケリーの言葉が詰まる。
「都市開発部門の人々……俺の親父の様に、ミッドガルに直接関わらなかったとしてもそうだ。少なからず『魔晄エネルギーは生活を豊かにする』と信じ、その仕事に従事することを誇りにしていた。ミッドガルはそんな人々にとっての象徴であり、希望だった。まして開発に深く携わった人なら、その思いは強かったはずだ」もしも親父が生きていて、七番街プレート支柱爆破事件を目の当たりにし、その真相を知ったのなら。きっと今のフレッドと同じ表情でこう言ったに違いない。

「統括は、自分の部下も都市もそこに住んでいる人々も守れなかった。それどころか、俺達を裏切っていたんだ」

「そんな……!」
 ケリーが口に出しかけた否定の句を遮って、フレッドは問う。
「決議により支柱爆破を実行したタークスは、単に支柱を破壊したわけじゃない。特別に性能の良い爆弾を使ったわけでも、大量の爆薬を使ったわけでもない。……これがどういう意味か分かるか?」
 事を秘密裏のうちに処理したかった、だからタークスが出るというのは分かる。しかし後の方が分からないと、ケリーは首を横に振る。
「各プレート支柱には『緊急用プレート解放システム』が備わっていた。タークスは爆弾を用いてそれを起動したに過ぎない。つまりミッドガルは最初から、プレートを落とす事態を見越して作られていた、という事だ」
 人の暮らしている街を、文字通り根底から覆す破壊システム。なぜそんな物が必要なんだ? なぜそんな都市を造り続けたんだ? どれだけの人がこの事実を知っていた? 知らされないまま開発に従事していた連中はどう思う?
「お前はこれを、単なる逆恨みだと非難できるのか? 少なくとも俺にはそうは思えなかった。事実のもたらす一面なんじゃないか?」
 たとえやり方を間違えていたのだとしても、ダナの行動すべてを否定することはできない。苦渋に満ちた表情で語るフレッドは、いちど言葉を切ってから溜息を吐いた。
「……頼むケリー、ダナを止めてくれ」
「なんだって?!」
「あんたならできる。いや、あんたじゃなきゃできない」確信めいたフレッドの言葉に、ケリーは耳を疑う。
「まっすぐ前を見続けてるデンゼルを見ていて思い出したよ。俺にできること、俺がしなきゃならないこと」
 それを成し遂げるために、ここにいる。フレッドはそう言って笑顔を作る。
「あと、エルフェって人にも礼を言わなきゃな。俺の行動が間違ってた事を、真正面から指摘してくれたんだ」
 きっと今のダナにとって、そう言うヤツが必要なんだと。フレッドは呟くようにして言った「それがケリー、お前なんだと思う」。





―ラストダンジョン:第27章3節<終>―
 
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