第27章2節 : 登壇ケット・シー




 窓から飛び出していったデンゼルを見送った後、マリンは部屋と物置とを慌ただしく往復することになった。今し方までエッジを舞台にして立てこもり犯の役を演じた名女優が、今度は演出家兼裏方だ。次の主演はケット・シー、通信という舞台上で演じる役は『WRO局長』である。
「これを茶番と笑われても構わない。でも、それで変えられるものがあるのなら、たとえ茶番劇でも上演する価値はあると俺は思う」、そう言ったヴェルドの言葉にマリンも同意したからだ。

 ――「お前は、俺達にリーブを殺せって言いたいのか?」

 通信越しに父が語った、あまりにも悲しすぎる結末を変えられるのなら。どんなに小さかったとしても、変わる可能性があるのなら。今の自分にできる事をやってみたいのだと、マリンは強く思った。だから、笑顔で部屋から飛び出して行ったデンゼルの気持ちも分かる。自分もできるのなら、きっと同じ事をしていたに違いない。勢いよく出て行ったデンゼルを、物分かりの良い風を装って窘めてみたりもしたけれど。
(私も、デンゼルと同じなんだ)
 そう考えると苦笑せずにはいられなかった。
『どないしたんや?』
 そんなマリンの顔を覗き込んでケット・シーが尋ねる、はっとしてマリンは首を振り、早口に「なんでもない」と応えた。不思議そうに首を傾げるケット・シーに、物置から運んできた荷を差し出した。
 本当は生地の厚い真っ白なカーテンが理想だったが、残念ながら柄や色が合わなかった。シーツも試してみたが、生地が薄く光を当てると透けてしまう。妥協の末にマリンが選んだのは、白地に薄いピンクの花柄があしらわれた厚手のテーブルクロスだった。
『なんや、エライ可愛らしくなってまうで?』
 マリンの手元に視線を向けると、ケット・シーが心配げな声を出す。
「ごめんなさい、これしかなくて……」
『いや、まあごついのよりは可愛い方がエエわ。それにマリンちゃんのチョイスやしな!』そう言って、肩を落とすマリンを励ますようにして手を振った。そんなケット・シーに、マリンは苦笑のような微笑のような小さな笑みを浮かべた。
 さらに物置から脚立を運んできたマリンは、ヴェルドの手を借りてクロスを天井の梁に吊り下げた。こうしておけば、ケット・シーの後ろ側にある端末や荷物が映らない。クロスはそのための“舞台背景”だった。
 作業が一段落したかと思えば、今度は家庭用の録画機材を取り出して組み立てを始める。せわしなく動き回るヴェルドの動きを追いながら、机の上に座っていたケット・シーが声を掛ける。
『しかしなぁ、こんな茶番すぐバレるやろ?』
 WRO局長による空爆声明の直後、“リーブを演じた”ケット・シーによる声明の配信。時機から考えても不自然すぎて、すぐに“偽者”だと見破られてしまう可能性は確かに大きかった。しかしそんなことは問題ではないのだとヴェルドは言う。
「茶番で結構、バレるのは百も承知だ。市民や隊員を欺くことが俺達の最終目的ではないからな」
 むしろ現在進行形で起きている異常事態を、市民に周知させる必要がある。
 さらにこの異常事態の中で戸惑う隊員達の足止めをするのが、ヴェルドの目指す最初の目標だ。最終的にはこの事態が「異常」であることに気付かせ、その原因を突き止め是正することにあるが、当然すべてを自分の手に負えるとは思っていない。今ここにいるヴェルドもまた、自分に出来る事をやろうとしているだけに過ぎない。
 言ってみれば彼らがこれから行う事は、人々に対する救援要請である。

「これが茶番劇に終わるか否か、決めるのは演者ではなく観衆だ」

 公演とはすなわち情報の発信であり、観衆の中から次の主演を勤める者が現れ、物語の舞台は各地に移っていく――恐らく、この騒動の発端を作ったWRO局長リーブの思惑に、少なからず沿っているはずだとヴェルドは考えた。
 英雄統治の終焉。それがもたらす未来こそが、魔晄文明という虚栄からの真の復興なのだと。もしかしたらリーブはそう考えているのかも知れない。それは、WRO局長としてではなく、魔晄都市ミッドガルの開発責任者として全うすべき責務だと。
「しかし納得のいかないシナリオに、最後まで付き合う必要はない」
『ホンマ、アンタのその自信はどっから来とるんやろなあ?』
 わざとらしく首を傾げるケット・シーに、ヴェルドは苦笑しながらも問いかける。
「自信なんてないさ。……それよりケット・シー、回線の方は?」
『こっちの準備はエエで。あとは復旧時に差し替える映像さえ用意できれば』
「では始めよう。時間もない」
 手元の時計に目を落とす。デンゼル達が変電所へ到着する前に、こちらの準備を終えなければならない。
『ちょ、ちょお待ってーな。ボク何しゃべればエエんや?』
「もっともらしいことを、なるべく手短に」
 録画機材を起動させると、レンズをケット・シーに向けてヴェルドは簡単に言った。
『その“もっともらしいこと”って、何やねん……?』
「気負いすることはない、なにせこの劇には台本が無いからな。お前の言葉がそのまま台詞になる」
『そんなん言われたら、余計プレッシャーやないか』
 ケット・シーが演じるWRO局長リーブ、という奇妙な偽の声明は、こうして作られる事になる。





―ラストダンジョン:第27章2節<終>―
 
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