第26章8節 : 曇天の霹靂 |
デンゼル達から一通り話を聞き終えたヴェルドは、この事態を打開する1つの策を思いついた。しかしそれを実現するためには、どうしても彼らの協力が不可欠だった。 『ケリー、フレッド、それからデンゼル。もし万一のことがあっても君たちに咎はない、全責任は俺が取る。……その上で、協力してもらえるだろうか?』 当然ここまで来て断る理由は無い。3人に異存はなかった。 「いよいよ実力行使か?!」 袖を捲りながら「そもそも錠破りなんて細かい事は性に合わないんだ」と、口元を歪めて明らかに声を弾ませているケリーを、ヴェルドはあっさりと退ける。 『施設の破壊はしないと、最初に言っただろう? わざわざ痕跡を残すようなことはしない』 「しかし、錠を壊さない限り中には入れないし、遮断器も……」 期待はずれの返答に舌打ちをするケリーの後ろから、懸念を示したのはフレッドだった。しかしヴェルドはそれも否定する。 『施設内に立ち入る必要はない。それにこの作戦の原案は君がすでに提示している』 そう言われてみても、当のフレッド本人にはまったく見当が付かなかった。 『ところで。三人寄れば文殊の知恵、という言葉を知っているか?』 さらに唐突な質問に、フレッドは反応できなかった。 「ええと……『3人が協力すれば素晴らしいアイディアを得られる』みたいな意味ですよね」代わりに答えながら、デンゼルは首を傾げた。「それがどうしたんですか?」 『ちょうど俺の手元にも、彼らと同じマテリアがある』つまり、そう言うことだ。そう言ってヴェルドは笑った。 「ま、まさか……」ケリーが自分の持っているマテリアを見つめる。 「俺達がマテリアを?」フレッドも自分の手にしていたそれを見下ろす。同時に、ヴェルドが最初に咎と前置きしたのは、マテリア使用の協約違反を示していたのだと理解した。確かにWRO隊員みずから積極的に協約に触れる行為に荷担したとなれば、後々問題になるかも知れない。もっとも、今はそれよりも優先すべき事がある。この話はひとまず後回しだ。 『そうだ。俺が援護する、こちらは問題ない』 さも当然のように言ってのけるヴェルドだったが、ケリー達が戸惑うのも無理はない、なにせマテリアなんて使ったことがないのだ。そもそもソルジャーではない社員、まして一般市民がマテリアを使う機会など無い。 『これから順を追って説明する。こちらの指示に従ってくれ』 まずは弾倉からすべての弾を抜き取れ、と言うのがヴェルドの指示だった。銃から弾を抜き取っては何もできないと、さらに困惑するふたりを説得するように話は続く。 『お前達はこれまでマテリアを使って魔法を撃った経験は無い、と言ったな? 弾を抜くのは誤射を回避するための安全策だ』 さらに弾を抜き取った後、マテリアを装備しろと言った。支給された武器が旧世代――ジェノバ戦役の終結を境として、協約でマテリアの使用が制限される前――の物であれば、マテリア装備を前提とした設計がされているが、そうでない場合は武器以外のどこかに身に着ける必要がある。 ケリーの持っている銃は旧神羅からの流用品、正確には会社破たんの混乱に乗じて彼が持ち出した物だった。弾倉底面のくぼみにマテリアをはめ込むと、思いの外しっかり収まった。グリップから伝わる重量感が増したが、撃ち合いにでもならない限り問題はなさそうだ。 一方フレッドが持っているのはWRO正規の支給品で、マテリアを装着できる仕様にはなっていない。そこで、身に着けている中でマテリアを装備できそうな物を探した。幸い、彼が13歳の誕生日に父から贈られた腕時計にはマテリアが装備できそうだった。 「……なにか違和感が」手にしたマテリアを時計にはめ込むとき、穴の大きさに合わせてマテリア自体が伸縮する事を初めて知った。そのことにも驚いたが、それ以上にマテリアをはめ込んだ後、時計を着けていた左腕に痺れた様な感覚が残った事がどうしても気になった。 『マテリアを使って魔法を撃つには所有者の精神力を消耗する。装備するのも初めてなら尚更だ。最初は少し違和感もあるだろうが、じきに慣れる』 それからマテリアを発動させる――魔法を撃つ――ための方法を手短に説明した。 ヴェルドの話によれば、マテリアの潜在能力を引き出すためには装備者のイメージが重要なのだと言う。逆に言えば、明確なイメージを持てなければ、いくらマテリアを持っていても発動はしない。これが装備と所有の大きな違いだ。 『そのために銃を使う。銃を撃つイメージでサンダーを撃てばいい。慣れないと実際に発砲してしまうからな』 「なるほど、弾倉を空にしたのはそのためか?」 言いながらケリーは右腕を伸ばして銃口を鉄塔に向けると、後退しながら照準を頂に合わせた。 『引き金を引く代わりに、サンダーを撃つんだ。銃口から弾を発射するのではなく、放電する様を頭の中に思い描け』 「でも避雷器に吸収されやしないだろうか?」 肩幅に開いた両足で泥土に覆われた地面を踏みしめると、グリップを握る右手の下、弾倉底面に左手を添えた格好で銃を構えたフレッドが心配げに問う。変電所の設備についてなら分かっているが、彼にとってサンダーの威力は未知数だった。 『そのために発動のタイミングを合わせる必要がある。次の着信を合図にカウント10だ。少しでもズレが生じれば避雷器に吸収されて効果は無くなる、気をつけろ』 「了解した」 その言葉を最後に、フレッドは目を閉じて意識を集中する。治安維持部門にいた経験のあるケリーとは違い、銃を撃つ事にもそれほど慣れている訳ではなかった。 『デンゼル』 「はい!」 『俺はここから彼らの援護をする。本来であれば援護要請も魔法発動も一人でこなすものだが、彼らは初心者だ。そこで君に援護の中継をしてもらいたい』 「援護の中継?」 方法を問うデンゼルの声がしっかりと落ち着いている事に、ヴェルドは内心で安堵する。順応性や集中力に関しては子どもの方が期待できるが、必要以上に怖がったり、浮き足立ってしまわないかと心配だった。しかしこの分なら問題はなさそうだ。 『俺がここからサンダーのマテリアをそちらに送る……正確には、発動したエネルギーを転送する』 「そんなことできるんですか?!」 『この端末の特殊仕様だ。言っただろう? 型は古いが機能面では劣らない』 最初の着信音から数えて10秒。次にこの携帯電話に着信があったら、そのタイミングで応答するようにと、彼らと同じく手順を説明した。 『意識を鉄塔に集中しろ、魔法は君の意識が向かう方向に誘導される』つまり中継とはそう言うことだとヴェルドは話す。『他に気を取られていると、的を外すことになる』 「分かりました、やってみます」 話を聞き終えたデンゼルは、返答しながら頷いた。 時間的な問題もあるが、彼ら3人の消耗の面から見てもチャンスは限られている。しかしヴェルドはその事については言及しなかった。ここでそれを知らせて、彼らに余計なプレッシャーをかけることはない。 胸の内に言葉をしまい込み、改めてヴェルドは3人に告げる。 『デンゼルの持っている携帯電話が合図だ。最初の着信音からカウント10で一斉に鉄塔に向けて魔法を撃つ、いいな?』 互いに顔を見合わせて頷き合った後、彼らが了解の旨を返すと通話は切断された。 デンゼルは切断ボタンを押してから電話を折りたたむと、雨に濡れないようにと両手で包み込むようにして胸の高さで持ち直した。 変電所の敷地からもっとも離れた場所に立ったのはケリーで、いったんホルスターに銃をしまうと簡単な柔軟運動を始めた。逆に入口扉のすぐ脇に立つフレッドは両手で銃を持ち、相変わらず目を閉じたまま直立不動の姿勢を崩さなかった。デンゼルはごく自然と両者の間に移動する。 こうして静寂の中に立たされた3人は、それぞれの方法で意識を集中させていた。地面に叩きつける雨の音も、視界を遮り激しく体を打つ雨粒も、今の彼らにとっては問題にならない。 ゆっくり深呼吸を繰り返しながら、着信を待った。 それから間を置かずに、甲高い着信音が鳴った。デンゼルは再び携帯電話を開くと、通信ボタンに指を置く。10秒後にこのボタンを押すのだと、自分に確認するように大きく頷いた。 「……10!」 自然に出たデンゼルの声に合わせて、あとの2人が銃を掲げる。 「9、8、7……」 同じくカウントを口ずさみながら、左手に残る僅かな痺れがいっそ心地良いとフレッドは思った。 「6、5、4……」 二人の声と重ねるようにしてカウントダウンに加わる。今までに味わったことのない緊張感の中で、ケリーは引き金に指をかける。 「3、2、1……」 顔を上げると鉄塔の頂を見据え、デンゼルは無意識のうちに両腕を伸ばしていた。視線と意識がまっすぐに鉄塔へと伸びていく。応答ボタンに置いた親指に力を込め、最後のカウントを口にした。 彼らがゼロと叫んだ声は迸る放電の音に呑み込まれ、地上にいた3人から放たれた霹靂が分厚い雲の下で大地を明るく照らし出した。鉄塔の直上で収束した3つの稲妻は、網膜に焼き付くような閃光と、鼓膜を突き破らんとする轟音を放ちながら鉄塔を撃った。 鉄塔を伝う大量の電流は避雷器の許容量を上回り、遮断器どころか送電線そのものを焼き切るエネルギーをもたらした。落雷によって放出された熱と雨が混じり合い、辺りは霧に包まれた。霞んだ視界の中で、ちぎれた送電線や一部の設備からは火花が散っている。 自分達の引き起こした光景に恍惚と見入っていた3人に、強烈な衝撃が伝わったのは半瞬遅れての事だった。咄嗟の出来事に体勢が崩れ、中でも小柄だったデンゼルの体は一瞬だけ宙を舞った。 「……うっ!」 口内に入り込んできた大量の泥と、鼻をつく刺激臭に思わず声を上げたデンゼルは、衝撃が収まると薄くまぶたを開けて周囲を確認する。体勢を崩していた自分の後ろで、ケリーが背中を支えていた事に気付いた。 「ありがとう」 「ケガが無くて何よりだ。……にしても、凄まじい威力だな」 そう言って顎の辺りに付着した泥を袖で拭き取り、鉄塔から視線を下ろした。その先には、すでに立ち上がっていたフレッドの背中があった。この衝撃で傾いた入口扉に向けて、彼は再び銃口を向けている。 「おいフレッド!」 放たれた小さな光は、傾いた入口扉にとどめを刺すには充分らしかった。それから体当たりで扉を破ると、フレッドは施設内に足を踏み入れる。霧の向こうに霞むフレッドの背中に呼びかけるケリーの横で、デンゼルは自分の手に携帯電話が無いことに気付いた。どうやら先程の衝撃で吹き飛ばされた折に、電話を落としてしまったらしい。 「どうしよう! これじゃあ……」 連絡を取る手段がないと焦るデンゼルの耳に、フレッドの声が聞こえてきた。 「本線は死んでるが、予備線が無事だ! 復旧には問題ない」 そう言ってフレッドは再び背中を向けると、さっそく復帰作業に取りかかった。 携帯で直に連絡が取れなくとも、電力が復旧した事が何よりの報になるはずだ。ケリーがそう告げると、デンゼルは大きく溜息を吐いた。 「よかった……」 と同時に、それまで張り詰めていた緊張の糸が切れた音を聞いた気がした。途端に全身から力が抜け、ケリーに凭れたままデンゼルは目を閉じた。 ―ラストダンジョン:第26章8節<終>―
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