第26章6節 : それぞれの道へ踏み出して




「……魔晄炉……」
 ぽつりと呟いたエルフェの声に、デンゼルは顔を向ける。しかし彼女はそれ以上何を言うわけでもなく、ただ黙って何か考え込んでいる様子だった。
 そういえば彼女はWROの事を知らないと言っていた。でも、魔晄炉のことは知ってるのだろうか? デンゼルはそんなことを考えながら、フレッドの話を聞いていた。
「……結果は変わらなかった。
 WROに来たところで、魔晄炉の何が分かった訳じゃない。俺の両親がいなくなった理由も分からないままだった。
 それどころか、俺たちはジュノンで神羅と同じ事をした」
 3年前の集団失踪事件。街全体で1,000人を超す人々が忽然と姿を消した、WROは情報統制の名の下に事件を隠蔽した。かつて神羅がそうしたように。
「俺と同じ思いをした奴が、少なからずいたはずだ。でも俺たちは何もできなかった。
 俺はまた、分からなくなった。WROのやり方はこれでいいのか? 本当にこれが、正しい選択なのか」そして今回の件に荷担した。語り終えたフレッドは、ひとつ息を吐くと俯いた。
 話を聞き終えたケリー達に言葉はなかった。一概にフレッドを責められる訳じゃない、彼には事情があった。けれど、WROの選択も決して間違いではなかった。原因も何も分からない状態でありのままを垂れ流せば、必要以上の混乱を生むだけだ。
 皆が黙り込んでしまう中、エルフェが口を開く。
「貴様の様な愚か者を放っておいたのは、首長の責任だ。だが、私には今のお前のやり方も正しいとは思えない。武力に訴えて何かを成そう、あるいは制そうとする、それもまた、お前の言う神羅の悪行と同じではないのか?」
 どんなに正しい主張であるにしろ、それを訴える手段を間違えるな。エルフェの物言いに容赦はなかった。
「過去の事情はどうあれ、自分が今成そうとする事が未来にどう影響するかをしっかり考えろ。それは誰の責任でもない、自分自身の問題だ」
 そう語るエルフェの姿を、ケリーは黙って見つめていた。フレッドは俯いたままだった。
 最後まで言い終えると、エルフェは彼らに背を向けて歩き出した。その背中にデンゼルが声をかける。
「エルフェさん、一緒に来てくれないんですか?」
 呼びかけに振り返るとエルフェは言った「もう私の出る幕ではない」、それから視線をケリーの方へ向ける。
「……もし、アンタさえ良ければ、協力してもらえると心強いんだけどねえ」
 一瞬、なんと言えばいいか悩んだ末にケリーが返すと、エルフェはまぶたを閉じてゆっくりと首を横に振った。
「すまない。私には今回の件にこれ以上荷担する理由と覚悟が無い。それに」
 デンゼルが言葉の先を促すように首を傾げると、エルフェは言葉を濁した。不審に思ってさらに問えば、視線をそらしてようやく答える。
「……そろそろ、家に帰らなければ」
 家はこの辺なんですか? デンゼルの問いにエルフェは違うと首を振る。
「実は……道に迷っていたんだ。自宅から4ブロック先の商店で夕飯の材料を調達しようとしたのだが」
「……え?」
 彼女の家がどこにあるかは知らないが、少なくともこの周辺4ブロックに民家はない。察するにどこかの街に彼女の家があるのだろうが、そこからどう目指せばここまで来られるのかがデンゼルには分からなかった。嘘だとしてももう少し言い様があるんじゃないか? と口に出そうとした。しかしエルフェの表情は至って真剣だった、とても嘘を吐いているようには見えない。デンゼルは出かかった言葉を飲み込んだ。
「じゃあ帰りに送ろう。アンタの家は?」
 ケリーの純粋な親切心からの申し出を丁重に、かつ即座にエルフェは断った。
「お前の運転する車にだけは乗りたくない」
 その言葉に、デンゼルは今日いちばんの同意を込めて頷いた。
「それに、ここまで来られたのだから帰途の心配は要らない」
 そう言ってエルフェは再び背を向けて歩き出す。そこでおいおいとケリーが慌てて叫ぶ「そっちはエッジだぞ?」。
 すると顔だけを向けたエルフェは、回復薬を手に微笑んだ。
「家路につく前に、先ほどの連中にこれを渡しておこうと思ってな。こんな場所で雨ざらしだと風邪を引く」
 それだけ言うと、今度こそ雨の向こうに消えていった。雨ざらしで風邪を引く事よりもっと問題になることがありそうなのだが、どうやらその辺は気にしていないらしい。
 エルフェの去っていった方向を見つめながら、デンゼルは彼女に対して抱いた率直な感想を口にした。
「不思議な人ですね」
 その原因が世代的な要素なのかは分からない、けれどデンゼルから見るとかなり変わった感性の持ち主だというのは、この短い時間でも知ることができたような気がする。それは彼女が歩んできた過去に起因するものなのだろうか?
 そんなデンゼルの疑問を察したかのように、ケリーはこう答えた。
「旧アバランチの女リーダー、エルフェ。俺たち治安維持部門は彼女に泣かされっぱなしだったからなぁ」
「アバランチ!? ……っていうかケリーさん治安維持部門って、軍にいたんですか?!」神羅の社員とは聞いていたが、部署の事は初耳だった。
 バレットの創設したそれとは別の組織だとケリーが手短に説明する。デンゼルとしてはもう何が何だか分からなくなって来た。ひとまず、自分が思っていた以上に世間が狭いと言うことは確かなようだ。
「……やっぱり、みんな事情があるんだ……」
「そうだな。事情もなく暴れる奴なんて滅多にいない。いたらその場で病院送りにしてやるがな」
 さあ時間がないぞとデンゼルの肩をたたくと、ケリーはフレッドに視線を向けた。
「フレッド。送電停止のためには変電所のことを知っているお前の協力も必要だ。……一緒に、来てくれるな?」
 顔を上げたフレッドは力なく頷いた。
 こうして隊員1人を車に残し、あとの3人は変電所へ向けて歩き出した。





―ラストダンジョン:第26章6節<終>―
 
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