第26章4節 : 逃亡車 |
……けれど、それは5分と持たなかった。 「あの、こんな場所で何をしてたんですか?」 無言に耐えられなかった、というよりは彼女に対する興味を抑えられなかった。こんな天気の悪い日に、しかもあんな何もない場所を通りがかるなんて、どう考えても不自然すぎる。 「それに、どうしてまだ乗ってるんですか?」 悪路を走行中の荷役作業車の爪の上に立ったまま、腕を組んで進行方向を凝視している。平然としているが、姿勢維持だけでも相当のバランス感覚が必要なはずだった。それにこれからデンゼルが向かうのは変電所だ、身形や所作からしても変電所の作業員とは思えないし、まして変電所など一般人が行くような場所でもない。どの要素を取って考えても彼女の存在そのものが不自然だ。 しかし彼女からの返答は無かった。腕を組み、前方に顔を向けたまま微動だにしていない。 「……あのー。話、聞いてますか?」 質問を開始してから5分、返事は期待しない方が良いのかも知れないと、デンゼルが1つの結論を見いだしたところだった。 「お前」 「デンゼルです」 「……お前、追われるような身の上なのか?」 「は?」人の話は聞かないくせに、人に質問してくる時だけ口を開くというのはちょっとどうなんだろう? そんなことを思いながらもデンゼルは答えた。 「いいえ。俺は何も悪いことしてません」 「なら良いんだが」 含みを持たせるような言い方が引っかかって、デンゼルは問い返す。「俺が追われてるって、さっきのモンスターの事ですか?」 「違う。あれはお前を追っていたわけじゃない、あれの進路にお前がいただけだ」 モンスターにとって通行の邪魔だったから襲われたんだと、彼女の解説は単純明快だった。デンゼルはやれやれと首を振る、この女性は考え方がとても野性的で少々ついていけない部分がある。 「それにお前を追っているのはモンスターじゃない、人間だ」 「誰ですか?」 「『WRO』と書いてある様だが。何かの組織か?」 それを聞いてデンゼルは2つの事に驚いた。 1つ目は、このご時世で『WRO<世界再生機構>』を知らないと断言した彼女の境遇だ。誰しもが一度や二度は何らかの形で耳にしているはずだ、なのにそれを知らないと言い切れるのは、よほど世間から隔絶された場所に暮らしているという事なのだろうか? ジェノバ戦役も星痕症候群も、もしかしたらオメガ戦役の事も知らない――知らずにいられる場所が、この世界のどこかにあったのだろうか? 見た目からしたらデンゼルよりは明らかに年上だ、まだ生まれてないはずはない。 2つ目は、その発言の内容そのものについてだ。 「俺、WROに追われる覚えなんて……」言いかけて思い出した。もしかしたら、ケリーおじさんが追いついたのかも知れない「……いえ、知ってる人かも知れません」 「そうか」 背後から聞こえてきたエンジン音は、瞬く間にデンゼル達の乗る作業車を追い越し、進をふさぐようにして道路の真ん中で停車した。それは4人程度が乗れる移動用の小型車だった。確かに車体には『WRO』と大きく記されている。 気がつくと、前方だけではなく左右と背後にも同じ車が徐行しつつ作業車と併走していた。どうやら「止まれ」と言いたいらしい。 (おかしいな……) ケリーの乗っている車ではないし、彼なら変電所への進路を妨害するような事はしないだろう。 「私にはどうしても、君が彼らに歓迎されている様には見えないんだが?」 「……そうみたいですね」 ため息の1つも吐きたくなる。周囲を併走しながらプレッシャーをかけている相手の意図は理解できたが、その要求に応じる理由が今のところデンゼルには見あたらなかった。前方で道をふさぐWROの車両が間近に迫ってきたが、ブレーキを作動させる気は起きなかった。 「どいてくださーい!」試しに叫んでみたが、反応はなかった。止まる気のない車と、退く気のない車。双方が同じ道の上にあるのだとすれば、考えるまでもなく答えは見えている。 「あのぐらいなら、大丈夫かな?」 デンゼルはレバーを動かしてリフトを操作した。突き出た2本の爪の先端が、道をふさぐ車体とぶつかって耳障りな金属音を立てた。そのまま持ち上げようとしたのだが、操作がうまく行かず、車を押し退ける格好でしばらく前進し続けた。少々荒っぽいが、仕方ない。どいてと頼んだけど退かない方が悪いんだとデンゼルは誰にともなく言い訳じみた言葉をつぶやいた。 すると、今度は拡声器を通した人の声が聞こえてきた。『止まりなさい!』その言葉をひたすら繰り返し、最後の最後で思い出したように付け加える。 『警告に従わず停車しない場合は発砲する』言い終わるか終わらないかというタイミングで、作業車に弾痕ができた。 「なっ、なんだよそれ!!」 銃声に驚いてハンドルを回してしまったせいで、車体が反転した。勢いで爪に引っかかっていた小型車が道路脇に投げ出される。車は脇の岩盤にぶつかって鈍い音を立てたかと思えば、エンジン部分から煙を吐いてようやく停止した。慌ててハンドルを回し作業車の方向を元に戻すと、視界の後方に遠ざかって行く煙を見送った。投げ出された小型車に同乗していたであろう隊員に気を回す余裕が、今のデンゼルには無かった。 明らかにこの警告は形骸だ、最初から撃つ気だったんじゃないかとさえ疑いたくなった。デンゼルの疑いは、続く銃声によって確信へと変わった。左右を併走していた車から、同時に発砲されたのだ。 「追っ手は任せろ、お前はハンドルから手を離すな!」 「ちょっと待……」デンゼルの制止もむなしく、叫ぶと同時に爪の上で跳躍すると、まずは左側を走る車のボンネットに着地した。 「お前達に恨みはないが、今の所行を捨て置く訳にはいかん」宣言するように言い放つと、振り上げた剣をボンネットに突き刺した。鈍い音を立てて剣が貫通すると同時に車体から煙が上がる。制御を失った車体は岩盤に向けて走り出した。 剣を抜きボンネットの上からひらりと地上に舞い降りると、後続の車から容赦ない発砲を浴びた。それでも怯んだ様子はなく再び地上を蹴って右側を走っていた車に向かう、銃弾をかわすために姿勢を低くした状態から、地上と水平に薙ぎ払うようにして剣を振った。エルフェの横を通り過ぎてから半瞬をおいて乾いた破裂音を立てたかと思えば、片方のタイヤを失った車体は姿勢を保てず、走行しながらくるくると回りやがて道を外れて行った。 使い物にならなくなった車から降りてきた隊員が、威嚇のつもりかエルフェに向けて発砲する。彼女は特に驚きもせず、その隊員に柄を向けた。 「今ので殺意がない事は分かったが、大人が寄って集って子どもに銃を向けるとは、一体どういう了見だ?」 問い質しても答えはなかったので、ひとまず無力化するために気絶してもらう事にした。こうして、しばらく4人の隊員が豪雨に晒されたまま荒野に放置される事になる。 「……しまった!」 残っていた後続の車が、迷うことなくデンゼルの乗る作業車を目指して走っていく。さらにエルフェの耳は、後方から迫る新たな追随者の存在をとらえていた。デンゼルの後を追いながら、思わず舌打ちをした。いくらなんでも数には勝てない。 彼らの目の前、500メートル先には変電所が見えていた。 ―ラストダンジョン:第26章4節<終>―
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