第26章2節 : 英雄統治の終焉 |
なにやら楽しそうな子供たちの会話を尻目に、ケット・シーは次の接続に備えてせっせと調整を行っていた。さすがにこの辺を彼らに頼るわけにはいかなかった。 見た目は可愛らしいぬいぐるみではあるが、中身がマシンという事でこの古い端末にも愛着がわいた。デンゼル曰くこの家ではあまり活躍の場がないそうだが、言われてみればクラウドやティファが熱心にパソコンと向き合っている姿は想像できない。型自体も旧式のものだったところからすると、おそらくミッドガルから持ち出した物を再利用しているのだろう。 『お互い“お古”やけど、がんばろうな〜』両者を繋ぐケーブルをぶら下げながら、ケット・シーは端末の電源を入れた。応えるようにしてパソコンはファンを回して起動画面を表示する、なんだかんだの調整でこれが4度目の起動だ。この作業が終われば、ひとまずメドはつきそうだ。 作業が一段落したところで、ケット・シーは顔を上げて問いかける。 『……にしても、デンゼル一人で大丈夫かいな?』 デンゼルが向かった変電所はエッジ郊外、居住区画からもっとも離れた場所に建てられていた。ちょうどエッジとミッドガルとの間に位置し人の往来も少なく、万が一事故が発生しても被害を最小限にとどめることができる。ミッドガルから避難して来た人々の間にはメテオや星痕症候群だけでなく、魔晄炉爆破事件も未だに暗い影を落としている。その一方で、ミッドガルでの生活が長く魔晄エネルギーへの依存度が高かった住民も多く暮らすエッジでは、エネルギー問題は他の地域よりも深刻だった。市街地から変電所までの距離は、そんなジレンマを表している様だった。 『通信乗っ取るだけやったら、通信塔行ってもええ気がすんねんけど』 エッジ周辺の通信基地局も変電所と同じく郊外にあった。エッジ旧市街の記念碑を中心にすると、変電所とはちょうど正反対の方角に位置している。しかし変電所とは異なり『通信塔』という名称で住民たちから親しまれている建物で、WROのエッジ支部も置かれていた。 ここから行くなら、どちらも距離は変わらない。舗装された道路を走れる分、通信塔の方がはるかに便は良く短時間でたどり着けるはずだ。ではなぜ通信塔ではなく変電所を選んだのだろう? 作業を進めながらふとケット・シーは思いつく。 (せや、なんやてボクらがこないにコソコソせなアカンのやろか?) よくよく考えてみればWROの隊章にまでなっているのにと、ケット・シーは肩を落とす。 今回の空爆声明だってWROの総意ではなく、むしろ局長の独断専行だった事はその後の反応を見れば明らかだ。となれば、わざわざ局長に成り済まさなくても、自分たちの経緯と目的を隊員達に話せば快く協力してくれるんじゃないだろうか? ここでWROの後ろ盾を得られるのは大きい。 ケット・シーがそのことについて尋ねると、ヴェルドは「隊の混乱をあおるだけだ」と一蹴した。確かに短時間で事の経緯を伝えるのは難しい、けれど状況を理解し納得してもらえれば全面的な協力を得られるはずで、少なくとも今より状況は良くなるのではないかと思えた。 それとも、他に通信塔を避ける理由があるとでも言うのだろうか? 冗談めかして言ってみた。 『なんや、スパイでもおるんかいな?』元々スパイだった自分の言えた事ではないかと笑おうとしたケット・シーの発言は、期待とは裏腹の結果をもたらした。 「任務は常に最悪の事態を想定して遂行するものだ」 ヴェルドがエッジ一帯の通信を掌握するのに、通信塔を目指さなかった理由を知ったケット・シーは、通っていないはずなのに血の気が引いていく感覚を確かに感じていた。 『そんな……』 「こういう事はあまり、言いたくは無いんだが」そう言ってちらりとマリンの方に視線を向けると、ヴェルドは声を潜めてこう告げた。「現時点で完全にスパイとは断定できない。ただ、未必の故意であるにしろ事態の混乱を望んでいる者が近くにいる……気がしてな」 『なんやて!?』 「根拠を問われれば、今のところ俺の勘だとしか答えようがない。だが、さっきも言ったとおり俺たちは常に最悪の事態を想定して最善を尽くさなければならない」そう語る表情からも、「この作戦は絶対に失敗できない」という彼の気概が伝わってくる。 さらに通信塔を目指さなかった理由には、隊員の説得に割ける時間が無いことを付け加えた。現時点での優先事項は隊員達の説得よりも、差し迫った空爆の回避だ。 「空爆対象になっているあの施設の中には、他の連中もいるんだろう?」 『隊員はおらんけど、バレットさんらがおるはずや』これまでの通信ログを画面に呼び出して、ケット・シーは事のあらましを説明する。連絡こそしていないが、おそらくクラウドや他の仲間達も一緒にいると見て間違いない。それを聞いてヴェルドの表情はいっそう険しくなった。 「ではやはり、なんとしてでも空爆は回避しなければならない。もしこのまま施設への空爆が実施されれば、それが与える影響は計り知れない」 建造中のWRO本部施設への空爆指示者はリーブである、今や彼自身が配信した声明によって世界中がその事実を認識している。さらに実行部隊の飛空艇師団にはシドがいて。そして建物内にはバレットや、他の仲間達がいるのだとすれば―― 「ジェノバ戦役以降、世界を保っていた“『英雄』の秩序”は崩壊する事になる」 この空爆で破壊しようとしている物が、人や建物ではないことをヴェルドは告げた。そして、それを止めることが最優先なのだと。 『なんや話聞いてたら緊張してきよった。そんな事、ボクらにできるんかいな?』 「俺は、見込みがない者に指示はせん」 『なんや、おっさんを信じろってか?』 ケット・シーの言葉を、首を振って否定した後でこう続けた。 「信じるのは俺ではなく、自分だ」 大丈夫。ケリーもデンゼルも、彼らなら必ずやってくれるさとヴェルドは笑顔で言った。 『この状況でも笑ってられるなんて、おっさん、アンタ相当タフやわ』 呆れたようにケット・シーが言うと、「だてに年は取っていない」と言ってヴェルドはさらに笑った。「ここで俺たちが不安がっても仕方あるまい?」 『ふ〜、おっさんが味方で良かったわ』 胸に手を当ててため息を吐くケット・シーから顔をそらして、ヴェルドはぽつりとつぶやいた。 「俺としちゃ、一番敵に回したくない奴を相手にしようとしてるんだがな……」 視線の先の壁掛け時計は、同じリズムで時を刻んでいた。 ―ラストダンジョン:第26章2節<終>―
|
| [REBOOT] | [ラストダンジョン[SS-log]INDEX] | [BACK] | [NEXT] |