第26章1節 : 変電所を目指して |
「おいおい! 一体どうなってるんだ?」 追い出されるようにしてセブンスヘブンを出たケリーは、この雨にも関わらず店の周囲にできた人垣を前に呆然としていた。 セブンスヘブンと言えば、ジェノバ戦役の英雄――クラウドとティファ――の住処である。報道でWROの空爆発表を見たエッジの人々が、ここへ集まって来るのも無理はない。さらに、店から渦中のWRO隊員が出てきたとなれば、格好の標的になるのは当然だった。 「一体どうなってるんだ?」「空爆は本当なのか?」「状況を教えてくれ」「お前らは何がしたいんだ」「こんな事をして何になる?」 訊きたいのはこっちだ! と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、ケリーはマニュアル通りの言葉だけを述べてから、逃げ込むようにして店の脇に停めてあった車に滑り込んだ。やや乱暴に運転席のドアを閉め、片手をハンドルに置いてから視線を下げた。この中に報道関係者がいない事だけが、不幸中の幸いだった。しかしこうなった以上、彼らがここへ来るのも時間の問題だ。 (こりゃ、増援を呼んだ方がいいな……) ――「一般市民への混乱の拡大は一番避けたい事態ではないのか?」――ヴェルドの指摘通りの光景が、現実に起こっている。それはケリーとて想像できなかった訳ではない。ただ、彼には打つ手がなかったのだ。 (くそっ!) 乗り込んだ車は一般にも普及している小型車で、元々ヴェルドが乗り付けてきたものだった。エンジンをかけようとしたところでケリーはようやく不自然だということに気付く、キーは差しっぱなしだったのだ。当初は成り行きだと思ったが、彼はあらかじめこうなることを予想していたのだろうか? しかし車を発進させようにも、進路に出来た人集りのお陰でそうも行かない。こうして立ち往生している間にも、時間は刻一刻と迫っている。 豪雨のエッジに鳴り響いたクラクションは、声に出せないケリーの叫びそのものだった。 2階の部屋でその音を聞いていたデンゼルは、窓越しに店の前の光景を見下ろしていた。 「ウソだろ……」 「こうなった以上、何らかの発表がない限り事態の収拾を図るのは困難だろうな」それが癖なのか、窓の正面には立たず壁を背にして横目で外を覗いながらヴェルドは続けた。「この機に乗じて良からぬ事を考える輩もいるだろう。不穏分子にとって流動化する情勢は好都合、そうなれば混乱は広がる一方だ」 「じゃあどうすれば!」 「その為の送電停止措置だ。WRO……いや、リーブがやらないのなら俺達がやる。それだけの事だ」 冷静な状況分析に加え、事も無げに語るヴェルドの姿にデンゼルは呆気にとられるばかりだった。 「どうするんですか?」今度はマリンが尋ねる。 「俺達がリーブに代わって事態を収めればいい。……とはいえ、時間稼ぎにしかならんがな」 「リーブさんに代わるって、一体どうするんですか?」変装でもするんですか? と真剣な表情で続けたマリンに、ヴェルドは目を細めてこう言った。 「ここにいるだろう? ……WROの“顔”にして、『リーブの“分身”』と呼ばれてるヤツが」 「そうか!!」 「ケット・シー!」 デンゼルとマリンが同時に声をあげる。ふたりの様子を見てヴェルドは満足げに頷くと、話を続けた。 「まずはこの周辺一帯の送電を一時的に停止させ、その間に通信網を掌握する。送電回復後にこちらからWROの広報としてケット・シーを使った偽の声明を配信。そうすれば、ある程度の情報を操作することが可能になるはずだ。効果で言えば報道管制には遠く及ばないが、逆を言えばリーブの思惑に反した情報を流せば、何かしらの行動に出るかも知れない。あわよくば空爆を停止させられれば良いんだが、そこまでうまく行くとは思っていない」 話を聞いて概略を掴んだらしいケット・シーは頷くと、ヴェルドに向けて言った。 『通信基地局への侵入ならこっからでも可能やと思う。せやけど、ボクは専門と違うから細工にはちぃーと時間かかるで?』 「ちょっと待ってください」そう言ってデンゼルが割って入る。「エッジだけじゃ意味が無いんじゃないですか?」 デンゼルの指摘はもっともだった。エッジの通信基地局を乗っ取ることができたとしても、他の地域に影響は出ない。各地域ごとに基地局が設置されているからだ。 その問いに「なかなか良い質問だ」とヴェルドは感心して頷いた。 「……昔のよしみで、力を貸してくれる者達がいる。各エリアの基地局は彼らに任せておけば問題ない。あとは俺達がうまく成り済ませばいい」 つまりエッジ以外の各地で、同時に同じ事を行うというのだ。 「もしかして……その人達も?」おじさんの仲間、つまり元タークスなのかとデンゼルが問うと、ヴェルドは頷いた。 「今の俺達にはWROのような組織力はない。その分、機動力を活かせる。ただ今回の件にしても皆、自分の意思で協力を申し出てくれた。彼らが動くのは俺が依頼したからではないし、元タークスだからという訳でもない。皆それぞれに理由があって事に当たっている。今日に始まったことではない」 俺にはそこまで詮索する趣味も権限も持ち合わせちゃいない。苦笑するように呟いてから、最後にこう言った。 「ただ1つ言えるのは、彼らの仕事も人間性も信用するに足る連中ばかりだ。それは俺が保証する」 ここ数ヶ月ネットワーク上の各所で見られる小さな混乱が、表面化していないのは各地域に散らばっている協力者達の働きかけも大きい。彼らは性質上、神羅勤続時代のデータは抹消もしくは廃棄されていて、自分から口にしない限り神羅関係者と知られる事はまずない。さらにWROの関係者でもない、言ってみれば中立の彼らが、一般市民に紛れ込み混乱拡大の抑止となっている。 とは言ったものの、現状を楽観視できる材料にはならなかった。 「しかし……厄介な事になったな」このままでは思うように身動きが取れない。予告された空爆開始時刻まで、もう30分もない。この様子だとケリーが変電所へたどり着く頃には刻限を過ぎている可能性もある。ヴェルドが出るにしても、彼が乗ってきた車を今はケリーが使っているから、他に移動手段が無い。 「エッジを発信源にする以上、ここの施設だけは押さえたいんだが……」そう呟いて思案をめぐらすヴェルドに、提案したのはデンゼルだった。 「変電所なら、ここから20分で行けるルートがあるんだけど」 「本当か!?」ケリーの話では車でも15分はかかると聞いたが? ヴェルドがそう尋ねるとデンゼルは首を振った。 ケリーの言う「車で15分」の距離というのは、あくまでも車の通れる道を走った場合の事だからとデンゼルは言う。 「でも、通る道の殆どが裏道ばかりだから……」 言ってみればそこは子供の利、多くは他所様の家を通ったりする“近道”だ。 「なるほど」 「だから俺が行くよ。おじさん達じゃ無理だから」 その言葉に、ヴェルドはデンゼルを見下ろして暫し考え込んだ。彼の躊躇いを悟ったのか、デンゼルはさらに付け加えてこういった。 「こう見えても俺、この街ができた最初の頃から知ってるんです」被災したミッドガルから逃げてきた人々が作り上げた街、それがエッジだった。当時まだ幼いながらもデンゼルはエッジ建設に必要な資財をミッドガルから届ける仕事をしていたし、そのルートも分かっている。たしか変電所はエッジ郊外、ミッドガルとの中間地点に設置されている。 年数で言えばもう少し、だけど記憶にある限りではミッドガルよりもエッジで暮らす方が長い。デンゼルには自信があった。それに、やっと役に立てるのだと思うと、じっとしていられなかった。 「だから変電所、俺に行かせてくれませんか?」 そう言って自分を真っ直ぐ見上げる視線に、ヴェルドの脳裏に在りし日の光景が重なる。使命感に駆り立てられ熱心になる姿は、若さの成せる業なのだろうかと年寄りじみた事を考えている自分には苦笑を禁じ得ない。それでも選択できる最善の策だろうと言う結論に達し、ひとつ頷くと口を開いた。 「分かった、……君に託そう。ただしこれから提示する2つの条件を守ると約束をしてくれ」 その言葉に、デンゼルの表情が明るくなるのが分かった。ヴェルドは制すように低い声で続けた。 「1つは、施設の破壊は絶対にしない事。一時的に送電を停める事だけを考えるんだ、復旧できなかったらそれこそお終いだ」そう言って、アタッシュケースから何やら取り出す。どこから入手したのか、変電施設の見取り図の様だった。細かく注意書きがされているものの、要約すれば回路の遮断装置の位置や形状、停止するための手順が示してある。ここまで書かれていれば専門知識が無くても何とかなりそうだ。 「分かった」 ヴェルドから変電所の見取り図を受け取ると、デンゼルは嬉しそうに頷いた。 「それとこれも持って行くといい」そう言ってヴェルドが差し出したのは携帯電話だった。見たところ旧世代の物らしく、まだ子どものデンゼルの手には少し大きい。 「俺が現役時代に使っていた物と同型でな、型こそ古いがなかなか使い勝手もいいし、機能は劣らない」言うとおり音声通信、映像通信、ネットワーク接続に対応しており携帯電話としての用は充分足りる。と言っても、シンプルすぎる故に若者向けとは言えない。 念のためにと簡単な操作方法を教えて貰った。登録されているのはヴェルドの電話番号のみで、他には何も無い。型が古いだけあって作りはシンプルだし、基本的な機能しか付いていないから扱いには特に苦慮することもなさそうだ。しかし、この端末にはデンゼルの知らない機能があるのだと教えられたが、「まあ使うことはないだろうが緊急用だ」そう言ってヴェルドは微笑するばかりだった。 ふたりが話に夢中になっている間に、部屋の奥に引っ込んでいたマリンが戻ってきた。タイミング良く手渡された肩掛け鞄に、デンゼルは見取り図と電話を入れた。続いて差し出されたのは傘だったが、邪魔になるからとデンゼルは首を振って受け取らなかった。それでもマリンは引き下がらず、傘の代わりにレインコートを差し出した。 「電話だって、濡れちゃったら使えないでしょ?」説得はその一言だった。デンゼルは渋々レインコートを受け取ると、袖を通した。 浮き足立つデンゼルの背を心配そうにマリンは見つめていた。「大丈夫」振り返って笑顔を向けるデンゼルに、ヴェルドは片膝をついて視線を同じ高さに合わせるとこう言った。 「2つめの条件。最も重要な事だ、良く聞いてくれ」 真剣を通り越して威圧さえ感じる視線に、デンゼルの顔から笑顔が消える。ヴェルドは厳かな口調でこう告げた。 「決して無理はするな。いいな?」 何かあったら先ほどの携帯で呼び出してくれればいい。子どもに危険な真似をさせるのは本望ではないのだと、言外に含まれたヴェルドの意思を汲んだデンゼルは、はっきりとした口調で返す。 「心配しないでください」何かあったら、電話しますから。言葉と身振りで伝えると、デンゼルは屈託のない笑顔を浮かべた。 部屋を出る直前、デンゼルは思い出したように食卓に戻ると、テーブルの中央に置かれていたバスケットの中から菓子を鷲掴みにすると鞄の中へ放り込んだ。こんな悪天候の中、まるでピクニックにでも出掛ける様だった。 「……デンゼル!」 マリンの声に振り返ると、デンゼルは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った「今日は特別!」。それから窓を開けると、彼の姿は見えなくなった。 窓から飛び降りると、エッジの裏通りに設置された配管の上に出られる。各建物を繋ぐダクトは当然だが歩くためのものではないから、こんな事をすると普段ならティファに怒られてしまう。でも、それを堂々と出来るのだからデンゼルが笑みを浮かべるのも無理はない。 「なかなか頼もしい」 目を細めながら呟いたヴェルドだったが、頬を膨らませたマリンに視線を向けられると思わず肩を竦めるのだった。 ―ラストダンジョン:第26章1節<終>―
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