第25章 : 怪文書の信憑性 |
ダナの乗り込んだ大型輸送車両シャドウ・フォックスは、現在稼働中のWRO本部へ向けて悪路をひた走っていた。荷台には彼女の他に数人のメンバーが同乗し、積み込まれた通信機器を使って各々が作業を進めている。 エッジへ来るまでケリーが座っていた席に着くと、ダナは置いてあった携帯用端末のディスプレイを開いた。彼女たちがセブンスヘブンを訪れている間、仮眠をとっていたシステムは持ち主の呼出に応じて目を覚ます。ダナが「ただいま」の挨拶代わりにパスワードを打ち込むと、「おかえり」と言う返事代わりに用件を尋ねてきた。 ディスプレイにはここを出る前まで開いていたいくつかの画面が並んでいた。ダナはその中の1つを選んで中断していた作業を再開するのと同時に、ネットワークへ接続した。各地にいる隊員と連絡を取り合うためのツール(余談になるが、これはWRO機関内ネットワークを参照するための専用プログラムで、機構の所有する端末ほぼ全てにインストールされている。アイコンにはケット・シーがあしらわれており、通信中はケット・シーの王冠がぐるぐると回転したり、通信を切断するときに手を振ったり、トラブルなどで回線が切断されると背を向けたり、といった具合に妙に凝った仕様になっている。これが局長リーブの指示によるものなのかは、実際に聞いた隊員がいないので分からない。ただ少なからず技術部の関与は認められた)も同時に起動する。局長の空爆報道から時間が経つにつれて、WRO内の混乱は目に見えて拡大していた。 (まるで末期の神羅ね) 思わず吐きそうになったため息を飲み込むと、ダナは姿勢を正して画面と向き合った。 WRO隊員の中には、ダナのように旧神羅カンパニー勤務経験者も少なくない。とは言っても、彼らの経歴はまちまちで、一言に「旧神羅」と括っても多くの部署があり、所属も役割も異なる者がほとんどだ。そこに加えて、神羅カンパニーとは無関係だった者や、アバランチに代表されるような反神羅思想の持ち主、中には元活動家もWROの隊員として所属している。 考えてみれば、これほど巨大な寄り合い所帯が分裂もせずに現在まで存続して来られたのは奇跡とも言える。 神羅の最も大きな功罪の1つが魔晄文明だった。長期化した多国間戦争終結後に台頭した反神羅思想の多くは、星の命を削る『魔晄エネルギー』利用に反発するところに端を発している。リーブは、魔晄文明の申し子とも言えるミッドガル育ての親であり、一方では星を救った英雄という相反する面を持っている。そんな彼が局長となったからこそ、この寄り合い所帯は存続しているのかも知れない。ダナ自身にとってそうだったように、リーブは良くも悪くも象徴としてこれ以上ない適任者だった。 「……この記事の作者は、恐らくその事をよく理解しているのでしょうね」 ダナはディスプレイに語りかけるようにして呟く。彼女の前には、『A cat has nine lives.』と銘打たれた例の怪文書が開かれていた。 「作成者も出所も不明。でもこの記事、すべてがデタラメという訳じゃない……タチの悪いいたずらを思いつく人がいたものね」 ダナは両手を組んで、画面の中に記された文言をじっと見つめた。 > 圧倒的な安定性を誇る魔晄炉の炉心制御システムを確立した (部門の中でさえ、炉心制御システムについて詳細を知る者は殆どいなかった。私の知る限りで言えば、誰もいない) > システムの詳細は持ち出しだけでなく、あらゆる媒体への複写が禁止された。 > こうして社外はもちろん、社内でさえリーブの功績が正確に周知される事はなかった。 (神羅が解体した後、魔晄炉に関する資料の多くが消失したとされているけれど、本当はそんな物、『初めから存在していなかった』) 「……違いますか、部長?」 つまり炉心制御のシステムはリーブにしか理解できなかった。ミッドガルでただの一度も魔晄炉事故が起きていないのは、リーブが“そこにいた”から――元都市開発部門に籍を置く経験が導き出した、それがダナなりの見解だった。 「皆から妄言と呼ばれた仮説、それを実証できたのは部長だけだった。 そこに一体どんなカラクリがあったのか、私が知りたいのはそれだけ。それ以外に拘る理由は……」 懐に入れてあった携帯電話が鼓動するのに応じて、ダナは応答ボタンを押す。耳に当てた受話口からは、苛立たしげなケリーの声が聞こえてきた。 「どうしたの?」言外に落ち着くよう諭す意味を込めて答えた。ダナから見たケリーは、年甲斐もなく自分の感情を素直に表現し過ぎるところがある。 『まったくヒドイ有様だ、どいつもこいつも興味本位で好き勝手言いやがって』背後のざわつきで、ケリーの置かれた状況と彼の苛立つ原因は推測できた。 「分かった。気休め程度かも知れないけど、隊員をそちらに回すわ」 『そりゃあ有り難い。なるべく早く頼む、これじゃあ身動きが取れない』クラクションが短く何度か鳴った。 「じゃあ予定通り?」 『予定……とはちょっと違う形になったが、これから変電所へ向かうところだ』 「隊員の配備には時間がかかるわ、ひとまず手分けして郊外へ向かって」 『手分けも何も、俺一人じゃ間に合わない』 「あなただけって……! あの人は何をしてるの?!」思わず声が弾んだ。 『子ども達と一緒だ。まあ、成り行きってやつでな』苦笑したようなケリーの声に、ダナは我に返って声量を落とした。 「なるべく早く手配するわ」 『頼む』 そこでケリーとの通話を終えると、間を置かずに携帯に着信があった。ダナは通話ボタンを押すと話を始めた。 「私よ。……ええ、そう。手順に若干の変更があるけれど、概ね予定通り。彼は単独で変電所へ向かったわ。それとエッジに増援を頼めるかしら? 住民達にも混乱が広がっている様よ」 先方の了承をとりつけて、さらに付け加えた。 「『ご老人』は店に残っている、だから増援は変電所よりもエッジに回した方が賢明ね」最後にダナは静かに告げる。 「空爆までの時間を稼げれば、それでいいわ」 通話を終えると、ダナは携帯電話の電源を切った。 ―ラストダンジョン:第25章<終>―
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