第24章2節 : ネットダイブ




 シェルクはダウンロードしてきた施設内の構造解析をいったん中断し、全ての端末操作をオフにしてからSND実行を最優先としてプログラムを設定し直した。彼らが事前に接続地点の座標と仕様を調べていてくれたお陰で、シェルクは端末の調整とプログラムの組み上げに集中することができた。最後に各機器の計器類に目をやり、動作と数値が正常であることを確認すると、端末本体から伸びたコードの先にヘッドセットを接続した状態で椅子に深く腰掛けた。
「これから潜ります。……ですが潜行深度はそれほどありません、現在の魔晄値から逆算しても良くて48が限界です。この深度で接続を維持できるのは長くて2時間。深度を示す数値が高ければそれだけ負荷も大きく、潜行可能な時間は短くなります」
 シェルクの声に応じてツォンは頷く。右手のモニタにはSND実行中、常にシェルクの状態を外からも確認できるように潜行深度と時間が表示される様になっている。潜行深度は最大100、これは対象への精神干渉と記憶の共有を意味している。
 3年前、ルクレツィア・データを体内に埋め込んだ状態でヴィンセントと接触した際、シェルクは取り込んだデータ断片から感情への干渉を受けたり、記憶の競合という現象を体験した。これらはどれも潜行深度に関連しており、正確な観測数値は残されていないものの、当時の潜行深度最大値は推定170前後と推測された。
 100以上の深度で潜行すると、彼女自身の肉体・精神ともに負荷がかかる。さらにこの状況が長く続けば生命維持にさえ支障を来す。ディープグラウンド時代、被験者の記憶操作を目的としてシェルクは深度100近いSNDを日常的に繰り返していた。そのため時間経過と共に損なわれたエネルギーを補うべく、1日も欠かさず長時間に及ぶ魔晄照射を受ける必要があった。もっとも、これは長期にわたって能力の調整を行ったシェルクだからこそであり、彼女同様「適性」とされた被験者であっても訓練や調整を行わずSNDを繰り返せば脳機能に支障を来し、心身共に正常を保てず死に至る。
 それはちょうど、非正規の方法でディスクの記録を改ざんしようとした結果、媒体そのものを破損してしまうのと似ている。乱暴な言い方かも知れないが、両者の違いは人の脳か記録媒体というだけだ。SNDによって破損し廃棄されたディープグラウンドソルジャーの正確な数は残されていないが、少なからず確かに存在した。
 その事からも分かるとおり、SNDは技術としてはまだ不完全なものだった。実用化の見込みはおろか、今となってはシェルク以外に扱える者はいない。
 さらにSND潜行に伴うリスクはこれだけではない。
「それと、先ほども説明しましたがSND実行中は端末の強制終了は避けてください」
 通常、コンピュータ上でプログラムを実行中に電源を落とすと、その時に使用していたデータはまるごと消失する。これと同じ事がシェルクの身に起きるのだ。機械で言うメモリの消失という現象は、人にとって短期記憶の忘却だけではなく、状況によっては重篤となる場合がある。そうして『破損』した事例もディープグランド時代に見ている。当時と違い設備もない今、こうなると修復はきわめて困難だ。
「それなら大丈夫よ。仮にこの建物への電力供給がストップしても、すぐに自家発電に切り替わるわ」
 女性が答えると、シェルクは安心したように頷いた。
「飛空艇師団中央官制への侵入経路はまだ検索結果が出ていない、ルートが判明次第データを送ろう」
「外の動きも随時知らせるわ」
 ふたりの申し出にシェルクは今いちど頷いた後、彼らの顔を見上げて告げた。
「ありがとうございます」
「その言葉、……この任務が成功したら聞かせてちょうだい」そう言ってシェルクを励まそうと女性は笑顔を作った。シェルクもまた、彼女の言葉に小さく笑顔を返す。
「……では、始めます」
 ヘッドセットを装着し、シェルクは傾斜した椅子の背もたれに身を預けた。ふたりはそれぞれの持ち場について、作業に取りかかる。

「出力90%、深度10。座標240.229.123.047.+027、座標修正プログラム起動。カウント5、4……」

 大丈夫、何も恐れることはない。これまでだって何度も潜って来たのだから。
 それに今は目指すべき場所も、そこへ続く道も分かっている。
 声には出さず、シェルクは内心で何度も「大丈夫」という言葉を繰り返した。

「……リンク。センシティブ・ネット・ダイブ開始」

 言い終えた次の瞬間、シェルクの意識はネットワークに繋がる。





―ラストダンジョン:第24章2節<終>―
 
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