第22章3節 : ユフィとリーブ |
志半ばで死を遂げた者達の想念、それらが溶け込み混ざり合った“闇”は、まさに混沌の名にふさわしかった。 3年前、放り込まれた闇の中で何かを見たのではない、目に映る物はどこまでも続く闇ばかりだったから、何かが見えるわけがないのだ。見たのではなく触れる事で、彼女はその存在を知った。 闇の中でユフィが触れたもの、それが死者達の残していった生への執着という想念だった。ネロの闇に取り込まれた多くの者達は死を望んでいた訳ではなく、むしろこの先を生きたいと願って戦場に立つ者達ばかりだった。だから何の前触れもなく突如として訪れた死という現実に直面し肉体を失っても尚、生へ未練を残すのは無理もない。 死者達の想念はまるで川底に堆積したヘドロのように手足に絡みつき、一方では内部から侵食し心を蝕んでいった。その中で、ユフィはこれまでに経験して来たどんな窮地でも感じる事のなかった恐怖を知った。それは死に対する強い恐怖であり、生への未練や執着――すべて自分以外の者達が残していった、叶えられることのない願いや、託せなかった思い――それは生物が持つ本能的な死への恐怖ではなく、死の向こうにある悔いや悲しみ、どれも生きている間には到底知ることのできない感情だった。 言わば“死の向こう側から死を見つめた者にしか味わえない恐怖”を生きながらにして味わった。それ以上、ユフィが触れた闇を言葉にして伝えるのは難しい。いずれにしても、ヴィンセントが助けに現れなければ、為す術もなく闇に呑み込まれ、今頃は彼らと同じようにユフィも闇の一部となっていただろう。 あの日以来、自分が死に対して臆病になった事にユフィは気付いていた。けれど、それを他の人に悟られるのも、自分が認めるのも、どちらも嫌だった。 だからディープグラウンドの騒動が一段落したあと、故郷ウータイへ帰還して久しぶりに再会した旧友や父親にオメガ戦役の事を語る時、いつもより少しだけ口数を多くして明るく振る舞っていたことも自覚している。そして、零番魔晄炉での出来事は決して口に出さなかった。 思い出したくなかったからだ。 (あの時のこと知ってるのは、一緒にいたヴィンセントだけのはずなのに、おっちゃんがどうして?) 冷静になってみればすぐに分かる事だった。地上の魔晄炉破壊部隊と合流できたのも、ヴィンセント達が互いの位置や作戦の進行状況を報告し合っていたから。なによりユフィだって同じ事をしていた。 (だからってさ、なにもアタシのことまで言う必要ないじゃんか) 当然ながらヴィンセントに悪意があったわけではないし、彼らなりにユフィの身を案じた結果だったのは言うまでもない。しかし、今のユフィにそれを話したところで聞く耳を持たないだろうというのも簡単に想像できた。 「……ユフィさん?」 (みんなずるいよ!) 口を真一文字に結んで、ユフィは目の前のリーブを睨み付けた。「何も話してやるもんか」、言葉を発さずとも、彼女の表情が雄弁に物語っている。 それを見たリーブは「仕方ありませんね」とでも言いたげに溜め息を吐いて、こう切り出した。 「ユフィさんがここへ戻って来る、私がそう判断した理由をお教えしましょう。 それは、あなたが近いと思っているのが『私』だったから。……違いますか?」 「ちかい?」 後ろのモニタに視線を向けて、場所じゃないですよ? と前置きしてからリーブは続ける。 「ユフィさんはこれまで、進んで私達の活動に協力してくれていましたね? その理由にも同じことが言えますが」 「理由って……アタシはべつに」 否定しようとしたユフィの言葉を遮って、リーブは端的に告げる。 「マテリアが用をなさなくなった今、それ自体の価値も下がっています」 元が稀少だったうえに長期化した多国間戦争の終結、ジェノバ戦役の勃発と星の危機、そして――直接的な原因がマテリアではないにしろ――星痕症候群の教訓から、6年前を頂点としてマテリアの需要は世界的に減少の一途を辿っていた。そんな情勢を背景に、W.R.Oの主導で『軍用目的でのマテリア使用禁止』の協約が各地で結ばれ、今日現在で批准していない地域が無い程の広がりを見せていた。そのためマテリアは発見次第、放棄――つまり星に還すことになっている。仮に、どこかで新たにマテリアを量産しようとしても、世界各地の魔晄炉がすべて機能を停止した今となっては不可能だ。魔晄炉から建造しようとしたところで、実現の見込みは皆無と言っていい。なにせ魔晄炉に関する資料は神羅と共に失われ、今では殆ど残されていない。残されていたとしても、その原理を理解し実現するには相当の困難と危険を伴うはずだ。 マテリアを求める者も、提供する者もなければ、必然的に市場(マーケット)は消滅する。 「そもそもW.R.Oの活動も各地の復興と治安維持が第一優先ですから、参加したところで期待通りの報酬も見込めません」 つまり狙う獲物が無い以上、ハンターも存在できない。と言うことだ。 「ですから私達に協力して各地を転戦するメリットはありません。それでもユフィさんがW.R.Oの活動に参加していたのは、他にメリットを見出していたからです」 「メリットって……」 「もちろん、ウータイの復興事業です」 「…………」 ユフィは何も言えなかった。 「ところで」唐突に口調を変えてリーブが尋ねた。「ゴドーさんとは最近、お会いになりましたか?」 「オヤジの話は関係ないじゃん」 「そうでしょうか?」訝しげに問い返せば、思った通りユフィは眉をひそめた。 「……なんだよ」 「そうやって今も、逃げているだけなんじゃないですか?」 「ちっ、違」 「本当にそう言い切れますか? あなたは我々の活動に協力することを口実に、ウータイから逃げているのではないですか? 五強聖を束ね、ひいてはウータイの統領となる重責から」 6年前、父であり五強の塔の最上階に座したゴドーを破ったとき、その役目は本来ユフィに継がれていたはずだった。しかし未だに、五強聖の統領は『代役』ゴドーが務めている。 「ちがう! そんな事……!」 「代役は『旅を続ける間』、確かゴドーさんとの約束にはこんな条件を設けていましたね? そして6年経った今も約束は守られている。あなたは我々の活動に協力して各地を回ることで、失効を延ばすことができた。これが、あなたにとってW.R.Oの活動に参加する目的。最大のメリットです」 「そんなこと……」 「無い」と、そう反論したかった。なのに、ひとつも言葉が出てこなかった。 もちろん逃げているつもりはないし、ウータイの復興を目指しているのは昔と変わっていない。でもウータイ以上に大変な場所を見ておきながら、そのまま放っておく事なんてできない。 (……アタシはそう言って、結局は逃げ回ってた?) だから何も言えなかった。悔しくて俯くと、拳を強く握りしめた。 腹が立った。何よりも反論できずにいた自分がいちばん腹立たしかった。意地が悪いとは思った、でも悪いのはリーブじゃない。付け入る隙がある自分なんだと言うことも分かっている。だから何も言えなかった。 「すみません」そんなユフィが聞いたのは、意外な言葉だった。「『私』がここにいるのも、同じ様な理由です。それをお話しするために、あなたの取った行動の理念とは違った解釈で話をさせてもらいました。安易に反論できないだけに、聞いていて気分を害されたでしょう?」 そう言って苦笑したように呟くと、リーブはユフィに背を向け、再びモニターに映る人形を見つめた。 「私はね、こうすることで逃げているんですよ。……ミッドガルという過去から」 「おっちゃんが……逃げてる?」 仰ぎ見たリーブの背中からは、何も分からない。 ただ1つだけ分かっているのは、これまでユフィが見てきたリーブは、何かから逃げている様には見えなかったという事だけだった。しっかりと地に足を付け、周囲の状況を冷静に分析し迅速な判断と的確な指示で組織を動かし、来るべき未来をしっかり見つめている。それは紛れもなくW.R.O局長リーブ・トゥエスティの姿だ。 しかし、リーブはそんな見方をあっさりと否定した。 「過去に背を向ける為には、未来を向かなければいけませんからね」 ―ラストダンジョン:第22章3節<終>―
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