第22章2節 : ミッドガルの亡霊




 1階の様子を映し出していたモニタを見つめながら、リーブはぽつりと呟く。「ユフィさんの勘の鋭さには驚きました」
「なっ、なに?!」
 無意識のうちに声が弾んだ。ユフィにはリーブの言葉の意図するところまでは分からなかった。それでも続く言葉に期待を込めて、モニタを見つめているリーブの背中に視線を向けた。
「先ほど、私に『ここへ戻ってきた理由』を教えてくれましたね? 『下で会ったのと、私とは違う』と」
 今バレットと共にモニタの中に映っているリーブと、目の前に立っているリーブとは別だと。確かにユフィはそう言った。
「……うん。理屈なんか分かんないし、なんとなくだけどさ」
「実はその通りなんですよ、彼と私は違います」モニタに映し出されている同じ“人形”を見つめながら、リーブはさらに続けた。「先ほども申し上げたとおり、インスパイアで操られた物は、記憶と感覚を共有した操り主の“分身”になります。私も、彼も、その意味では同じです。ですが、全てにおいて同じという訳ではありません。いまバレットさんの前にいる彼は、言わばミッドガルの亡霊なんです」
「ミッドガルの……亡霊?」
「そうです。ミッドガルの都市開発責任者としての思い、それを本体であるリーブからもっとも強く受け継いでいる。ですから彼は結論を急ぎたがるのでしょう」相変わらず口調は淡々としていたが、どこか非難めいて聞こえた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。『本体から受け継ぐ』って……?」
 人によってはこれを『憑依』と、そう表現する人もいるかもしれません。リーブはそう前置きしてから続ける。
「人が何らかの行動を起こすとき、理性にしろ本能にしろ必ずその行動の原動力となる感情があるはずです。そして感情は、物か人かを問わず対象への執着や愛着から生み出される場合が殆どです。……簡単に言ってしまえば、対象にまつわる記憶に伴って感情が存在しています。インスパイアによって無機物を操る原理は、この記憶と感情にあります。無機物……つまり記憶と感情を持たない物に、自身のそれを分け与えることによって意識の制御下に置き、己の分身とするのです」
 その理屈からすれば、『生命』とは記憶と感情を宿す存在。インスパイアによって操られていたとしても、彼らは生きている、という事になる。
「じゃあ、下にいたおっちゃんは神羅時代の記憶からできてるってこと?」
「そうなりますね。ですから、同じ分身同士でも完全に同一とはならないのです。ユフィさんの感じた相違点は、恐らくこれが原因だったのでしょう。とは言え私自身にも真相は分かりませんし、今お話しした『インスパイア』という現象の発生プロセスを科学的に説明することはできません。これはあくまで感覚です」
 たとえば、自分以外の他者と関わる場面で多くの人がそうするように、内心にある思考や感情1つ1つを周囲の状況に応じて使い分けている。時には相反する要素を表面に出していたとしても、それぞれは個の中で共存している場合が殆どで、いわゆる「本音と建て前」もこの類だろう。インスパイアはこの内包されている感情と、その中心にある記憶を自分以外の物体に分けることができる能力と言えた。
「もしかしたら、星の内を流れるライフストリームの一部が結晶化してマテリアになるのと似ているかも知れませんね。マテリアの多くが戦いに関連した物であるのは、それらが先人達の戦の記憶を核として形成されているせいでしょう。言ってみれば戦によって生まれた感情が、どれも強い物ばかりだったという事です」
 戦によって生み出されるものは、死。死によってもたらされる悲しみは、やがて憎しみに姿を変え心の底に堆積していく。それらが新たな戦の火種となり、次の死をもたらす。この星の生命――少なくとも人の歴史は、その積み重ねの上にある。
 過去の記憶を記録として、過ちを訓戒として後世に伝える術を持ちながら、人はその過ちを繰り返している。それを人の愚かさとするか、性や宿命とするかは論者によって異なるだろう。しかし、ここでそんな議論をする気はない。
「星だけではなく、人の中にも同じ様な流れがあると考えれば、決しておかしな理屈ではないと思います」
 強い感情を伴う記憶ほど長く留まり蓄積される、だから抽出するのは簡単だった。かつて神羅が人工的に作り出す事ができたマテリアには、戦闘にかかわる物が大部分を占めていた事実も、それを裏付けているのではないだろうか。もっとも戦闘用途に適さないマテリアは、あっても廃棄されていた可能性は否定できないが。
 そこまで言い終えるとモニタから視線を外し、振り返ったリーブは真っ直ぐユフィを見つめると、声を低くして告げた。

「生物が死の間際に放つ想念がどれほど強いものか。……3年前、闇に触れたあなたなら理解できるはずです」

「!!」
 このときユフィは反論どころか声を出すことも、視線を逸らすことさえもできなかった。別に脅されているという訳ではないし、凶器を向けられているという訳でもない。なのに身体が動かなかった。背筋に悪寒が走ると言うよりも、全身に戦慄が走ったというべきか。思い出したくもない──どちらかと言えば忘れてしまいたい記憶を、リーブはわざと抉り出そうとしている気さえした。
(おっちゃんは……そんな事しない、そんな人じゃない……)
 ぎゅっと瞼を閉じてから両腕で頭を抱えるようにして耳を塞ぎ、首を振って心の内に湧き起こる疑念を追い出そうとする。どうしてそんなことを考えるの? どうして? 心の中で繰り返されるのは自問ばかりだった。
「ユフィさん」
(違う、疑っちゃダメ!)
 ようやく顔を上げたユフィの視界には、目の前に立つリーブと、モニタに映るリーブがいた。





―ラストダンジョン:第22章2節<終>―
 
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