第22章1節 : 亡者の願い |
通話を終え、ボタンを操作したあと無言でディスプレイを閉じるとリーブは携帯電話を持ち主に放り投げた。 「ありがとうございました」 言葉尻こそ丁寧だが、明らかにぞんざいな態度を取られて顰めっ面になるバレットに背を向けて、リーブはさっさと歩き出してしまう。 「おい! ちょっと待てよ」 こういう場合、待てと言って待ってくれるケースは少ない。だからと言う訳ではないが、バレットは慌てて立ち上がるとリーブの後を追った。しかし、唐突にリーブは足を止める。 「……さすがに、良い気分はしませんね」 「あぁ?!」意図はどうあれ拳銃で撃たれるわ、唐突にとんでもない要求をされるわ、勝手に電話を使われたあげく粗末に扱われるわ、良い気分がしないのはオレの方だぜと言わんばかりのバレットを無視して、リーブは尚も淡々と続ける。 「マリンちゃんの事ですよ」 「あ、……ああ」マリンの名を出されると、途端にバレットの口調は勢いをなくす。 「たとえ“ふり”でも、女の子があんなマネをするのは感心できない。という事です」 「そうだな。……って、なんだって!?」 バレットの張り上げた声に振り返ったリーブは、対照的に素っ気なく問い返す。 「そもそもマリンちゃんが本気であんな事をすると思いますか?」 「……ま、まぁ。確かに」 バレットに似ずマリンは人の感情に敏感で、繊細な心の持ち主だった。そんな彼女には、どう間違えても他人を脅しつけるようなマネなど出来ない事は、言われるまでもなくバレットが一番よく分かっていたはずなのに、自分よりも先にリーブから指摘されたのが少し悔しい気がした。 「それに状況から考えても、マリンちゃんが室内にいる彼らを人質に取るなんてあり得ないんです」と、リーブはさらに根拠を続ける。 「ヴェルド主任……あなたがご存知ないのも仕方ありませんが、少なくともあの場には彼がいました。かなり昔に現役を退いているとは言え元タークス、それも主任を務めたほどの人物です。たとえマリンちゃんが完璧に武装していたとしても、彼を人質にすることは不可能でしょう」 「ちょっと待ってくれ、だいたいマリンは……」 「そうです。ですからこれが彼らの『芝居』だと言うのも、すぐに分かることです」 「じゃあお前は、最初から知ってて?」 「こちらも先方の意向に従って“ふり”をしました。……これで返せるわけではありませんが、彼女には 大きな借りもありますからね」 6年前のミッドガル伍番街スラム。キーストーンとの取引材料として、あの家で彼女たちを人質に取るという手段に出たリーブは、今も尚その事を悔やんでいた。 たとえ一時でも、無関係のマリンを憎もうとした自分がいたことを、リーブは知っている。 楽になりたかった、それも一刻も早く。 その為に、事情や経緯はどうあれ無抵抗の市民――それも女性と子ども――に、銃を向けた。 「私はミッドガルの都市開発責任者として、何一つもできなかった。それどころか──」 都市開発責任者として、維持しきれなかった都市機能。 暴走を続ける会社に、抗えなかった自分。 そうすることで見殺しにした多くの住民達。 共にミッドガル開発に携わってきた部下達を裏切り、本来知るべき闇も知ろうとせずに過ごしてきた。 それらの重圧から、一刻も早く解放されたかった。 ……その為に。 「マリンちゃんやエルミナさんを傷付けてしまいましたからね」 今までも、そして恐らくはこれから先も、マリンがリーブを追及することはないだろう。 だからこそ、まだ幼い彼女の心を傷付けてしまった過ちは、できるうちに償っておかなければならないと、少なくともリーブはそう考えていた。W.R.Oを創設し局長という立場から各地の復興に貢献することはできたとしても、マリンに対する罪滅ぼしにはならない。 そもそもW.R.Oの立ち上げや組織の維持運営も、何かあるいは誰かへの償いを目的にしているわけではないし、そうならない事もリーブは最初から承知していた。W.R.Oは、あくまでもメテオ災害後の世界に必要な機能を果たすための組織でしかない。混乱を極めた当時の状況から考えて、いち早く動ける環境にあった自分が主導をとった結果が、今の局長という地位だった。リーブにとってW.R.O局長に就く意味は、それ以上でも以下でもない。 必要な場所に必要なものを作る、それは都市開発時代と変わらなかった。 「……まあ、なんだ? 落ち込むなよ。な? マリン達はそんな風に思っちゃいない」 バレットが口にしたのは慰めではなく、否定したいが為の言葉だった。リーブの話は事実としては間違っていない。でも、間違っているのだと。 ──とうちゃんと同じ、おひげのおじさん!──セフィロスとの決戦前、エルミナと共に避難していたマリンに会いに行った時たくさんの話を聞いた。父が留守中の出来事を一生懸命に話すマリンを見ているだけで、力が湧いてきた。自分にとっての戦う理由、守るべき者、戻るべき場所──それらを再認識できた。 何があっても必ず生きて帰ってくる──決意を新たにしたあの日の事は、今でも忘れていない。今、この瞬間も。 マリンの話の中に登場した「おひげのおじさん」がリーブだったのだ。確かにあの当時まだマリンは幼かった、だが自分を人質にした男をそんな風に言うか? 違うだろう? それがマリンの見たお前の姿、事実の形なんだ。だからお前の言っていることは正しいが、同時に間違っているんだと。表現すると矛盾してしまうが、それを伝えてやりたいと思って、バレットは続けた。 「それにあれ以来、マリンの口からお前の話を聞くとしたら、心配事ばっかりだったぜ? ……正直オレの事より心配してるんじゃねぇかと思ったぜ」最後はふてくされたように呟く。 「……優しいですね」無表情のままで、しかしバレットの意を汲んだようにリーブが言う。その言葉を否定しようと口を開いたバレットの発言を遮るように、リーブは続けた。 「やはり、依頼先に間違いはなかった様ですね。あなたなら、『私』の望みを叶えてくれる……」 言いながら、リーブはゆっくりと手を挙げた。この時になってようやく、リーブがもう一方の手に拳銃を持っていたことを、バレットは思い出した。 ――「……『殺して欲しい』、とでも言いたそうな顔ね。」 「今さら思い詰めたところで仕方がないわよ、リーブ。 楽になりたいんでしょう? じゃあ誰かを憎めば良いわ。すぐ楽になるから。 」 スカーレット、たしかに君の言っていることは正しかった。 しかし、1つだけ間違っている。 誰かを憎んだところで、楽にはなれない。 なれたと思っても、それは単なる気休めでしかない。 本当に楽になるためには―― 「……決着をつけましょう、バレットさん」 たとえ勝者が決まっているのだとしても、それが唯一の方法なのだ。 ―ラストダンジョン:第22章1節<終>―
|
[REBOOT] | [ラストダンジョン[SS-log]INDEX] | [BACK] | [NEXT] |