第21章3節 : 逆睹の一手




 改めて室内を見回したヴェルドは、あることに気付いて眉をひそめた。彼の視線の先には、ケット・シーの横にある端末モニタに表示された『通信中』の文字があった。
 それからケリーに目配せすると彼の持っていた紙片を数枚受け取り、そこにペンを走らせながら言葉と視線をケット・シーに向けた。
「ケット・シーは、お前の他にもいるのか?」
『ボクは元々ぬいぐるみやから、同じモンはいくらでもあるで』
「今もか?」
『そら分からへん。ボクが今リーブはんに操作されとるんやったらまだしも……』
「あいつは一度に何体ぬいぐるみを操れるんだ?」
 ヴェルドは手にした紙片をいったんケリーに向けた。元はフレッドが持ち込んだニュース記事だったが、整然と並んだ活字の上に記された字を読み終えたケリーは目を丸くした。
    ここでの会話はすべてリーブが聞いている。
    向こうに悟られないよう行動したい。
    これから、この一帯の送電を止める。
(んな無茶な!)状況を知らされれば当然だが、ケリーは声に出して抗議する事もできず、首を振ってヴェルドにその意思を伝えるが、はなから耳を貸すつもりは無いらしい。ヴェルドは視線をケット・シーに向けたまま、再び手を動かす。
『さあ、正確なところは聞いたことないから分からへんけど。……でも、あんま多いと操作に支障を来すと思うで?』遠隔操作と言ってもリモコンの類ではなく、感覚を共有して同調操作している筈だから。とケット・シーは付け加えた。
「今し方、この店にリーブが来た。とは言っても、リーブによって操られた“人形”だがな。するとあれも、お前を操っていたのと同じ原理で動いていた、という事になる」これなら人形の破壊後、まるで見計らったようにかかってきた電話にも納得がいく。ケット・シーは、その通りだと頷き返す。
 言い終えるのと同時に、ヴェルドはもう一度ケリーに紙を向けた。書き足された文章自体は簡潔だったが、この短時間の遣り取りから状況を正確に把握し、リーブに聞かれているであろうケット・シーとの会話と並行して今後の行動計画を立て、さらにそれを記すという器用なことを平然とやってのける辺りからしても、やはりこの男ただ者ではない。
 書いた人間がただ者でないのだから、書かれていることもただ事では済まない。
    停電中にこのエリアの通信網を掌握。
    その後、復旧時に仕掛ける。
    我々が優位に立たなければ勝てない。
    刻限は空爆開始まで──
「なんっ……!」そこまで読んで思わず声が出た、無茶苦茶だ。
(あんた自分に出来そうな事なら、他人にも当然に求めるってのは間違ってるぞ? 俺はそんな超人じゃないからな!!)
 感情まかせに勢いよく立ち上がろうとしたケリーの顔面に手持ちの紙片を叩きつけて発言を遮ると、言葉の代わりに踏まれたカエルのような奇妙な声が聞こえてきた。鼻頭を押さえて噎せ返るケリーを見下ろしたヴェルドは、無言のまま顎を引いて促した。
 これは人使いが荒いどころの問題ではない。しかし、反論しようとケリーが開いた口からは、結局なんの言葉も出てこなかった。
 ケリーから言葉を奪ったものは目に見えない、けれど確かに存在する威圧感だった。
(……まったく、なんなんだよ)
 憤ったり戸惑ったりと忙しいケリーを尻目に、ヴェルドとケット・シーの会話は依然として続く。
『せやなぁ。多分そうなると今バレットはんの前にいるんも合わせて、2体は同時に操ってたっちゅー事になるわな』
「操作時にはどこまでの感覚を共有しているんだ?」
『ぬいぐるみやからボクはよう知らんけど、完全に共有化されとる事はないと思うで? もしそないなら、6年前に古代種の神殿で潰れた1号機と一緒に、今頃はライフストリームん中や』
 ああ違う、黒マテリアの中かも知れへんな。ケット・シーはそう言い直して笑った。
(行け)
 もう一度ヴェルドは顎を引いてケリーを促した。ケリーは渋々ながらも立ち上がると、部屋を後にする。その背中を視線だけで追いながら、ヴェルドは心の中でだけ呟いた。
(……頼んだぞ)
 ここからヴェルドが考えなければならないのは、ケット・シーとの会話を自然な形で終わらせ、この通信を終了させる事だった。ここまで会話のないリーブが通信を切らない理由は、おそらくこちらの動向を把握するためだろう。
 しかし、それでは意味がない。しかもこの作戦において、ケット・シーの協力は不可欠だった。最低でもケリーが一帯を停電させる(通信が強制的に切断されてしまう)よりも前に、この通信を断っておく必要がある。
 仮にこちらの意図をリーブに悟られないよう行動できたとしても、自分がここにいる事を既に知られている以上、形勢は不利だった。
(……さて、どうする?)
 そんなヴェルドの思惑を妨げたのは、マリンの声だった。

「リーブさん、まだ聞こえていますよね……?」






―ラストダンジョン:第21章3節<終>―
 
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