第21章2節 : システムエラー |
ケット・シーはジェノバ戦役の英雄であると同時に、W.R.Oの隊章にもなっているだけあって世間的な知名度も高く、愛くるしい見た目からマスコット的な存在としても親しまれている。 そんなぬいぐるみを操作しているのがW.R.O創設者にして現局長のリーブであるという事も、ケット・シーが「局長の分身」と言われるほどに広く知られている話だった。しかし、ケット・シーに向けて「リーブ」と呼びかける者は誰もおらず、彼らを同一視しないというのは仲間内でも暗黙の了解とされている向きがあった。 「……リーブ」 しかしヴェルドにとってそんな了解などどうでも良かった。それよりも今は一刻を争う事態なのだと、険しい表情でケット・シーを見下ろすと単刀直入に切り出した。 「直ちに空爆命令を撤回しろ。事態はお前が思っている以上に悪いぞ、このままでは――」 『ちょ、ちょい待ってーなオッサン』 マリンの肩越しに顔を覗かせたケット・シーは慌てて応じるが、お構いなく話を続けようとしたヴェルドを掠れたマリンの声が制した。 「……待ってください。ここにいるのはリーブさんじゃありません」 抱えていたケット・シーから手を離し、両手で涙を拭いて振り返るとマリンはヴェルドを見上げた。ヴェルドとは初対面であるはずだったが、すぐ横に立っていた店の顔なじみケリーと、どうやら二人を連れて戻って来たらしいデンゼルの姿を見て、彼らがセブンスヘブンの客としてここへ来た訳ではないのだろうという状況を察した。 それからマリンはしっかりとした口調でこれまでの経緯――4年前のセフィロス再臨の日にケット・シーがこの家に来た事。その後の幽霊事件への調査協力の事。そして今日の事――を、訪問者達に話して聞かせた。デンゼルがカウンターへ降りていった後、通信の向こうで交わされたバレットとの遣り取りも含めて、それは彼女が知る限りのすべてだった。 ――「皆さんを信頼しているからこその依頼です。」 マリンを介して聞かされたリーブの言葉に、ヴェルドは込み上げてくる感情を握りつぶすようにして拳を作った。それはつい先程、自分宛にかかってきた電話の中でリーブが告げていた言葉の意図を、最悪の形で裏付けるものだった。 ――『人間が自分の余命を知る方法なんてありません。 ただし、たった1つだけ例外があります。』 (……お前は……) 自ら死に急ぐような事ももちろんだが、よりによって何故その方法を選ばなければならなかったか? それがヴェルドには理解できなかった。 しかも今回の件は仲間達だけではなく、W.R.Oや飛空艇師団まで巻き込んでいる。なぜそこまで事を大きくする必要があったのか? 市民の不安を煽り、いたずらに混乱を招くだけではないのか? ヴェルドの知るリーブならば、それは最も嫌う事態の筈だ。 ヴェルドの懸念は、床にばらまかれた紙片を拾い上げたケリーが代弁してくれた。 「もうこれだけの情報が流れてるのか。……いったい狙いは何なんだ? 俺達を混乱させたいだけなのか?」 「それ、さっきフレッドさんが持って来てくれたんです。慌てた様子で『ティファに渡して欲しい』って」 「フレッドの奴が?」 ケリーと同じく店の常連だったフレッドは、ふだんは主にエッジの再建作業に勤しむ傍ら、各地に点在する施設の復旧やメンテナンスのために世界中を飛び回っているW.R.O技術部所属の構成員だった。今日は非番だと聞いていたが、この非常事態で招集が掛かったのだろう。それにしてもティファになぜこんな物を? ケリーが首を傾げた。 『……もしかしてリーブはん、誰もようやらん事しようとしてるん違うか?』 応じるようにして言ったケット・シーの声色が少し変わって聞こえた。皮肉を込めたようなその声に、ヴェルドとケリーが同時に顔を向ける。 『ネットワークに流れとる情報、さっきボクも作業の片手間に見さしてもろたけど、……なんやくだらん話ばっかやな』 それがケット・シーの憤りだと言うことに気付いたのは、このときだった。 『困った時だけ他人に頼って、好き放題言ってる連中が多すぎや。神羅の時かてそうやけど、何でもかんでも“英雄”やて持ち上げて、自分に都合悪なったらみーんな責任押し付けとるだけやないか』 確かに神羅カンパニーが犯した罪や過ちというのは、糾弾されて然るべき事実として今なお存在している。リーブがW.R.Oを立ち上げた動機の一端には、神羅勤続時代に知らずと犯した罪過を償うためというのもあっただろう。 しかし時を経ても消えない罪の一方で、同時に功績も存在していた。魔晄エネルギー発見からめざましい躍進を遂げた科学技術は人々の生活を豊かにし、さらに海運業の発展や飛空艇による流通機構の整備が進むことで地方交易が盛んになった。長期化した戦役は戦地で死者を増やす一方、技術革新を加速させ経済発展をもたらした。こうして富と繁栄に支えられ、遂には人を宇宙にまで送った。 繁栄の象徴とも言える魔晄都市ミッドガルがそうであったように、神羅の功罪は表裏一体だった。 それは豊かな生活の裏にある残酷な現実から、多くの人々が目を逸らしていた結果とも言える。 『神羅が悪い、アバランチが悪い……ホンマはそんなん違うねん。誰も自分が責を負いたない、そう思とるだけ違うんか? これじゃW.R.Oは神羅の二の舞になるで。そんなん占わんでも分かりきった事や』 「……なるほど、一理あるな」頷くヴェルドにケット・シーはさらに言う。 『一理どころや無いで』 彼は本気だった。 「ときにリー……いやケット・シー」 不機嫌をあらわに断言するケット・シーに対して、ヴェルドは声と表情に隠しきれない多少の困惑を浮かべながらも、その質問を口に出した。 「お前はリーブの分身ではなく、代弁者としてここにいるのか?」 『なんやて?』 問う側と問われる側に、目に見えて行き違いがある気がした。しかしそれはヴェルドだけに限った話ではないだろう。 「俺はケット・シーを操作しているのがリーブだと認識しているんだが?」だとするならば、ケット・シーが語る内容はそのままリーブの言葉として受け取れる。ケリーをはじめ、W.R.O隊員や市民の誰もがそう考えていた。 「確かにお前の言った事には一理ある。だがそれを、リーブ本人が発言できないという事情は察している。別にその事を責めるつもりも、理由もない」自身の立場をわきまえて、口にするべき言葉や振る舞いに配慮している。そう言った言動は、都市開発部門にいた当時から変わっていないし、間違いではなかった。むしろ公人として振る舞うのならば、その判断は正しいと言える。「しかし敢えて本人自身ではなく、お前を通してそれを言ったということは、世間で言われている様なリーブの『分身』ではなく『代弁者』という事になるだろう?」 結局のところ本人が操作しているぬいぐるみだから、結論は同じになるはずだ。それを承知でリーブがケット・シーを操作して発言したのだと考えれば、そこに何らかの意図があるのではないか? だからヴェルドは問うたのだ。 ところが問われた方は無言でヴェルドを見上げるだけで返事をしなかった。やがて俯いてしまったケット・シーに代わって答えたのはマリンだった。 「さっき、私達も同じ質問をしたんです。そしたら『リーブさんはボクの呼びかけに答えない』って……」 「呼びかけって?」手元の紙片から目を離すと、首を傾げながらケリーが問う。「通信に障害があったって事なのかな?」 「本当ならケット・シーはもうとっくに壊れている頃なんだって……言ってた……けど」 躊躇いながらデンゼルは机の上のケット・シーに視線を向ける。まだ俯いたまま、ケット・シーは答えようとしない。 「どうし」デンゼルの言葉に重なるようにして、ようやくケット・シーが小さな声を発した。 『……よう考えたら、おかしな話なんや。せや、もっと早う気付くべきやったんや』 顔を上げたケット・シーは、真っ直ぐにヴェルドを見上げてこう続けた。 『本来ボクはリーブはんが操作しよった通りに動く、ぬいぐるみなんやけど、今は違うねん』 「リーブは操作していない。つまり先ほどの発言も含めて、お前は自分の意思で動いている、と言う事か?」 『……ボクの意思……って言うとそうなるんやろうけど、どーもその辺がイマイチ分からへんねん』 所詮ケット・シーは作り物、同じ型のぬいぐるみなら他にも沢山ある。高性能マシンを搭載しているとは言え、自律稼動するほど高度なプログラムが組まれているかと言えば、そうではない。あくまでもマシンは動作補助のためでしかないし、実際リーブ――あるいはリモコンを使い操作する主体――がいなければ、尻尾さえ動かすことは出来なかった。 それはここ数年間、ケット・シーがまったく動かなかった事実が示している。 しかしつい先ほど、この部屋でケット・シーが“再起動”したのはリーブの意思によるものではない。デンゼルの名前を呼んだのは、リーブではなく確かにケット・シー自身だったのだ。 『今のボクは、どないなっとるんやろ? 多分、ボクは他にもおるはずやのに……』 今こうして起きている不可解な現象について、ケット・シーはぽつりとこう呟いた。 言ってみればこれは「システムエラー」だと。 ―ラストダンジョン:第21章2節<終>―
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