第21章1節 : cry instead of me. |
『皆さんを信頼しているからこその依頼です』 端末に繋がれ机の上に座っていたケット・シーは、そこからマリンを見上げていた。スピーカーを通して彼らの声を聞いたマリンは、バレットと同じように言葉を失ったまま唇を噛みしめ、今にもこぼれ落ちそうな程たくさんの涙を浮かべて、それでも泣くのを堪えて立っている。何もできない悔しさや、大切な人が自ら死を選んだ事を告げられた悲しさ、そして怒りにも似た疑問――胸の奥から湧き出る多くの感情にマリンは戸惑いながらも、泣くことだけはするまいと必死で涙を堪えていた。 ここで自分が泣けば隣にいるケット・シーが困るだけだろうと、心優しいマリンのことだろうから、きっとそう思っているに違いない。目の前に佇む健気な少女に、ケット・シーは申し出た。 『……なあ、マリンちゃん』 呼びかけに顔だけを向けるが、返事はしなかった。声を出せば口から感情があふれ出してしまいそうだった。そんなマリンに向けてケット・シーは促すように両手を広げた。 ためらいがちに差し出されたマリンの手を握ると、さらにこう続けた。 『1つだけ、頼まれてくれへんかな?』 マリンは声を出さずに頷いた。 『あんな……。見ての通りボク、ぬいぐるみやねん』 今さらそんなことを言わなくても分かってるよと言いたげに、マリンはもう一度頷く。 『ボクの中には相性占いから高度なデータ処理までこなせる、高性能マシンが入ってるねん。しかもマリンちゃんと同じ様に、怒ったり笑ったりもできるんや』 そう言ってケット・シーは背中に繋がれたコードを示すと、それを見たマリンはうんと頷く。 『せやけどな、ボクにも出来へん事があんねん。だからマリンちゃん、頼まれてくれへんか?』 それは何? と尋ねるようにマリンは首を傾げてみせた。 ケット・シーはほんの少し考えてから、ちょっと困ったような声色になってこう続ける。 『どないに悲しい思うても、ボク泣けへんねん。ぬいぐるみやから涙腺っちゅー機能が無いねん。せやからボクの分も……ついででエエんやけど、一緒に泣いといてくれへんか?』 無理して涙を堪えることはない、泣きたいときは泣けばいい。泣けないボクなんかより、その方がどれだけ立派な事か。どれだけ大切なことか。それはぬいぐるみであるケット・シーの機能限界であり願いだった。 言外に含まれたケット・シーの意図を汲んだマリンの頬を、一筋の涙が伝う。 『おおきにマリンちゃん。でもホンマに、ついででエエねん。無理せんといてな?』 差し出されたマリンの手を、ケット・シーは両方の手で包み込むように握りしめた。ふわりとした感触は、いたわりの言葉と共にマリンに伝わる。 ケット・シーだって誰かが泣いてる顔を見たい訳じゃない、だけど涙を堪えている顔よりは、ずっと良いと思った。 『ボクの胸で思いっきり泣いたらエエで! ……って、すんませんボクのサイズがもうちょい大きければ、マリンちゃんをこう、ぎゅ〜って抱きしめられたんやケドなぁ〜』 おしいなぁ、と戯けたようにしてケット・シーが言うと、マリンは涙で頬を濡らしながら笑顔を作る。それからこう言った。 「しょうがないな、それも私が代わってあげるね」 涙を流せないケット・シーの代わりに泣くことも、抱きしめてあげる事も。 「……ありがとう」 マリンの言葉は、やがて嗚咽に消えた。頬を流れる涙を拭うこともせずに、ただただ静かに泣いていた。 彼女の腕に抱かれる中で、ケット・シーは考える。 ――きっと涙は、悲しいから流れるんじゃない。 怒りに打ち震えたときに流れるもんでもない。 (マリンちゃん、しんどい思いさせてしもてすんません。ボクは……) ――きっと。 心が傷ついたときに流す、血のような物なんだと思った。 (ボクには流せる血も涙も……何もないんや……) ――おかげでボクが、所詮は作りモンやったって事に改めて気ィ付いたんや。 本物ちゃうで? “本物みたいに精巧な”作りモンなんや。 せや、作りモンには作りモンにしか出来ん事があんねん。 (せやからマリンちゃん、次は泣かんでもエエからな。泣かんといてな? やっぱ泣かれるんはイヤやし。しかもボクが泣かした言うたら、デンゼルにエライ怒られてまう、そら勘弁や〜) ケット・シーが結論にいたって顔を上げると、部屋の入り口に立った彼らと目があった。 ―ラストダンジョン:第21章1節<終>―
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