第20章2節 : 敵性者




 ちょうど同じ頃、本部施設内の最上層では、バレットと同じく困惑した表情を浮かべたユフィが頭を振っていた。
「『インスパイア能力そのものを安置』って……ごめん、おっちゃん。言ってる意味が分かんないよ」
 困惑と懇願をない交ぜにしたようなユフィに言葉を向けられて、どう説明したら良いものかと思案をめぐらせた結果、リーブは次のように語った。
「ケット・シーをご存知ですね?」
 当然とユフィは大きく頷く。それは6年前も旅を共にした――愛くるしくて、ちょっと小憎たらしいネコのぬいぐるみ――いろいろな意味で忘れるわけがない。
「ケット・シーはリーブによって操作されていた『ぬいぐるみ』です」
 それも知ってるよとユフィは続けて頷いた。「あの時おっちゃんは、神羅ビルからぬいぐるみを動かしてたんだよね」密かに北の大空洞で、ケット・シーのそんな境遇を羨ましいと思ったのは、ここだけの話。
「そうです。そして、それこそがインスパイア能力なのです」
 その言葉にユフィは一瞬目を丸くした。ケット・シーはリモコンか何かで動いていると思っていたからだ。そんなユフィの考えをリーブはやんわりと否定する。
「PHSも繋がらない地下の大空洞、潜水艇でなければ辿り着けない海の深淵、……それに大気圏外でさえも、ケット・シーの動作を保証できる通信技術はありません。残念ながらリモコンの信号を受信できる環境は限られていますからね」
 旅の当時、PHS――携帯通信機として仲間達の連絡用に用いられた物で、正式名称『パーティー編成システム』の略称だった事は今さら説明するまでもない――では、確かに繋がらない場所もあった。しかも肝心なときに限って繋がらなかったりするのでイライラしたりと、その事はユフィも実感としてよく知っている。確かにこうして考えると、ケット・シーが動かなくなりそうな場所も出てくるはずだが、そんな場面は見たことがない。どんな場所にいても、常にケット・シーは仲間達のそばで愛くるしく振る舞っていた。
 でも一応、リモコンでの操作も可能なんですよとリーブが蛇足を加えるが、ユフィは聞いちゃいなかった。ここぞとばかりに考えられる可能性を片っ端から聞く勢いで声をあげる。
「じゃあ、じゃあさマテリアは?!」
 操作と言えば、『あやつる』マテリアだ。我ながら妙案! と得意げな表情を作るが、それもリーブによって否定される。
「インスパイアというのは、無機物……そうですね、分かり易く言えば“生物ではない物を操る力”です」
 それは『あやつる』マテリアを使用した時と似ていると思われるかも知れませんが、現象としては全く異なるのだと続けた。
 その言葉に無言でユフィが頷くと、リーブの話はさらに続く。
「マテリアでは操れる対象が生物、こちらに敵意を持って動作する機械類なども含み“意思(プログラム)を持って行動するもの”である事に対して、インスパイアで操れるのは無機物、“意思を持たない非生物”のみです。そして『あやつる』のマテリアでは実現できない一番の特徴は、操った対象を自らの記憶媒体として意識下に置くことができる、というものなんです」
 ここでユフィはちょっとぎこちない動作で頷いた、話が進むにつれて理解が追いつかなくなっている気がする。それを表情から察して、リーブは話の後半にこう付け加えた。
「ケット・シーが体験したことを、私も共有しているんです。でなければ、状況に応じて的確な操作を実現することは不可能ですからね」
 つまりケット・シーに見た物、聞こえた音、感触などあらゆる感覚を共有することができる。もちろん、痛覚も共有しているので戦闘中にケット・シーがダメージを被った場合、それはリーブにも少なからず影響を与える事になる。
「ただ、操作している機体と完全に同調している訳ではありませんので、ケット・シーが動けなくなった場合でも私は動く事ができるんですよ。それ以前に、機体との共有を切断することの方が多いですけどね」
「ええと、つまり“おっちゃんの分身”?」そういえば忍術にも『分身の術』ってあるけど、たぶんあれは相手の目を眩まして矛先を分散させるってだけで、自分という個体が増えるわけじゃないんだよね。と、ユフィなりの解釈を交えながら話を理解しようと懸命だった。
「そうですね。記憶や感覚を共有する、インスパイアで操った物は文字通り分身になります。私がリーブの分身であるように」
 それから「話を戻しましょうか」と言ってリーブはこう告げる。

「先ほど申し上げた“この星にとって害をなす存在”が、他でもないインスパイアなのです。W.R.Oとしては、彼を見過ごしておくわけには行かないんですよ」

 そしてこの作戦には、みなさんの協力が不可欠なのだと語るリーブに、表情はなかった。






―ラストダンジョン:第20章2節<終>―
 
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