第19章8節 : ミッドガルに背を向けて




 ヴェルドに向けて威勢よく「協力して」と口走ったものの、では実際に何から手を付けて良いのか分かっていた訳ではないデンゼルは、暫くその場で考え込んでいた。自分で言った手前、これではちょっと格好が付かないと、僅かばかりの後悔の念が脳裏をかすめる。
 意見を求めるようにしてダナを見上げ、口を開こうとしたデンゼルと一瞬だけ合った目を逸らし、彼女はケリーに言葉を向けた。
「それじゃあ私は本部へ戻るわ。ケリー、こっちはお願いね」
 そう言って彼女は踵を返すと足早に店を後にした。デンゼルは、まるで自分を避けているような彼女の行動に疑問と違和感を抱きながら、ダナが出て行った店の入り口を見つめていた。
「局長不在の今、本部の通信施設を使って各方面の情報収集と指示を出すのがあいつの役目だ」デンゼルの背後からケリーが告げる。「現場は俺らに任せてりゃ良い」
 そう言ったケリーを振り仰いで、デンゼルはそうじゃないと首を振る。じゃあ何だって言うんだ? とケリーが問うと、肩を落としたデンゼルは困り顔で言った。
「なんか俺って、ダナさんに嫌われてますか?」
 今日初めて会ったばかりのはずなのに……。そう零したデンゼルを豪快に笑い飛ばしたケリーは、話の先を続けようとして急に笑顔を引っ込めた。しかしこれでは、かえってデンゼルの不安を煽るだけだった。
 ケリーは周囲の様子を伺うように視線をめぐらすと、少しだけ声を潜めてデンゼルに告げた。
「……ダナにとってここは、ミッドガルに近すぎるからな」
 その言葉に、デンゼルは驚いたように顔を上げる。ケリーは頭に手を当てて、慎重に言葉を選んで話をしている様子だった。
「さっき聞いたろ? あいつも元神羅カンパニー都市開発部門にいたんだ。その……なんだ」
 そこまで聞いてようやく、デンゼルはケリーが言おうとしている事と、言葉を濁す理由に思い至った。壱番魔晄炉爆破テロ、七番街プレート支柱爆破、それらの出来事が彼女にとってどういう意味を持っているのか? 直接訊けない以上は想像でしかないけれど、さほど難しい事ではない。
「ミッドガルの住民の避難活動に参加して以来、あいつはミッドガルに近づこうとしなかった。エッジにすら来てないんだ」
 ケリーは何度もダナをこの店に誘ったのだという。しかし、彼女は頑なにそれを拒み続けた。
 ここまで聞けば、その理由にも見当が付く──星を救った英雄と呼ばれた者達が、一方で犯した過ち――この店が「ミッドガルに近い」と言ったケリーの言葉が、場所という問題だけではない事も。

「あいつにとってミッドガルは、遠い過去にある都市じゃないんだ」

 過去と呼ぶには早すぎるし、思い出として扱えるほど冷静ではいられない。もしかしたら彼女が失ったものは、ミッドガルという都市だけではなかったのかも知れない。家族や恋人、あるいは彼女の全てが、あそこにあったのだとしたら?
 今なおミッドガルに背を向けて生き続けている彼女にとって、“ここ”はあまりにもミッドガルに近すぎる。
「正直なところ、俺にもどうして良いかが分からない。もちろん、あいつ自身だって分かってるのさ。だけど、頭で理屈を並べたところで、どうしようもない事もある」
 吐き出すようにして言ったケリーの横顔は、深い愁いの色を帯びていた。
 そんなケリーを前にして、デンゼルはなんと声を掛ければいいのかが分からなかった。ケリーの語ったダナの心情を理解できないわけではないし、たぶん共感するところの方が多い気がした。けれど、自分を救ってくれたのがこの街であり、この店であり、クラウドやティファ、マリン達だった事も紛れもない事実だったから。どうしたらいいのかが分からずに、堪らなくなって視線を逸らし俯いてしまう。ケリーに何かを言ってあげたいと思う自身の感情とは裏腹に、そんな行動しか取れない自分が恨めしかった。
 そんなふたりの背後から、掛けられた声に振り返った。
「……ミッドガルに背を向けている限り、いつまでも都市の亡霊に追われるだけで何も解決はしない。だが、お前がそれを分かっているのならば、何も悲観することはないんじゃないか?」
 視線の先にいたヴェルドはそう言って、静かにグラスを置いた。
「あんた……」
「年寄りの戯言だ」ケリーの言葉を遮って言うと、ヴェルドは小さな笑みを浮かべた。いま見せている彼の柔らかな表情は、デンゼルが嫌う大人のそれではなかった。
「奴らは背を向けた者を追いかけてくる。ならば、我々の方から奴らと向き合えばいい。勝とうと思うな、向き合うだけでいいんだ」
 そしてダナならば、いつか向き合うことができるから心配は要らないだろうと言い添えた。
「……さて」ヴェルドは仕切り直しとばかりに咳払いをすると、こう切り出した。「俺達もそろそろ行動を起こすとしようか?」
 その言葉にケリーが大きく頷く。
「少年」
「デンゼルです」
 ひとつ頷いてから、ヴェルドは続けた。
「……少し長くなったが、私の話はこんなところだ。早速で悪いが君の答えを聞きたい」
 それを聞いてデンゼルははっとした。そうだ、そもそも彼がこの店を訪れた最初の目的をすっかり忘れてしまっていた。話の間に色々ありすぎたせいだ。
 今になって悩むことは無い。
「マリンと一緒に上にいます。こっちです、案内します」
 そう言ってデンゼルはふたりの先に立ってカウンターに入ると、奥の階段を数段上って振り返る。ヴェルドは置いてあったアタッシュケースを持って立ち上がり、ケリーもふたりの後について歩き始めた。
 階段を上りながら、デンゼルは今に至るまでの事情を手短に話して聞かせた。ケット・シーが通信の手助けをしてくれた事。リーブとバレットが同じ場所にいて、自分達はここで彼らの会話を聞いた事。
 デンゼルが全ての経緯を語り終えないうちに、彼らがいた部屋の前に到着する。扉を開けたデンゼルの後ろに立った二人は、目の当たりにした室内の光景に閉口する。彼らの様子を見たデンゼルが問う前に振り返ると、彼もまた同じように言葉を失った。

 三人の前には、端末に繋がれたケット・シーを抱きかかえて涙を流すマリンの姿があった。





―ラストダンジョン:第19章8節<終>―
 
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