第19章7節 : エッジに集う人々 |
扉の鈴が悲鳴を上げて、今日4人目の来客を知らせてくれた。そのお陰で膠着状態はあっさりと破られた。 外側から扉が勢いよく開かれたのと同時に、店内には大量の雨粒と轟く雷鳴が流れ込んで来た。それらの音に混じって男の怒声が響き渡る。 「二人ともそのまま動くな!」 警告と共に室内に銃口を向けるその姿は、さながら強行突入の訓練風景だった。名乗るまでもなく男がW.R.Oの隊員である事は、身につけている服と腕章が物語っている。 声に驚いて反射的に肩を揺らしたデンゼルの手から、握られていた水鉄砲が滑り落ちる。ヴェルドは咄嗟に差し出した手で銃身の先端を掴み、床との衝突を寸前のところで回避した。おもちゃの水鉄砲とは言えなにせ中身は溶剤だ、不用意に衝撃を加えて飛散したりでもしたら目も当てられない。拾い上げた水鉄砲のタンク部分を手際よく取り外し、特に危険のない本体部分は床に投げ捨てた。 その様子を見ていた入り口の隊員は安堵の溜め息を吐くと、構えていた拳銃を下ろした。 一方のヴェルドはわざとらしい溜め息を吐いてから、隊員に視線を向けて呆れたようにこう言った。 「……及第点にはほど遠いな」 それから手にしたタンクを無造作に放り投げる。隊員は持参した麻袋を広げ、見事にタンクを回収する。袋の中には粒子状の中和剤が入っていた。 「あいにくと、尾行や突入は俺の専門じゃないんでね」 言いながら袋の口を紐で縛り、後ろに控えていた別の隊員に手渡すと男は店に足を踏み入れる。雨ですっかり水気を含んでしまったキャップを外し、慣れた足どりでカウンターに向かう。 そんな反論を受けてヴェルドは、「あんなもの、あからさま過ぎて尾行とは呼べない」と批評めいた言葉を口にしていた。どうやらここへ彼らが来る事は、かなり以前から気付いていたらしい。 「じゃあ、尾行じゃなく追跡ってことで」 「ならば踏み込むタイミングが遅すぎる」 発言したそばから手厳しい評価をもらって、隊員は降参だとばかりに両手を広げて肩を竦めた。 どこまで本気なのかが分からない二人の会話を聞きながら、目まぐるしく変化する事態にようやくデンゼルの思考が追いついたのは、隊員の手が自分の頭に乗せられた時のことだった。 「……ケリーおじさん、なんで?」隊員を見上げてデンゼルは尋ねる。 「驚かせてすまんな、デンゼル」 そう言って笑顔を向ける彼もこの店の常連客の一人で、エッジの自警団に所属するW.R.O<世界再生機構>の隊員だった。非番の時などは、よくデンゼルの申し出を受けてトレーニングに付き合ったりもしている。そして彼こそが、本部施設に潜入したヴェルドを道案内した人物だったのだ。 デンゼルは頭に乗せられた手を嫌うように顔を背ける、子ども扱いされているのが目に見えて分かったからだ。彼に悪気がないことも分かっているし、常ならば気にならない筈だった。しかし今日は事情が違った。 そんなデンゼルの心中を察したように、男は「悪い」と言ってから手を離すとさり気なく話題を変えた。 「フレッドを見かけなかったか?」 彼の口にした名前は、今日この店を訪れた最初の客だった。デンゼルは頷いて、さらにティファ宛の書類を手渡された事も告げた。それを聞いたケリーは眉をひそめた。 「……くそ。こうなると、あの話はどうやら本当らしい」 「もう既に大々的な報道もされている。報道管制は敷いていないのか?」椅子には座らずカウンターに凭れた格好でヴェルドが問う。 「そりゃ局長不在の現状、俺達だけでできる事なんて高が知れてる」 報道管制は局長の権限でなければ発令できない、そういう取り決めになっている。ケリーは悔しそうにそう呟いた。 「それは分かる。だがW.R.Oですら事実関係を把握していない状況で、報道が先行するのはまずいだろう?」 管制までは無理としても、偽の情報を流しておいて時間を稼ぐなり方策は他にもあったはずだ。一般市民への混乱の拡大は一番避けたい事態ではないのか? と冷静に指摘するヴェルドに。 「じゃあどうすりゃ良かったんだ?! 俺達にどんな嘘がつけるってんだ!!」 混乱し苛立ちをあらわにした隊員は声を荒げて反論する。それでもヴェルドは表情を変えず、一度ゆっくりと首を振ると静かにこう言った。「まずは落ち着け」 返す言葉もなく唇を噛みしめたケリーの腕を引いて、デンゼルは首を振る。悔しいけれど今はヴェルドの言っている事の方が正しいと思った。 「『あの話』って、空爆の事?」 デンゼルはケリーの顔を覗き込むようにして問うと、首を縦に振るだけの答えが返ってきた。 かける言葉を探していると、彼の背後から近づいてくる足音に気付いて顔を向けた。すると今度は女性隊員の姿が目に入った。体格はやや小柄で、栗色の髪は肩に届く辺りの長さで切り揃えられていて、どこか几帳面そうな印象の女性だった。デンゼルには見覚えのない顔だったので、恐らく店の常連ではないはずだ。 「初めましてデンゼル君、あなた達やこの店の話はケリーから聞いてるわ。私はW.R.O財務担当のダナ、宜しくね」 やや小柄ではあるが、それでもデンゼルより背はあった。しかし大柄なケリーと並ぶと子どものように見えてしまう。何よりW.R.Oの制服を着てはいるが、あまり似合っていない気がした。どちらかというとデスクワークの方が合っていそうな雰囲気の持ち主だと言うのが、ダナに対するデンゼルの第一印象だった。 ごく簡単な自己紹介の後、ダナと名乗った女性はここに至るまでの経緯を話し始めた。 彼女の話によれば、数ヶ月前ヴェルドが本部施設に潜入した事でこの騒動の中心に局長自身が深く関与しているのではないか? という疑いに確信をもったのだと言う。そして真相を探るために、彼女が独自に集めていたデータをヴェルドに託した。そのデータというのが、先ほどデンゼルが見ていたチラシの裏に印字された3年分の記録である。 「我々W.R.Oの主な活動財源は、設立当初に投じられた局長自身の私財と、今も定期的に続いている多額の寄付金に頼っているのが現状なの。これら出納データの管理が私の受け持ち、だから普段はこうして現場へ出ることは無いわ」 だからこそ、継続してこれだけのデータを収集できたのだと言う。ついでに、デンゼルの第一印象はあながち的を外しているわけでもないらしい。 「ヴェルドさんにお渡ししたデータの中身は、ここ3年間にわたるW.R.Oの支出……それも、建材調達費用に限定した物なの」 「こいつはその辺の事情にも精通してるからな」落ち着きを取り戻したケリーが口を挟むと、ダナは説明を遮られた事に不満げな表情を浮かべる。はいはいと両手を挙げて降参しましたと言うケリーを一瞥し、話の先を続けた。 「項目を建材調達費用に絞ったのは、各地の復興事業と照合しやすかったからよ」 各地域、または管轄ごとに取りまとめられた収支のデータは、さらに本部へ送られて管理されている。ダナはここから、目的の項目のみのデータを取り出し、各地の復興事業の進捗と照らし合わせたデータを独自に作成、保管していた。そして彼女は、両者に見過ごせない値の差を発見してしまった。誤差を累積すると、巨大なビル1棟分の建材がどこかへ消えているという計算になる。少し大袈裟に言えば、現在のW.R.O本部施設が建てられるほどの量だ。どう見積もっても誤差にしては多すぎるし、それだけの巨大な建造物の修復や建築計画など該当するものはどこにも無かったのだ。W.R.O本部施設の移転計画という噂も確かにあったが、それにしても予定地などの具体的な話は一切聞かなかった。仮に本部移転計画が稼動すれば、建築作業に携わる多くの人間を通じて隊員の周知するところになるはずだ。少なくとも、その為に予算が組まれるというような動きもまったく無いし、なにより隊員に伏せておく必要性など無いはずだ。だから本部の移転はないと結論づけた。 「私は元神羅カンパニー都市開発部門に所属していたの。これも昔取った杵柄、と言ったところかしら」 苦笑混じりに言った彼女の顔を見て、デンゼルは考えた。つまり彼女はリーブの元部下という事になる。そして恐らくは、苦笑に含まれる意味も少しばかり複雑なのだろうと。 「俺やダナももちろんだが、隊の連中の誰もが局長の事を疑いたいなんて思ってる訳じゃない」 しかし、状況がそれを許さなかった。 「文字通りの非常事態さ」ケリーは首を振る。 「私も最初からこの状況を疑っていたわけではないの。発端は……」ダナはそう言って視線をヴェルドへ向ける。 「コイツ自身か、優秀な元部下さんからの親切な忠告があったって訳だ」言葉の先を躊躇っているダナに代わって、ことさら棘のある言い方でケリーが続けた。その意図を計りかねて、デンゼルは首を傾げた。気は進まないが2人の向けていた視線の先にいるヴェルドを見つめる。 3人の注目を浴びても、何事かを考えていたのかヴェルドは口を開こうとする様子はなかった。しびれを切らしてケリーが言う。 「こちらは元タークス主任だそうだ」 「タークスだって!?」思わずデンゼルは声をあげる。 「それだけ反応するって事は、君も素人じゃないのね」 「違います……俺はただ……」 確かにタークスを知らないわけではない。その意味においてデンゼルが「素人」ではない事は確かだった。けれども、関係者と呼べるほど事情に精通しているという訳でもない。精通しようにも、この歳ではどうしようもない。 ただ、むかし父から聞かされた話が、まさかこんなところで役に立とうとはデンゼル自身も思っていなかった。そんなことを考えていたデンゼルに、ヴェルドは告げる。 「俺の過去などどうでもいい。それよりも今、君が考えなければならないことは他にあるだろう?」 その言葉に、今度こそ正面から向き合ってデンゼルは言い放つ。 「確かに、おじさんの過去なんかどうでも良い。……でも」 そう言って一度振り返る。ここにいるケリーも、ダナも。きっと自分と同じなんだとデンゼルは思っていた――リーブを助けたい――その為に、彼らはここへ来たのだと。 それでは。 「おじさん、さっき言ったよね? 『リーブさんの思惑を阻止するためにここへ来た』って」 思惑の正体も動機も分からない。けれど背後に見え隠れする死の影を最初に指摘したのは、他ならぬヴェルド自身だった。 「それなら、おじさんも俺達と同じって事だよね?」 真剣な表情を向けてくるデンゼルを見て、ヴェルドは改めて少年が素直なのだろうなと思った。それは無知ゆえに人を疑う事を知らない愚かさなのか、人を信じようとする強さなのか。もし仮に後者であるとするなら、先ほどリーブから受けた忠告は杞憂に終わるだろう。 ヴェルドはデンゼルの問いに頷き返した後、こう続ける。 「確かに俺が救いたいのはリーブだ。だがそれは、W.R.O局長とは限らない」 なぜヴェルドがW.R.Oと行動を別にしていたのか? 理由はこの一言に集約されている。ケリーもダナも、それを承知の上でここへやって来た。そうだと言うように、ふたりは頷く。 「じゃあ話は簡単だよ。おじさんも俺達に協力してよ」 人に物を頼む態度にしては少しばかり横柄な物言いではあるが、それも少年らしいとヴェルドは目を細めた。 「いいだろう。……この老いぼれが役に立てるならばの話しだがな」 そう言ってヴェルドは、カウンターに置かれたままのグラスに口を付けた。 その姿を見ていたケリーとダナは顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。 こうして、セブンスヘブンに集う者達による奇妙な協定が結ばれた。 ――「これ以上“子ども達を傷つけないようにしてあげて下さい”ね。」 (……その約束は守ろう。ただし) グラスの中の水を飲み干し、ヴェルドは記憶の中で繰り返されるリーブの言葉に、1つ1つ答えていく。 ――『人間が自分の余命を知る方法なんてありません。』 (お前を救おうとする者達にとって、他ならぬお前自身が立ち塞がると言うのなら) まるで自らの決意表明であるかのように。 ――『ただし、たった1つだけ例外があります。』 (お前を敵に回す覚悟は、出来ている) 宣戦布告であるかのように。 ―ラストダンジョン:第19章7節<終>―
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