第19章3節 : 死の宣告 |
刃が触れる直前に、男は隊員の腕を掴み挙げると天井へ向けた。無理な体勢で腕をねじり上げられた隊員は苦痛に歪んだ表情を作るが、声をあげないところを見ると相応の訓練を受けた者のようだ。床に落ちたナイフの金属音がやけに澄んだ音を立てたように聞こえた。 「……素晴らしい覚悟だ」 感想じみた言葉を吐きながら男は隊員の腹に肘を当てると、僅かな呻きを残して隊員はその場に倒れ込む。倒れた隊員の意識がないことを確認すると、男はアタッシュケースを持って司令室へ足を踏み入れた。隊員の持っていた銃をわざと扉に挟んで置いたのは、室内で作業中に外部から扉のロックを操作されないための用心だ。 「ちょっと待ってよおじさん」 男の話を遮ってデンゼルは思うままに疑問の声をあげる。 その声に従って男は話を止めカウンターに立つ少年を見つめるが、話の腰を折ってしまった本人ははっと我に返って申し訳なさそうな表情を作った。しかし男は大して気にした様子もなくデンゼルを促すように頷くと、静かにこう尋ねた。 「どうした?」 「……すみません。あの、今の話がちょっと分からなくて」 そもそも「リーブの昔なじみ」を自称するこの男がなぜW.R.Oの本部施設に潜入したのか? その理由もデンゼルには分からなかったが、今のところそれは問題にはならなかった。それよりも引っ掛かる点があったからだ。 「なんだ?」 話してみろとさらに促されて、デンゼルは頭の中を整理しながら言葉を繋げていった。 「さっきもテレビでやってた話やニュースの記事は、W.R.Oの中から漏れた情報なんですよね?」 「そうだ」男が頷く。 「W.R.Oの中にスパイがいて、その人が外部に情報を流してるって事ですか?」 「その可能性が極めて高い」いっそう声を低くして言うと、男の目つきの鋭さが増した。それを見たデンゼルは続く言葉をためらった。その中には、これから口に出す疑問を肯定されたくないという思いもある。 ひとつ深呼吸をしてから、意を決したようにこう尋ねる。 「W.R.Oの人達は、リーブさんが犯人なんじゃないかと疑ってる?」 「全員とは言い切れないが、少なくとも一部にはそう考えている者もいる。俺も含めてな」男は表情を崩さない。 「だけど! リーブさんはW.R.Oの局長ですよね?」 「その通りだ」 「……ほら、やっぱりおかしいじゃないですか!」デンゼルは自分でも驚くほど弾んだ声で男に反論した。 W.R.Oはリーブが立ち上げた組織なのに、なぜ自ら混乱を招くような事をするのかがデンゼルには理解できなかった。2年前、デンゼルの申し出を退けW.R.Oへの入隊を拒んだリーブの言葉も理解し納得できるものではなかったが、それでも彼からは強い『意志』を感じた。だからリーブは好んで人々を混乱させるような人物ではないと、この騒ぎを起こしたのがリーブであるはずがないとデンゼルは強く主張する。 目の前の少年の話に黙って耳を傾けていた男は、苦笑したような笑みを浮かべてこう言った。 「君はとても素直だな」 「……?」言われた言葉の意味を計りかねてデンゼルは首を傾げる。男はこう続けた。 「君に1つ訊こう。 自分の余命……生きていられる時間があと1日しかないと知った時、君ならば何をする?」 デンゼルにとってそれは唐突で、しかも漠然とした内容で具体性に乏しい質問だった。しかしそんなことを聞いてきた男の意図に考えを巡らす余裕もなく、向けられた問いについて真剣に考える。 「ええと……死にたくない」 真剣に考えた末に出た結論だった。男は笑うでもなく、デンゼルの返答を聞いて当然だと頷くとさらに言った。 「死にたくなくても明日、自分が死ぬと分かってしまったらどうする?」 さらにデンゼルは考えた。 まずは好きな食べ物をお腹いっぱい食べて、読みたいと思っていた本も全部読んで、写真でしか見たことがない雪原にも行ってみたいし……、となると1日ではとてもじゃないが時間が足りない。それよりもまず生きていられる時間を延ばす努力をすると思い直すが、果たして1日でどうにかなるだろうか? 何も出来ないまま終わってしまうかも知れない。だったら悔いが残らない様に遊びほうけた方が良いのかも知れない。そうやって考えれば考えるほど、どんどん分からなくなってくる。 最後に、これだけは絶対にやらなければと思う事を探す。 「クラウドやティファ、それに……」カウンターの奥にある階段の方へちらりと視線を向けると、小声になってこう続けた。「マリン達と過ごしたい、かな。その……お礼も言いたいし」 デンゼルの言葉を最後まで聞くと、男は納得したように頷いて「そうか」と言ったきり黙り込んでしまった。自分だけが置いてけぼりにされた様な心境で、デンゼルは男を問い質そうと言葉を続けた。正確には、続けようとした。 「おじさん一人で納得しないでよ、大体それが何……」 そこで男の質問の意図に思い至るが、一方でそれを否定しようとする感情が先に立って言葉に表れる。 「……まさか……」 デンゼルの脳裏に過ぎったのは、今さっき男が差し出したチラシの裏の――約3年分の日付と、日ごとに何かの量を示しているらしい数値が記されていた――記録だった。 その記録の最後の行は、今日の日付と0の文字。 ――「自分の余命……生きていられる時間があと1日しかないと知った時」 「まさかそれって」 デンゼル自身、考えすぎだと思った。言葉に出すことをというよりは、その2つを関連づけてしまう事を躊躇った。まるで救いを求めるようにして、視線をもう一度目の前の男に戻す。そして男の口から否定の言葉が語られるのを待った。 そんなデンゼルの期待をよそに、男は淡々と告げた。 「あいつは自ら立ち上げた組織を自分の手で終わらせようとしている。恐らくはそれを、局長として果たすべき最後の責務と認識しているんだろうな」 さらに男は「その感覚はリーブにとって、君の言う『お礼』と同じなんだろう」とも言った。 「そんな! どうして!?」 カウンターに乗り上がらんばかりの勢いで、デンゼルは男に詰め寄った。 「理由までは俺にも分からん。だが、さっき君に言ったはずだ。俺はあいつの思惑を阻止する為にここへ来た」 「リーブさん……まさか病気なの?」 そう呟いたデンゼルの脳裏を過ぎったのは星痕の記憶だった。原因不明の不治の病、その恐怖はデンゼル自身もよく知っている。しかし、福音の泉――4年前、ミッドガル伍番街教会跡地に湧き出た泉は、住民の間でいつしかこう呼ばれるようになっていた――で症状は完治するはずだった。だとしたら星痕とはまた別の、何か他の原因があるのだろうと考えた。それも、死に至る恐ろしい“何か”が。 「今回の件が何を起因としているのかは皆目見当も付かない、W.R.Oの隊員達が戸惑い混乱するのも無理からぬ話だ。しかしそれぞれの現象を繋げて考えたとき、あいつがやろうとしている事は明らかだ」 たとえ現時点では原因が分からなくても、その先にある結果が見えているのなら、こちらから動いてその達成を妨げる事ぐらいはできるだろう。あいつの身に何が起きているのかを探るのはそれからでも遅くないと、男はきっぱりと断言する。 ―ラストダンジョン:第19章3節<終>―
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