第19章2節 : もてなしのルール |
デンゼルは紙から顔を上げて、男に言った。 「まずはおじさんの話をするのが先だと思う。そうじゃなきゃ、いくら『信じて』って言われても……」 「確かに君の言うとおりだな。……分かった」 苦笑したような表情を作ってから、男は腕の時計に目を落とす。つい今し方、時間がないと語っていたとおり彼の用件はよほど急を要すことなのだろう。 (そう言えば……) 男に釣られるようにしてデンゼルも振り返って壁掛け時計に目をやった。エッジの空は雲で覆えたとしても、時計の針が時を刻むことを止めさせる事はできない。今こうしている間にも日没は刻一刻と迫っていた。通信の向こうにいるバレット達が、あの後どうなったのかが気がかりだった。デンゼルは階段の上にある部屋の方へ視線を向ける。カウンターを挟んで向かい合う男が口を開いたのは、ちょうどその時だった。 「さっきも言ったとおり俺は元神羅カンパニーの社員だった。ずいぶん昔、事情があって会社から追われる身になった。社命で俺が指名手配されていた時、ひそかに助けてくれた一人が当時の都市開発部門統括だったリーブだ」 それを聞いたデンゼルの頭に過ぎったのは、今は亡き父の言葉だった。 デンゼルの父エーベルも神羅カンパニーに所属する社員だった。仕事熱心で冗談好きな父は、まだ幼い我が子にもこう言って聞かせた。神羅カンパニーにとっての危険因子は、容赦ない追及と徹底的な排除を受ける、「だから決して会社に逆らってはならない」と。話を聞かされた当時はちゃんと意味を理解することはできなかったが、そう語る父の険しい表情は、まだ幼かったデンゼルの心に強く焼き付いてる。幼心に会社という場所がとても怖い所なのだと思った。同時に、そんな場所で働く父のことを誇らしく思えた。 そうなるとこの男も、そして男を助けたリーブも、父の言っていた「決してしてはならない」行いをしていたと言う事になる。 (……じゃあ二人とも) けれど男はそれ以上の細かな事情までは口にしなかった。それは時間がないからと言う理由だけなのだろうか? デンゼルは最初にそう疑った。しかしリーブがこの人を助けたのだとすれば、この人が追われるのには何か特別な事情があったのかも知れない。その結論に至ったデンゼルは、素直に話を聞くことにした。 「つまりおじさんは、リーブさんに借りがあるから?」 「“借り”か」そう言って男はデンゼルから視線を外すと、店の壁を見つめてから僅かの間を置いて「そうだな」と頷いた。その様子を見て、彼らにはきっと複雑な事情があるんだろうと察した。同時にそれは多分、話してくれたとしても自分には理解できないものなのかも知れない。自分の前で言葉を飲み込む大人の姿は、これまでにも見てきた。その度にちょっとだけ悲しくなり、腹が立った。 「この先は君にとって少し退屈な話だろうが、それでも構わないな?」 再び顔を向けた男の問いに、デンゼルはもちろんという代わりに大きく頷いた。 話は男がエッジを訪れるより数ヶ月前にまで遡る。 この日、男はW.R.O本部施設のエントランスに立っていた。現在も稼働中の本部施設は地上5階地下1階のフロア総数6階建ての建物で、ロビーを含めた地上部分は吹き抜け構造になっており、天窓から陽光を取り入れることで館内は明るく保たれていた。所々に観賞用の植物などが置いてあり、これらが無機質になりがちな雰囲気を和らげている。入り口に立って正面を見上げると館内の案内図が巨大モニタに映し出されていた。 ここは3年前、ディープグラウンドとの交戦で甚大な被害を受けたと聞いていたが、今や建物も人々も見た目には完全に立ち直っている様に思われた。しかし、フロアを行き交う隊員達を見ていると、その認識が誤りなのではないかと思えてくる。 違和感だった。 すぐに何とは分からなかった。しかし肌で感じるこの違和感の正体を、この後いやでも知る事になった。 「おう兄ちゃん、そんなところに突っ立ってどうした? 道にでも迷ったか?」 呼び止められて振り返る。後ろには自分よりもはるかに屈強なW.R.O隊員の姿があった。 ここへの立入に際して、男はW.R.O支給の制服を身に付けていた。とは言っても別にW.R.Oに所属していると言うわけではない。どちらかというと、正規の手続とは別の方法で服を入手したうえ、さらに無断で施設内に侵入しているところだ。 正規の隊員でもない男にとって、本部施設内に足を踏み入れるのはもちろん今日が初めてだった。目指す局長室が建物のどこにあるのかが分からない、モニタの案内図にも記載は無かった。そんな状況下にあって隊員の言葉はまさに渡りに船だった。彼の話に合わせて男は頷き返す。 「そうなんだ。配属されてまだ間もないせいもあって、ここの構造がよく分からない」 「ほーお? 珍しいな、今は新規の入隊希望者を受け入れてないって聞いてたが」 しかし向けられたのは予期せぬ言葉だった。返答を聞くと隊員は注意深く――どこか品定めでもするかのように――男を見つめながら話を続ける。 その様子に男は一瞬肝を冷やすが態度に出すような事はしない。「そうだったのか?」と話の調子を合わせながら目の前の隊員の出方を待つ一方、悟られぬよう周囲を観察する。 エントランス周辺には多くの隊員がいた。仮にここで揉め事を起こせば、彼らはすぐさま駆けつけてくるだろう。多少の荒事にも慣れていたとはいえ、相手にする数が多すぎる。男にとって分が悪いことに変わりはない。 「……まあ、アンタぐらいの人材なら納得だな。で、どこへ行きたい?」 隊員は思いのほか軽い口調になって尋ねてきた。内心、身構えていたこともあり男は拍子抜けするほどである。もちろん、心の動きが言葉や表情に反映されることはない。 「ここの『中央司令室』へ、この荷物を届けて欲しいと依頼されたんだが」 そう言って、男は持っていたアタッシュケースを示す。この場で中身を見せろと言われても、相応の細工はしてあるから心配はない。 ところが隊員は別のことを尋ねて来る。 「誰からの依頼だ?」 口調こそ変わらないが、隊員の視線が荷物ではなく自身に向けられていた事に気付いた男は一瞬、返答に窮した。そしてここで局長であるリーブの名を出す事が得策なのかと思案する。目の前の隊員は明らかに自分を警戒している、ここで不用意なことを口にすれば、さらに追及されるだろう。 そこで下調べしておいたW.R.Oの組織を思い起こしながら、男は言葉を選び慎重に、しかしそうと悟られないよう平静を装って言葉を返す。 「依頼は技術部だ。なんでも導入予定の設備のテストをしたいとかで、この機材の搬入を依頼された。カームからだ」 「…………」 昔取った杵柄、とまでは言わないが敵地への単独潜入という作戦も過去に何度も経験してきた。しかしここは、自分にとって他所ではあるが『敵地』ではないし、当時と比べれば生命を危険にさらすような情勢でもないはずだ。そうであるはずなのに、目の前に立つ隊員の緊張感は何だ? しばし無言で互いを観察するように見つめ合うが、やがて口を開いたのは隊員の方だった。 「ちょうどいい、俺もこれから司令室に行くところだ。ついでだから案内してやる」 「ありがとう、助かる」 ひとまずこの場は切り抜けた――そんな風にして吐きたくなるため息を飲み込むと、自分に背を向け歩き出した隊員の後について施設内の奥へと足を進めた。相変わらず隊員に警戒されているのだと言うことは、考えるまでもなかった。とは言え、隊員はそれ以上の詮索をしようとしなかった。事情はどうあれ男にとっては好都合だ、このまま目的地にたどり着ければそれでいい。 案内されるままに歩いていると、人が集まるホールなどで他の隊員ともすれ違った。顔を合わせれば軽く会釈をするのは、ごく自然な光景だろう。しかしここで違和感の正体に思い当たる。隊員の顔が一様に沈んでいるのだ。周囲を見回しても、ほとんどの隊員がそうだった。 (隊員達の態度、漂っている異様な緊張感……何かがおかしい) 「あんた所属はどこだ?」 考えを巡らそうとするのを邪魔するかのように、振り返った隊員が声をかけてくる。 「カームだ」 「そうか、となると本部は……?」 「今回が初めてだ。元々はカームの現地復興にあたっていた、“こっち”は本業じゃない」 「なるほどな」 そう言って隊員は頷いた。まるで男の考えていることを見透かしているとでも言いたげに言葉を続ける。 「今のW.R.Oは昔とは違う。確かにここは、お前さんの想像していた場所とは違ってるかも知れないな」 そのままフロアの奥にある昇降機に乗り込むと、隊員は目的階を押した。すると僅かな機械音と共に昇降機が上昇を始める。操作盤の上にあるパネル越しに、吹き抜けになった本部施設全体が見渡せた。フロアに見える隊員の数はそれほど多いとは言えないが、まばらと言うほど少なくもなかった。3年前、ここも激しい銃撃戦の舞台となっていた事を考えると、年数を経たとは言えよくここまで持ち直したものだと思う。 「俺もエッジの復興部隊からここへ来たんでな、最初に感じた違和感には驚いた」 違和感――この隊員も感じていたというのか? 男が顔を向けると隊員は苦笑を返した。 「お前さんだけじゃない。多少の差はあるだろうが、ここにいる誰もが感じてる」 「一体どういうことだ?」 「来れば分かる」 隊員が言い捨てるようにして告げた直後、昇降機が停止した。どうやらここが目的階のようである。 昇降機を降りた隊員の後について通路を進んだ先にあるドアをくぐると、薄暗く狭い通路をさらに奥へと進んだ。通路は大人が2人すれ違うのでやっとという程の幅しかなく、壁や床には余計な装飾も施されていない単調な作りだったせいもあってか、やたらと無機質で圧迫感のある場所だった。道が複雑に入り組んでいるというわけではないが、どこを見ても同じ景色が続くせいで気を緩めると方向感覚が麻痺してくる。 (なるほど、侵入者対策か) ここへ来る前、事前に入手しておいた施設内部のデータにはない場所だった。ここが中央司令室に続く唯一の通路だと言うならそれも頷ける話だ。通路の角を曲がって階段を上り、また続く通路の角を曲がり……歩き続けていると同じ場所を彷徨っているような錯覚に陥りそうな構造だった。隊員の後を歩きながら、念のためにと角を曲がる度に目印を付けて行ったのは退路確保のためだ。 この先にある中央司令室を制圧されれば、本部機能は停止する。ここまで敵の侵入を許したということは、聞いていた以上にW.R.O側の被害は大きかっただろう。壁面は上から新たに塗装を施してはいるが、よく見てみれば弾痕もまだ残ったままだ。 やがて前方に壁が見えてきた、どうやらこの先は行き止まりらしい。突き当たりの壁を背にした隊員が振り返ると、扉を指しながら告げる。 「見ての通りこの扉は専用コードがないと開かないようセキュリティが施されている、俺が案内できるのはここまでだ」 「ありがとう、助かった」 持っていたアタッシュケースを下ろすと、男は扉に向かった。扉の脇に設置されているセンサーとキーを眺めながら、この扉に施されたセキュリティの種類を推測する。幸い、男はこれと同じタイプの物を以前にも目にしたことがある。たしか暗証コードを埋め込んだ媒体をリーダーに読ませるか、コードを手動で入力すればロックは解除される仕組みのはずだ。恐らく暗証コードを埋め込んだ媒体は、隊員証か何かだろう。 正規隊員ではない男が隊員証を持っているはずはないので、必然的に手動入力でロックを解除するしかない。 男はディスプレイに表示できるコードの桁数を確認すると、思い当たる番号と照らし合わせた。その数が一致したことで確信を得て、ボタン操作を始めた。慣れた手つきで思いついたコードを入力すると、それに伴ってピッピッと軽快な電子音が薄暗い通路内に響いた。 入力を終えて決定キーを押すと、ひときわ甲高い電子音が数秒間鳴った。ロックは解除されない。 (……コードエラー?) どこかで操作か入力を間違ったのかとも思って表示を確認するが、どちらも問題は無かった。脇に立っている隊員に悟られたかと気配を伺うが、どうやらその様子はなさそうだ。 「あせって押すから間違えたか?」 「指が太いせいか、携帯端末のボタンもよく押し間違う」 「ああ、それなら俺もよくやるよ。それで若い連中に笑われる」 そんな風に談笑をかわしながら、男は考える。 (暗証コードは、たしかに……) 昔の社員コードだと聞いていた。しかし実際はこうして弾かれてしまったのだから、予期せぬ事態が起きたと考えるべきだろう。頭を切り換えて、男は改めて装置に向き合うと打開策を探し始めた。 確かこの装置は、入力された(あるいはリーダーが読み取った)暗証コードをデータベースから照合するシステムを採用していたはずだ。そして3回連続で暗証コードを間違うと、一定時間ロックの解除が不可能になってしまう。ここまで来て何もせず引き返すわけにも行かない、それだけは避けたい事態だった。 その時、脇に立つ隊員が口を開いた。その声は先程までとは明らかに違う緊張を帯びている。 「……都市開発部門統括の社員コード。どうやら連中は下調べして来るらしいんでな、そのパスワードは削除しておいた。残念だったな」 あからさまな敵意と共に銃口を突きつけられる。 (そう言うことか) 最初から男が部外者であることに、隊員は気付いていたのだろう。それでも尚ここまで案内した隊員の意図にも、ある程度の察しは付いた。 「あそこじゃ他の隊員が多すぎるから騒ぎは起こせない、だからこうして人気のない場所へ連れてきた。という訳か」 「まあ、それもある」 含みを持たせる言い方で隊員が応じる。男は言葉の意図を計りかねて首を動かす。 「チャンスはあと2回、それでこのドアのロックを解除できればお前を殺す事はしない」 「たかだか不法侵入ごときで殺すのか? ずいぶん物騒な場所だな」 「……訊く前に、まず試してみたらどうだ」 隊員が嘲笑うような口調で言った。 男は再び装置に視線を戻す。隊員の言葉から察するに、暗証コードの1つとしてリーブの神羅時代の社員コードが設定されていたのは間違いなかった。となればデータベースに登録してある他の暗証の中にも、これと同じように“誰かの社員コード”が含まれている可能性が高い。この装置に入力できる桁数も、旧社員コードとちょうど一致する。いくらなんでも旧社員コードがW.R.Oの隊員コードにそのまま流用されている、なんて事はないだろうが。 (当たりを付けてもう一度試すしかないか) では、誰の物が該当するか? さすがに旧神羅社員全員分のコードを知る訳ではない。仮に知っていたとしても、総当たりで挑むには確率が低すぎる。となれば、設定しそうな人物の当たりをつけた方が早いし確実だ。 そこで真っ先に思いついたのは、旧経営者だ。 (社長の物を使うとは思えないが) 3年前の一件ももちろんあるが、W.R.Oの活動が――言ってみれば神羅の残した負の遺産を清算するため――星の救済と人々の復興支援である以上、リーブの心情を思えばそれを本部の中枢に設けたロック解除コードに設定しているとは考えづらかった。けれど試してみる価値はある。男は再びキーを押すが、またも甲高い電子音を最後に扉は沈黙した。 「あと1回だ。それとも降参するか?」 「心配するな、次で開く」そう言って男は笑顔で応じた。 降参する気など毛頭無い。しかしそうは言ったものの、内心では思案を巡らせる。 W.R.O司令室、ここの暗証を管理・設定しているのは恐らくリーブだ。神羅に在籍していた当時の社員コードを設定するあたり、一見すると不用心にも思えるが、裏返せば今は存在していない会社のデータなどよほど注意深く調べでもしない限り見つけ出す事は難しい。たとえ見つけることが出来たとしても、そこからコードの見当を付けることも至難の業だ。そのうえ暗証設定者本人がかつて使用していた社員コードと、当時の経営者のコードも弾かれた今、リーブならどう考える? 装置と向き合い考え込んでいた男の耳に、隊員の言葉が聞こえてくる。 「降参して命乞いするなら殺すまではしない。……貴様がどこから来たのかを答えれば、それでいい」 (どこから? ……) 隊員の言葉で確信した。男は顔を上げて睨み付けるようにして隊員に問う。 「俺みたいな人間に会うのは今回が初めてではない、そう言うことか?」 「ああそうだ」憤然とした声で隊員は答える。 「では忠告しておこう。今後うたがわしい相手を前にした時は警戒心を丸出しにしない方がいい。まして陣営内に侵入された上で、相手側の情報を引き出したいのならば尚更な。それと残念ながら、お前さんが俺を殺すことは不可能だ」 しかし一方で、侵入者を秘密裏に処理する――ここへ侵入されたという痕跡すら残したくないのだとすれば、このやり方は正しいとも言える。ここならば人目に触れる心配もない。隊員の誘導については的確だとも思ったが、当然そんなことまで口には出さない。 「ご忠告どうも」 そう言って隊員は促すように銃口を扉へ向ける。依然として不利な形勢にあるのは男の方だった。 (こいつの話が事実なら、ここは幾度も侵入を受けている……いや、それも想定していたとしたら?) 男はまるで自分が試されている様だと思った。実際のところ、彼らは試しているのかも知れない。 この扉を開ける者が何者なのか、その力量を。 (試す、か。……なるほど、ならば話は早い) 男は記憶にあったコードを手早く入力した。迷いのないその動作に、銃を構えた隊員は口を挟むこともできず、ただ成り行きを見守っていた。 最後の桁を入力し終えると、今度は低めの電子音が鳴ってパネル上の青いランプが点灯した。入力した暗証コードを認識し、見事ロックは解除された。 「! ……これで開くのか」 男の口から思わず出た本音に、隊員は呆れた口調を向ける。 「おいおい、自信があって入力したんじゃないのか?」 「まあ確かに、大凡の見当はついてたさ。それもお前さんのお陰でな」 皮肉を込めて言うと、隊員は悔しそうな表情を作って唇を噛みしめる。その様子を横目で見ながら男は種明かしを続けた。 「『リーブの旧社員コードは削除した』というお前さんの言葉は、それが正しい暗証だったことを教えてくれた。だから後はその方向で考えれば良い。それとここが標的にされる事を考えれば、暗証コードは侵入防止ではなく、選別に利用していたのだろう。わざわざデータベースとの照合作業が必要なこの装置を採用したのは、その狙いもあるんじゃないか?」 「そこまで分かってるなら、なぜ」 「もちろん単なる当て推量というだけではない」当時の経営者のコードを使わないなら、恐らく他の重役連中のコードなど指定するはずもないだろうと踏んだ。次に、神羅カンパニー最後の経営者のコードを使う可能性を考えたが、恐らく資金提供という面での繋がりが噂されている以上、これも推察されやすい。となれば、表舞台には立たない人物のコードを設定する、そう考えたのだ。 「ただ、まさか俺の旧社員コードが使えるとは思わなくてな、……さすがに驚いたよ」 男がかつて神羅カンパニーに所属していた時代の、自分の社員コードを入力しようとしたのは、それが既に記録上からは抹消されているはずの物、つまり表面上は存在し得ないコードだったからだ。 「ロビーで見た時からただ者じゃないとは思ったが……あんた何者だ?」 依然として銃口を向けたままの隊員が問うと、男は小さく笑ってこう返す。 「死人が名乗る名前はない」 他意を含んだように口元を小さくゆがめると、男は立ち上がる。 「お前、からかって……?」 隊員は途中で言葉を飲み込んだ。男は自分に向けられた銃を容易く奪い取ると、今度は逆に隊員の顎の下に当ててこう言った。 「次はこちらの質問に答えてもらおう。これが『初めてではない』と言ったな? では俺が来るよりも前、ここに侵入した者は誰だ?」 「…………」 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。それでも隊員は頑として口を開こうとはしなかった。 「これは忠告ではなく警告だ、俺は人を殺すことを厭わない。そして死人は死も恐れない。つまりお前に勝ち目はない。素直に質問に答えろ」 男の目を見れば、その言葉が嘘やはったりの類でない事は分かった。観念したように目を閉じると、隊員は口を開き短く言葉を吐いた。 彼が告げた団体名、残念ながらそれらは男の耳にも馴染みのあるメディアの名称だった。なるほど、隊員がここまで敵意を向けて来るのも納得できる。 さらに先を続ける隊員の声が震えている様に聞こえたのは、男の気のせいではない。 「内通者……我々の身内に、裏切り者がいる。局長はそのことを予見していたのだろう。だからこそ、わざわざ旧式のこの装置を導入された。あんたの読み通り、それはこの司令室へ入室できる者を特定するためだ。あんたが来る少し前、データベースにも不正アクセスがあってな。その後あわててコードを削除した」 ところが報道機関やネットワークを通して外部に漏れている情報は、データベースに記録されていない――W.R.O内部でも一部の者しか知り得ない内容まで含まれている。となればこの組織内に、外部機関へ情報をリークしている者がいる可能性がある。さらに漏れた時期などから考えると、候補はかなり絞られる。 「あんたも見ただろう? 我々は……仲間が信じられない……いや」 「内通者に心当たりがあるな? 誰だ」 その時、隊員の顔を見て気付く。彼の声が震えているのは、男への恐怖などではないのだと。 しばらく考え込んだ様子で立っていた隊員は、意を決したように名前を呟いた。 「W.R.O局長……リーブ・トゥエスティ自身、だ」 そしてその事実を知った者を外へ出す訳には行かないのだと、隊員は懐に忍ばせていたナイフを取り出した。 ―ラストダンジョン:第19章2節<終>―
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