第18章4節 : 筋書きのあるドラマ




 医務室の扉が閉まる音を聞きながら、ティファは寝台の上から動けずにいた。身体の痛みはとうに治まっているというのに、動けなかった。それは、自分がどう動くべきなのかを見失っているからに他ならない。
 部屋の奥にあった備え付けモニタの電源は入ったままだったが、画面には何も映し出されていない。今はモニタが室内を照らし出す照明代わりだった。

 ――「今からでも遅くはない、引き返せ」

 薄暗い室内に取り残されたティファの脳裏には、シャルアの言葉が繰り返し響いていた。
 片眼を失い、片腕を失い、そして内蔵までも失ったというシャルアの言葉。自分の生還が奇跡などではないと、「星に還れなかっただけ」だと告げた彼女の横顔に愁いを見た様な気がする。
 ティファにはその理由が分からなかった。
 妹を救おうと懸命に生き、その結果として妹は救われ、同時に彼女の思いは報われた筈だった。なのになぜ?
 分からないことはそれだけではない。
 そもそも彼女がなぜ、ここにいたのか? ここで何をしていたのか?
(私達だって……)
 そこまで考えてふと気付く。彼女だけではない、自分達はなぜここへ来たのか? その本当の理由をティファはまだ知らない。
 シドの飛空艇に集い、皆と共に行き着いたのが建造中のW.R.O新本部施設だった。私達はここに“閉じ込められた”リーブを連れ出すために集まったのだとユフィは言っていた。
 しかしそんな自分達の行く手を阻んだのは、他でもないリーブだった。
(違うわ。なにかが……おかしい)
 ティファの前に立ちはだかったのは、リーブの姿をした人形。
 寝台から降りると、部屋の奥にあったモニタの前に立つ。何も映し出さない画面を見つめると、ティファはほんの少し前の記憶を投影させる。“命を持つ人形”は、自分の首を絞めながら最後に笑っていたような気がする。

 ――「それにしても、落ちてきた場所が医務室の前で良かったな」

 シャルアはそう言っていたが、ティファにはそれ以上に引っ掛かる事がある。
 それは、この医務室にシャルアがいた事だ。自分を首を絞め、振り落としたリーブには何かしらの思惑があった。確証はないが、なんとなくそんな気がしている。恐らく彼は、落下地点に医務室がある事を想定していた、つまりリーブは最初から自分に致命傷を負わせるつもりはなかったのだろう。
 でもシャルアは違う。
 自分が落ちてくるところにタイミング良く彼女が居合わせた事の方が気になった。シャルアの言葉を借りれば、「作り話にしてもできすぎている」のだ。
 できすぎた作り話――
(まさか、シャルアさんが……)
 この事態を、こうなることを事前に予見していた? 予見どころではない、彼女はこの部屋から「一部始終を見ていた」とも言っていた。つまりここで待っていたのだ。
 だとするならシャルアこそが、この「できすぎた作り話」の作者本人という事になる。予見ではない、予め用意しておいたシナリオなのだ。作者であれば都合だってタイミングだって、自分の意のままに演出できるだろう。
(私達をここへ招いた?)
 W.R.O新本部施設を舞台にした物語。私達はその出演者としてここに招かれ、舞台上で役を演じる――導き出された結論にはっとしてティファは顔を上げる、無意識に置いていた左手が、装置のボタンに触れた。
 途端にモニタの電源が落ち、室内は暗闇に包まれた。驚いたティファはもう一度同じ場所に触れてみたがモニタは復旧しない。光源を完全に失った室内を照らす物は何もなく、この狭い範囲を移動するのにも、ティファは手探りで慎重に進まなければならなくなった。
(あー、もう!)
 暗闇に目が慣れるまで、しばらくはじっとしていた方が良い。そう思いながらも壁に背をあて片膝をつくと、両腕を伸ばして周囲に障害物が無いことを確認しながら、ティファは壁伝いにゆっくりと室内を進んだ。
 音も光も無い、この狭い室内にただ一人。こんな状況で楽観的になれと言う方が無理な話だ。芽生えた疑問はどんどん大きく成長し、やがて疑念の実を生み出す。
(それならシャルアさんの目的は何?)

 ――「この施設には、彼の……W.R.O局長の“オリジナル”が保管……いや、閉じこめられている」

(だいたいこの施設って……)
 考えに集中していたティファの指に何かが触れた。次の瞬間、それは床に落ちた。澄んだ音を立ててガラスが砕ける音がしたかと思えば、飛沫を肌に感じる。
(なっ、なに!?)
 反射的に腕で顔を庇うが、何も起きない。腕にかかった飛沫の正体は分からないが、痛みや異臭もない。ティファは目を凝らして音のした方向をじっと見つめるが、闇ばかりで何も見えない。状況を確かめたくてもこの暗闇ではどうしようもない。光源になりそうな物をと周囲に顔を向けるが、どこを見ても何も見えない。
(あっ!)
 そこで今の今まですっかり忘れていた携帯電話の事を思い出し、ポケットに手を入れる。
 壊れていなければいいけれど、と祈るような気持ちで取りだした携帯をゆっくり開くと、バックライトが点灯した。それから闇に慣れた目には眩しすぎるディスプレイを見つめた。ボタンを押せば機能も呼び出せるので、どうやら故障はしていないようだ。ホッと胸をなで下ろしたところで表示された「圏外」の文字を確認すると、今度はバックライトを照明代わりにするため携帯をかざした。
 ぼんやりと照らし出された床には飛び散った水とガラス片が光を反射し、きらきらと浮かび上がった。暗闇の中でティファが触れたのは、コップに入っていた水だったようだ。
 その中に別の種類の光を見つけたティファは両膝をついて顔を近づける。金属的な輝きを放つそれの正体に思い当たって今度は立ち上がると上を見上げた。視線の先をバックライトで照らし出すと、浮かび上がったのは大きな棚だった。両開きのガラス戸の片側が開けられており、奥には大小様々な瓶や引き出しが備え付けられていた。場所が場所だけに薬品をしまってあったのだろうと察しはつく。棚の前の物置台に視線を向ければ案の定、床に落ちていたのと同じ物が置かれていた。
(きっとここから薬を取り出したのね)
 台の上には様々な種類のシートが散らばっていた。先ほど落としてしまったグラスもここに置かれていた様だ。手に取ったシートには規則正しくカプセルが収められており、シート裏面には『抑制剤』を示す文字が記されている。それを目にしたティファは、呆れたようにため息を吐く。
「……シャルアさんも、私と同じなんだわ」
 恐らくシャルアがここに居合わせたのは偶然。彼女は今も体内に抱える拒絶反応と戦っている、目の前にある大量の薬は、その証。彼女が医務室に立ち寄る理由はあった。となれば――

 シャルアもまた、誰かが作った筋書きに沿って舞台に上る出演者のひとり、と言うことになる。

 そうと分かれば行き先は1つだ。
(ちょっと良い気分はしないわね。……でも)ティファは手近にあった薬をひとまとめにすると、携帯で床を照らしながら出口へと向かう。
「私の出演料は高いわよ?」
 できすぎた作り話――その筋書きを書いた者に会うために。恐らくは同じ場所を目指して先に部屋を出て行ったシャルアの後を追うべく、ティファは医務室を出た。





―ラストダンジョン:第18章4節<終>―
 
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