第18章1節 : シャルア合流








 真っ暗な闇の中を落ちて行った。
 その間に夢を、とても長い夢を見ていた様な気がした。


 ――じゃあ、死んだ人は?
    あの山の向こう、あそこに行けば……ママに、会える?


 ティファの意識を現実に引き戻したのは、激痛だった。
「……っ!」
 痛みと共に込み上げてくる嘔吐感は全身、特に腹部を強打した為だと思われるが、状況がいまいち掴めなかった。意識を取り戻し瞼を開けてみたが薄暗く、周囲に見える景色は何もない。
 混乱する頭を整理しようと、直前までの記憶を必死で辿った。確か「リーブ」に首を絞められ、それから――。
「……気分はどうだ?」
「!!」
 声をかけられてようやく横たわっている自分と、それを見つめている者の存在に気付いたティファは、反射的に身を起こそうとする。が、その瞬間にも激痛が走り身体の自由が利かなかった。
「急に身体を動かさない方が良い。あんた相当上のフロアから落ちてきたんだ、打撲傷だけで済んだのは幸運だ。その幸運に感謝しながら、治るまで大人しくしていろ」
「……あなたが、助けてくれたんですか?」
 徐々に輪郭を取り戻してきたティファの視界には、白衣の人物が映った。声から察するに女性だと思ったが、室内照明が稼動していないせいか薄暗くてよく分からない。
「ああ、行きがかりとは言え見つけた負傷者を放っておくほど冷血じゃない。それに、応急処置程度なら心得もあるのでな」
「ありがとうございます」
 ゆっくり動けば耐えがたい痛みではないらしく、身を横たえたまま首だけを動かしてティファは周囲を見回した。見た感じからすると、どうやらここは医務室のようである。そこに白衣を着た女性がいるということは、彼女は女医だろうか。
「それにしても、落ちてきた場所が医務室の前で良かったな」
 白衣の女性は笑いながらそう言った。さらに「手負いの人間が都合良く医務室の前に落ちてくるなんて、作り話にしてもできすぎている」とも。
 彼女の話が本当だとすれば、確かにその通りだ。
「……そう、だったんですか」
 しかしティファにはこれが偶然とは思えなかった。瞼を閉じて思い出す。最後に見た彼は笑っていたのだ、それもとても幸せそうに。
「さっきも言ったが軽度の打撲傷だ。安静にしていればじきに治る。私は先を急ぐので失礼するが、くれぐれも無理はしない事だ」
 白衣の女性はさらりと言ってのけた。あまりにも自然に言われたものだから、危うくティファはそのまま聞き流してしまうところだった。とっさに瞼を開き、彼女の方へ顔を向ける。
「ち、ちょっと待ってください。……『先を急ぐ』って……」
 ここは建造中のW.R.O本部施設、それも入り口からは相当離れた場所であるはずだった。そんな場所に、なぜこの女性がいるのか? 稼動していない本部施設内の医務室に、医者だけがいるというのはどう考えても不自然だ。
「あなたは一体?」
 問われた女医は医務室の扉の前で立ち止まる。明るめの茶の髪が揺れ、それから「すまないな」と呟いて振り返る。
「……上で起きた一連の出来事を、ここからモニターさせてもらった」
「え?!」
 向けた視線の先に立つ女医を見つめて、そう言えば以前に見た顔だと思う。どこかで会ったことがあるだろうか? ゆっくりと上半身を起こすと、彼女の顔を正面から見つめ直す。
 ティファの手助けをするように、女性は言葉を続けた。
「それとどうやら……妹が、世話になったようだ。その礼も言わなければならない」
 ぼろぼろになったネームタグに示されている文字を追い、ティファは女医の名を呟いた。
「シャルア、ルーイ? ……それじゃあ、あなたが?!」
 ティファがシャルア自身を見るのは今回が初めてだった。しかし、話はユフィやシェルクから聞いて知っている。たしか彼女は3年前のW.R.O襲撃の際、敵に襲われ昏睡状態に陥ったと。
「話によれば『奇跡でも起きない限り目覚めない』……と、言われていたらしいな」
 表情からティファの心中を察し、シャルアは苦笑がちに呟く。事実、先のディープグラウンドとの交戦で襲撃を受けた当時のW.R.O本部施設内で、シャルアは妹を逃すために致命傷を負った。その件ではユフィが相当にショックを受けていた姿もティファは目の当たりにしている。
 それにディープグラウンドとの戦いを終えて、ヴィンセントの捜索と並行してエッジの復興作業を手伝うことになったシェルクがセブンスヘブンで過ごした僅かの期間、あまり言葉には出さなかったが彼女はずっと姉のことを気にかけていた。
「ユフィが知ったらきっと驚くわ! 妹さんにはもう会ったの? とにかく無事で本当によかった」
 ティファはそんなふたりを間近で見ていたせいもあって、初対面とは言えこうしてシャルアの元気な姿を見られたことが本当に嬉しかったのだ。思わず声が弾んだのは、そんな心中を反映しての事だ。
 しかしティファとは対照的に、語ったシャルアの横顔には喜びという感情を見ることはできなかった。
「私が目覚めたのは『奇跡』なんてものじゃないさ。……ただ、まだ星に還れなかった。それだけだ」
「……シャルアさん?」
 そんな彼女を不思議に思って、ティファが声をかける。それに気付いて取り繕うように言葉を続けた。
「すまない。そうやって喜んでくれる事が嬉しくない訳じゃないんだ。私を心配してくれたユフィにも悪いことをした。……」
 ティファの方へ顔を向けてぎこちなく笑顔を作った後、シャルアは何かを言い淀むようにして背を向けると、医務室に備え付けてあったモニタの電源を入れた。するとあまり解像度の良くない映像が映し出される。
 それはつい今し方、この施設の地下7階で行われていた遣り取りだった。モニタの中にいる自分の姿を見つめていると、少し気恥ずかしいような不思議な心地がする。映像を見つめながらティファはそんなことを思った。
『いくら……人形でも……。……彼、には。……命が、あるんで……しょう?』
 それにしても自分の命が危険にさらされている状況下で、よくもこんな事が言えるなとシャルアは呆れたように溜め息を吐く。しかし、再びティファに向き直った彼女が口にしたのは、思いがけない言葉だった。
「あんたの言ったこと、恐らくこれがカギだ」
「かぎ?」
 ティファは首を傾げた。
 そもそもここへ来た理由もあまり明確ではない彼女にとって、シャルアの話を理解するためには重要なパーツが抜けているように思えたのだ。
「教えてくださいシャルアさん。……私達は……」
「この施設には、彼の……W.R.O局長の“オリジナル”が保管……いや、閉じこめられている」
「彼? オリジナル? 保管? ごめんなさい……一体どういう」
 シャルアの語る言葉に、なぜか嫌悪感を抱いた。それはティファの本能的なものであったのかも知れないが、本人にもその理由はよく分からない。そんな不安がそのまま表情に出ているらしく、シャルアは首を横に振るとゆっくりと話し始めた。
「局長の能力については、どこまで?」
「あまり詳しいことは……。ただ、ケット・シーを動かしているのがリーブさんの能力だと言う事ぐらいで」
 ティファの言葉にシャルアが頷く。
「私にも詳しいメカニズムは分からない。ただ、局長には『物を操る能力』があるそうだ。ケット・シーは機械を使った遠隔操作ではなく、局長自身の意思が直接反映する形で動いている……」

 元来ケット・シーは高性能マシンを内蔵したロボットとして製作された。
 局長はその動作について、コンピュータやマテリアの介在なしに操作を可能としている。
 その能力自体を、『インスパイア』と呼ぶらしい。

「……インスパイア?」
 つい先ほど、ヴィンセントがエレベーターで語っていたのを思い出す。それにしても耳慣れない言葉だった。少なくとも、6年前共に旅を続けていた間や、その後にも聞いたことはない。
 シャルアは頷くと、再び語り出す。
「しかし、このインスパイアという能力は『物を操る』だけに留まらない……」

 物体を意図通りに『操る』だけならば、作用部を付けた人形を遠隔操作する事と何ら変わらない。
 しかしケット・シーがそうであるように、彼らは自律行動をし、やがて個別の意思を持つようになる。
 局長はそれを『生命を吹き込む』と表現していた。インスパイアの本意は、そこにあるのだと。

「それじゃあ、ケット・シーは……?」
 そうだ。とシャルアは頷いた。
「ここから、さっきあんたの言ってた言葉に繋がる。『人形でも命がある』」
「……」
 ここまでの話を聞いたティファは、急に不安になった。先ほど自分が言ったはずの言葉に自信が持てなくなって来た。インスパイアなんて存在を知らなかった。ただ、目の前にいた「リーブ」を、人形ではなく本人に重ねて見ていたから思わず出た言葉だった。ヴィンセントの指摘通り、見た目に惑わされていただけなのだ。
 顔を俯けて黙り込んでしまうティファに、シャルアは優しい口調で言った。
「あんたが気にすることはない。それに、この話をすぐに理解しろという方が無理だ。……なにせ局長自身、自分の持つ能力について今のあんたと同じように言っていた。能力者自身でさえそうなんだ、実際に能力を持たない他の人間が理解するのはもっと難しいだろう」
「リーブ……さん、が?」
 シャルアは黙って頷く。「それも、私が聞いたのはほんの一部に過ぎないだろう」と付け加えてから。
「自分が生み出した命を、直接的ではないにしろ自分の手で殺める……それはどんな感覚だろうな」
「そんな……」
「少なくとも、これまでにケット・シーは何体か犠牲になっている。その度に局長は思い悩んだのだろうな。自分の能力によって吹き込まれた命が、死んでいく様を見て、時にはそれと同調することもあったそうだ」
 小さくため息を吐いてから、シャルアはこう続ける。

「同調が、インスパイアという能力の代償なのか。それとも局長自身の精神的な部分に由来するのか。
 どちらにしても苦しかったんじゃないかと思う。
 ……もっとも、他人がいくら想像したところで真相は分からない。インスパイアという能力そのものが何なのか、私達には理解できないからな」

 ここまでの話を聞いて真っ先にティファの脳裏に過ぎったのは、6年前の古代種の神殿だった。
 あの時はまったく気にしていなかった、気にする余裕などなかった。けれどあの時、ケット・シーは自ら神殿内に残ることを申し出て、最後にこう言った。『2号機が来ても忘れないで』と。
 同じボディを持ちながら、それぞれに持っている心は違った?
 作り物の体――その替えはあっても、宿る心に代わりはないとしたら?
「わ、私……」
 取り返しのつかない過ちだったと、それだけで後悔の念が押し寄せてくる。
 ――『いくら……人形でも……。……彼、には。……命が、あるんで……しょう?』
 それは人の形をした外見に惑わされた言葉。けれど、本当にその言葉を向けるべき相手は、もっと古くから、それも身近にいたのだとしたら。
 シャルアは優しく微笑んで、ティファの肩に手を置いた。

「忘れるな。あんたの……いや、あんた達のその優しさが、局長を救うカギになるはずだ」

 そう語るシャルアの声は力強く、触れた手は温かかった。
 その心地よさの中に、ティファはひとときの安らぎを覚えたのだった。






―ラストダンジョン:第18章1節<終>―
 
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