第17章1節 : 徒労の果てに |
こうも立て続けとなると、さすがに息が上がった。 過去に経験してきたモンスター相手の実戦でさえ、これだけの短時間に大技を連続して放つ機会もそう滅多になかった。それはユフィ自身が、身軽さを活かした戦術を得意としているせいもある。クラウドやシドのような重量武器は扱えない、だから一撃のダメージで仕留める事を狙うよりも、敵の目を攪乱させながら不要な戦闘を回避しつつ、最小限の交戦で目的に辿り着く。それが彼女の戦闘スタイルだった。 しかし文字通りに立ちはだかる壁は行く手を阻み、回避することはできなかった。5枚目の隔壁をくぐったユフィは呼吸を整えるのもそこそこに立ち上がると、正面を見据えた。 ――「必ず戻って来るから!」 あの時の宣言通りにここまで戻って来た。 この扉の先に、リーブがいる。自分のことを「星に害をなす存在」だと告げてユフィの背を押すと部屋から追い出し、この隔壁を作動させたリーブが。その言葉の意味を聞くために、何よりも彼を助けるために、ユフィはここまでやって来た。 「これで……最後っ!」 大きく息を吸い込んで、うっすら血のにじんだ左の拳を全力で床面に叩きつける。これが6度目だったが、もはや痛みは感じなかった。 床面を走る亀裂が扉まで達すると、室内から漏れ出た光が薄暗い通路に差し込んだ。やがて亀裂が広がって最後は扉ごと真っ二つに砕くと、太い光の帯が通路を照らし出した。亀裂の行方を目で追いながら、威力は衰えていないようだと安堵する。 すぐに立ち上がる事ができずに片膝をついた体勢のままだったユフィは、差し込む光の眩しさに思わず目を細めたものの、顔を逸らそうとはしなかった。 視界いっぱいに溢れる光の中、崩れた扉の向こうに佇んでいたリーブの影を見つけたからだ。 重々しい響きを伴って、砕かれた扉の断片が粉塵を巻き上げながらフロアに横たわる。扉の前に立っていたリーブは特に驚くでもなく、その様子を眺めていた。 やがて砕け散ったフロアタイルの残骸を踏みしめて室内から一歩踏み出すと、リーブは改めて周囲に目をやった。隔壁は確かに無傷だが、フロアタイルは見るも無惨に砕かれている。これでは“侵入を阻む”という隔壁の機能を果たしているとは言えない。 「……『力山を抜き気は世を蓋う』とは、よく言ったものです。あなたなら必ずここへ戻って来ると思っていましたが、正直なところもう少し時間を稼げると考えていました。……お見事です、私の負けですね」 目の前の光景を見つめながら感心した様に呟くと、組んでいた手を下ろして頷いた。それからユフィの前まで来ると、リーブは屈んで回復薬を差し出した。 「技の名前なんて深く考えたことないよ」 こうも正面切って褒められるとどこか照れくさい。そもそも抜山蓋世と命名されたこの技の名前の由来も、自分ではあまり理解していないし。と、そんな言い訳じみた言葉がなぜかユフィの脳裏を過ぎる。回復薬を受け取ると、視線を逸らして短く礼を言った。 「ここでお待ちしていた甲斐がありました。ですが本音としては、あなたには戻って来てもらいたくなかったんですよ」 リーブの言葉に思わずユフィは顔を上げた。 「なんかさ、言ってる事おかしくない?」 真っ直ぐに向けられた視線と指摘を、リーブは否定しなかった。 「そうですね。しかし理屈と感情は別物です。頭で理解していても感情で納得できるとは限らない、ユフィさんにもそういう経験、ありませんか?」 それは人としてあって当然の揺らぎであり、矛盾だとリーブは言った。 だからユフィは期待を込めてこう返す。 「! じゃあ、やっぱりおっちゃんは……」 しかし期待に満ちた声は、あっけなく否定された。 「“人形”ですよ。あなたが下で会った『リーブ』と同じです」 「……!」 あまりにも簡単な否定。ユフィは思わず手にした回復薬を握りしめた。リーブは立ち上がると言葉を続ける。それは疑問というより、非難の色が強い口調だった。 「ユフィさん、忠告は何度も受けていたはずです。なのにどうしてここへ戻って来たんですか?」 下で会ったリーブは確かに言っていた――「上で会ったのがリーブ本人であるという確証もなければ、人形だと判断する根拠もありません」――だからこうなる事も、頭の片隅では分かっていた。それでもここへ来たのは、明らかにユフィの感情だ。根拠や確証と聞かれたところで、そんなものはどこにもない。 なぜなら彼らは皆、『リーブ』だったからだ。姿や声、言葉遣いも、立ち居振る舞いも。なにもかもがユフィの知るリーブのそれだった。しかし彼らの言うとおり、彼らが“リーブによって作られた”のなら、それも頷ける。作り主が自分の特徴を人形に組み込んだのだろう。しかもそれを本人が操作しているのだとすれば、似ると言うよりもそのものだ。 しかしユフィをここへ向かわせた動機となるものが、まったく無いわけではない。 「理由って聞かれても、うまく説明できないよ。でも……違う気がしたんだ」 僅かに揺れる身体を支えようと両足に力を入れて、ユフィはゆっくり立ち上がった。それから、リーブの顔を真っ直ぐ見上げて断言する。 「下で会った『リーブ』と、おっちゃんは、違う。だから……!」 戻ってきた。そう言い切ったユフィを見下ろしながら、自らを人形だと言ったリーブは考えた。 自分達は同じ人形であるはずなのに、同じようにしてインスパイアの制御下にあって操られているはずなのに、どこが“違う”のか。なぜ“違う”のか。実際は彼女の思い過ごしだとしても、彼女はどこにその違いを見出したのだろうか? いくら考えたところで、人形である自分にその答えは見つけられないだろう。 だから考えることを諦めた。 「ありがとうございますユフィさん。“人形”である私のこともそんな風に思い遣っていただけるなんて、なんだか少し嬉しいですね」 そんな場合ではないと分かっていても、面と向かって礼を言われるとやっぱり照れるのだと、ユフィは気まずくなって視線を逸らした。 「あっ、あのねえ当ったり前じゃん! ……仲間なんだからさ、そうだ当然だよトーゼン!」 言っていること自体は本心だったが、改めて口に出すとなるとどうも気恥ずかしい。居ても立ってもいられずに、無意味に腕など振り回しながらそう言った。そんなユフィの姿をじっと見つめていたリーブの視線に気付いて、ユフィは恐る恐る顔を向けた。 すると、当然だがリーブとまともに目が合い、お互いを見つめ合う格好になる。 「…………」 「な、……なんか言えよ」 ちょっと恥ずかしい。 「…………」 「こらっ、無視すんな!」 ユフィの抗議は気にせずに、そのままリーブは背を向けた。その後を追おうとして慌てて踏み出した一歩が、散乱するフロアタイルの破片を踏み外してバランスを崩した。とっさに両手をついて顔面強打は免れたものの、非常にみっともない体勢を取らざるを得なかった。 さすがに恥ずかしい。 しかし幸いなことに背を向けているリーブは、こちらの状態には気付いていない様子だった。それはそれで恥ずかしいが、気を取り直して立ち上がると今度は慎重に歩き出した。足下がおぼつかないのは、先ほどの無理が影響しているせいだろうか。隔壁破壊に意識を集中していた事もあったが、ユフィが思っている以上に身体に負担をかけていたことを今になって知った。扉が開いて真っ先に回復薬を手渡してくれたリーブの判断は、正しかったのだ。 だからといって、もらった回復薬を使う気にはなれなかった。おかしな話だが、ちょっと悔しいのだ。「負けた」とか言っておきながら実際に負けてるのは自分のような気がする。ユフィはそれを認めたくなかった。もらった回復薬をしまうと、ユフィは室内に足を踏み入れた。 部屋に入ると、壁面に並んだたくさんのモニタがユフィを出迎えた。しかし先ほどとは違い、その多くは何も映し出していない。 「我々W.R.Oは……『星に害をなす、あらゆるものと戦う』事を目的として存在しています。しかし、発足当初は戦うことよりも傷ついた土地と人々の復興に重きを置いていました。もちろん、その理念は今でも変わりません、むしろその目的を達成するための手段として、我々は『戦うこと』を選びました。それが今のW.R.Oです」 何も映し出さないモニタを見上げながら、リーブは語り始めた。 「我々“人形”は、そのために生み出されました」 ―ラストダンジョン:第17章1節<終>―
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