第15章 : 力山を抜き気は世を蓋う |
バレットやシドと別れエレベーターに飛び乗ったユフィは、再びこのフロアに降り立った。 薄暗いホールの先には、灰色の隔壁がフロアの奥へ続く唯一の通路を塞いでいる。受けていた忠告通りそれはとても頑丈で、ユフィは手持ちの武器で何度か隔壁の破壊を試みたものの、表面に僅かな傷がついた程度でびくともしない。こうなると「たとえアルテマでも一撃で穴を開けることはできない」というリーブの話も、がぜん真実味を帯びてきた。 いちど武器を下ろして隔壁の前まで近づくと、何も映し出さない無機質な灰色がユフィの視界いっぱいに広がった。近くで見ると光沢のない表面には細かな凹凸がある様にも見えたが、手で触れてみると思いのほか滑らかだった。 「アタシの武器じゃ歯が立たない、アルテマなんか使えないし」 もっともアルテマどころか、マテリアを持っていないユフィには魔法を撃つことすらできない。 「ちぇ〜っ。やっぱあの時、クラウドのトコからマテリア1個ぐらい失敬しとけば良かった」 ここで「借りる」という発想にならないのが相変わらずユフィらしいと、バレットがこの場に居合わせたなら横合いから口を出していたのかも知れない。もう少し言えばユフィなら、あのマテリアはクラウドに「預けている」だけだから所有権は自分にあると主張しバレットと正面から対立して話はさぞ盛り上がっただろう。しかし残念ながらバレットもいない今、この発言を問題視する者はいなかったし、状況としてもそれどころではない。 ユフィは目の前の隔壁を忌々しげに見上げた。隔壁に接する天井、側壁、フロアのどこにも隙間は見あたらない。それを確認したユフィはもう一方の手も隔壁に宛がうと両腕を伸ばし、フロアに着いた両足を広げて踏ん張った。それから顎を引いて全身の力を隔壁に向けたが、やはりびくともしない。押してダメなら引いてもみたいが、どこにも凹凸がないので手前に引っ張る事ができない。仮にできたとしても、ユフィひとりの力で巨大な隔壁を動かせるとは考えにくい。たとえ無駄だと分かっていても、できる事はすべてやってみなければ気が収まらなかった (くっそー! やっぱアタシひとりじゃムリか) 感情まかせに勢いで飛び出しここへ戻って来たまでは良かったが、結果この有様だ。俯くと、フロアタイルにはぼんやりと映り込んだ自身の姿があった。まるで不甲斐ない自分の姿を見せつけられているようで、悔しさのような恥ずかしさのような、それらの入り交じった言いようのない感情が込み上げて来て、伸ばしていた腕や踏ん張っていた足から力が抜けた。ユフィは身体を反転させて隔壁に背を預けると、万策尽きたと言わんばかりに大きなため息を吐き出す。ふと見上げると、視線の先には乗ってきたエレベーターが見えた。 「だけど……」 ここまで来て、簡単に諦められなかった。 ――「“この星に害をなす存在”とはもちろん、W.R.Oではありません。 ……私自身なのです。」 諦めるわけにはいかなかった。だからこそ、こうして戻って来たのだ。 ここを去る前に聞いたリーブの声を思い起こしながら、ユフィは預けていた背を離してゆっくりと歩き出した。歩きながら、まるで自分に言い聞かせるように呟く。 「武器じゃ歯が立たない、魔法も使えない。でも……!」 立ち止まって振り返る。ユフィはもう一度両足を広げて背筋を伸ばすと、顔を上げて目の前の隔壁を真っ直ぐ睨み付けた。記憶に残ったリーブの声が、まるで語りかけてくるように蘇る。 ――「私は、あなた方をこんな場所で死なせたくありません。」 (アタシだって) 目を閉じ両腕を広げ、大きく息を吸い込む。やがて足下からせり上がってくる血液と、心の底からわき出る思いが全身を包み込む。 すると今度は、ユフィの周りの空気だけが渦を巻き始めた。生じた気流は風を生み出し、彼女の黒い髪を激しく揺らした。 (こんな場所でおっちゃんを死なせたくないんだっ!!) ユフィの中にある全ての思いと、全身の力を、左手に集中する。周囲の空気を掴むように拳を作ると、一瞬だけ空気が流れを止めた。その瞬間、左足を大きく引いて拳を地面に叩きつけた。 拳を振り下ろした場所から亀裂が走り、乾いた音を立てて一直線に目の前の隔壁めがけて伸びていく。拳に感じる痛みをはるかに上回って、思いが勝っていた。 めりめりと音を立てて次々と砕け散るフロアタイルは、行く手を阻んでいた隔壁との接地面に歪みを生じさせた。たとえ隔壁そのものが破壊できなかったとしても、土台が崩れてしまえば意味を成さない。ユフィの狙いはそこにあった。やがて通路の中央部分が陥没した状態でフロアタイルの崩壊が収まると、ユフィの前には小さいものの道が開けた。見たところ少し窮屈そうだったが、これをくぐれば隔壁の向こう側に出られる。 (よしっ!) ユフィはひとり勝ち誇ったような笑みを浮かべると、すぐさま駆け出した。この調子でいけば、通路を塞ぐ5枚の隔壁はなんとかなりそうだ。 (おっちゃん待ってろよ〜) 陥没したフロアを這うようにして進み、隔壁との間にできた僅かな隙間をくぐり抜けたところでユフィは立ち上がる。すぐ目の前には2枚目の隔壁が待ち構えていたが、突破法が分かれば臆することはない。 (この調子であと4枚!) ユフィはポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイの時刻表示を見やった。予告された空爆開始の時刻――日没までは、まだかなり間があった。 「シドの方は心配しなくても平気だよね」 自分の言葉に頷いてから携帯をしまうと、ユフィは2枚目の隔壁に向かった。 ―ラストダンジョン:第15章<終>―
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