第14章3節 : 交わされる言葉、すれ違う思い |
リーブの放った銃弾は、バレットの着ていた服のサイドポケットをかすめた。 思いがけず尻餅をついた格好になるバレットの横まで歩み寄ると、リーブはポケットから投げ出された携帯を無造作に拾い上げ、ディスプレイを見つめて首を傾げた。それから無言のまま耳に当てると受話口からは悲痛な叫びが聞こえて来た。 その様子をしばし呆然と見上げていたバレットに、リーブは携帯電話のボタンを操作した後、通話口に指を宛がうとディスプレイを向けた。画面には見慣れた番号と、登録した「マリン」の文字が映し出されている。 『父さんッ!』 今度はスピーカーから聞こえてきたマリンの声に、バレットは驚きを隠せずにいた。 「マ……マリン……? どうして」 誰にでもなく問うバレットの言葉に答えるようにして、少し声を潜めてリーブは返す。 「バレットさん、どうやら先程からマリンちゃんがあなたを呼んでいる様です。……出てあげてください、『お父さん』」 そこまで言われて、バレットはようやく気が付いた。あの場でリーブが発砲していなければ、知らずに恐ろしいことをマリンに告げようとしていたのだ。 6年前のコレルプリズンで再会したかつての親友、同時にマリンの父親だったダインを殺したのが自分であると打ち明けたところで、マリンの中にダインはいない。記憶どころか存在すら無いのだ。だから今さらマリンに語るべき事実ではないし、何が起きても口に出すべきではなかった。自分が大変な過ちをしでかそうとしていた事に、今さらながらバレットは動揺する。 「あんた……まさか気付いて……」 その問いには答えずに、リーブは通話口から指を離した。同じタイミングで、再びマリンの声が聞こえてくる。 『父さん! 父さん!! ……返事をして父さん!』 「おっ……おおマリン! どっ、どうしたんだ? な、なっ何かあっのたか?」 ひときわ大きな声を張り上げてバレットなりに取り繕ったつもりだろうが、その効果は残念ながらまったく見られない。縺れる言葉でようやく返事をしてみたものの、電話から聞こえてくる大きな溜め息にあっけなく流されてしまう。 『……良かった。“どうしたの?”はこっちのセリフ! 父さん、今どこにいるの?』 「えっ……こ、こっここか?」 すでに声がうわずっている事に、どうやら本人は気が付いていないらしい。マリンに問われて改めて思い返してみれば、ここへ来る事を告げずにいたままだった。だからマリンにとって自分は今もまだ油田の採掘現場にいる事になっている。動揺する頭をフル回転させて、バレットは返すべき答えに辿り着くと慌てて口を開いた。 「おう、今さっきちょうど採掘が終わ」 『父さんは、リーブさんのことを恨んでいるの?』 不器用な父の吐く下手なウソには取り合わず、マリンは単刀直入に問いを向けてきた。呆気にとられているバレットに代わり、携帯電話を手にしていたリーブが口を開いた。 「……いつから聞いていましたか?」 『少し……前から、です。父さんに電話をかけたらリーブさんの声が聞こえてきて……何度も呼びかけたけど、聞こえていなかったみたいで』 ためらいがちに答えるマリンに、リーブは頷いた。 「そうですか」 『リーブさん』 名前を呼ばれてはいと返すと、不自然な間が空いた。どうやら聞くべきかと躊躇っているのだろう、電話の向こうにいるマリンの様子が、声からだけでも手に取るように分かった。 『……リーブさんは……父さんの事を、今でも恨んでいますか?』 ようやく聞こえた小さな声が問いかると、今度はリーブが返答に窮する番だった。「そうですね……」しばらく空中に彷徨わせていた視線を下ろすと、こう告げる。 「アバランチのリーダー、バレット=ウォーレスは今でも好きにはなれません。ですが、あなたのお父さん、バレット=ウォーレスは……とても勇敢な人だと尊敬しています」 そんな言葉にはっとしてバレットは顔を上げた。しかし携帯電話を手に佇むリーブに、表情はなかった。 それを見て改めて思い知らされる、目の前に立つリーブは“人形”なのだ。 ―ラストダンジョン:第14章3節<終>―
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