第13章2節 : 鞭振るう者の真意 |
「……こうなった以上、やむを得ません」 剣を向けられているとは思えないほど落ち着いた口調で言いながら、リーブは懐に手を入れる。銃でも取り出すのかと身構えたクラウドだったが、その予測は一部外れた。 彼が取り出したのは銃ではなかったからだ。 「銃とはあまり相性が良くないんです。かといって剣を振るえる訳でもありませんからね」 僅かだが変化した表情からクラウドの内心を察し、彼の疑問に答えるようにしてリーブが告げる。その右手には黒く細長い物体が幾重にも巻かれていた。形状だけで言えば、電源コードのようにも見えた。プラグらしき物は見あたらないが、もしかしたら本当に電源コードなのかも知れない。しかし実際はどうあれ、この状況で取り出された事を考えれば間違いなくコードではなく武器としての用途を果たす物だと判断できる。 「みなさんにお披露目するのは、今回が初めてになりますね。そう考えると少し緊張もしますが――」 先端を右手首に2回ほど巻き付けて固定すると、後は無造作に手を離すとばらり、とそれが床に落ちた。 (鞭か?) 身近に鞭使いこそいなかったが、鞭という武器自体が珍しいとは思わない。ただ、それをリーブが扱うというのが意外だった。と言うよりも、リーブが戦闘場面に立っているという事自体に違和感があった、という方が大きいのかも知れない。 「では、時間も迫っていますので始めましょう」 律儀にも宣言してからリーブは小さく右手を動かす。応じるようにしてクラウドも大剣を構えた。 鞭での攻撃――真っ先に思いついたのは、こちらの剣の動きを封じる意図だった。魔法を交えた戦法ならば話は違ってくるものの、見たところマテリアを装備するような箇所も見あたらない。ならば、剣よりも破壊力で劣る鞭には分が悪い。しかし敢えてそれを使うメリットがあるとすれば、こちらの武器封じが目的であると考えるのが妥当だろう。 クラウドは剣を構え直すと、グリップを押し込んで2つ目の剣を取り出すと左手に握った。武器封じが目的であるのなら、大剣による一撃の破壊力よりも機動性を重視した方が得策だ。 「……行きます」 言うと同時にリーブは右手を振り上げる。その動きに従って鞭が大きくうねったかと思うと、先端は一直線に伸びてクラウドに迫る。 思い描いたとおり、それはクラウドの動きを封じるために右手と握られていた剣に絡みつく。リーブが右手を大きく手前に引くと、両者の間を結ぶ鞭が一直線に伸びた。 こうしてクラウドの動きを封じた一方で、リーブ自身の動作も制限されることになる。クラウドはこうなることを狙っていた。動かない右手に代わって左手の剣を構え直すと、床を蹴って真っ直ぐにリーブへと向かった。 「本当に素晴らしい運動能力ですね」 リーブは迫り来るクラウドの動きに感心しながらも、どこか他人事のように呟きながら無造作に右手を引き下ろした。 「っ!?」 その途端、剣を持った右手に走る強烈な痛みに顔をゆがめ、クラウドは失速した。自分の身に何が起きたのかを理解する前に、目の前のリーブが屈んだことに気付く。 直後、視界に映る景色が半回転した。この不自然な体勢のまま、壁面に叩きつけられる。とっさに受け身を取ろうとしたが、後頭部を壁面に打ち付けたらしく痛みと共に視界が揺らぎ、そのまま壁の一部と共に床に崩れ落ちた。 意識こそ失わなかったものの、すぐに立ち上がることができなかったクラウドの拘束された右手から鞭が引き抜かれるのと同時に、手にしていた剣までも奪われてしまう。それを拾い上げたリーブは「見た目に思うよりは軽いんですね」と感想を述べてから、手にした大剣をその場に捨て置いた。この時、クラウドはあまりにも繊細な鞭の動きに気が付く余裕はなかった。 「……残念ですが、あなたの負けです。クラウドさん」 そう告げるとリーブは一度手放した鞭を、天井に突き出たダクトに向けて放り上げた。重力に従って再び右手に収まった鞭を、次はクラウドに向けた。その気配に気付いたクラウドが顔を上げた瞬間、ようやく気が付いた。 この鞭は武器封じでもなく、叩きつけるために振るわれているわけでもないのだ。 「……っ!」 空気を切り裂く小さな音が聞こえたかと思うと、それはクラウドの首に絡みついた。確実に相手の急所を仕留めるようにうごめく、まるで蛇が捕らえた獲物の首を絞めているような――そう、まさにそれは単なる鞭ではなく、意思を持って動く蛇だ。 そこまで考えたクラウドの脳裏に、ティアの言葉が過ぎった。 ――「あな、た……は。……生……きて、……?」 「!?」 鞭があまりにも不自然な動きだと気が付いた頃には、首を庇う為にとっさに挟み込んだ右手もろとも天井から吊されている状態だった。支点となるダクトが、まるで重みに耐えかねて悲鳴を上げたように軋んでいた。 「ま、さ……か」 そうですと頷いてから、リーブは答えた。 「私の持っているインスパイアという能力には、無機物を意のままに操れるという特性があります。これを活かすためには、柔軟性に優れた武器が最適なのではないかと考えました。残念ながら銃や剣で、それは実現できませんからね。ですから私と一番相性が良いのは、これだったのです」 持ち主の言葉に呼応するように、クラウドの首に巻き付いている鞭がゆっくりと波打つ。自らのことを「実戦用に配備された“人形”」だと語った目の前のリーブには、迷いや躊躇いとは無縁なのかも知れない。表情ひとつ変えずに淡々と語りながら、かつての仲間を手にかける。 その一方で、この人形を操作しているのがリーブ本人であるとしたら、どうしても分からない。 「……な、ぜ?」 こんな事をするのかとクラウドは問う。いくら考えても、リーブ本人の意図が見えなかった。 クラウドにとって彼は6年前、ジェノバ戦役と呼ばれる戦いの中で旅路を共にした仲間だった。厳密に言えば一緒に旅をしたのはケット・シーでありリーブ本人ではなかった。しかし、そのケット・シーを操り行動を共にしてきたのはリーブ自身の意志だったのだと信じている。 最初こそ卑劣だと罵ったマリンを人質としての同行交渉も、後になって考えてみれば負傷者を出さずに場を切り抜ける周到な手段だったのだ。さらに、当時神羅カンパニーの重役だったリーブがマリンを「人質」だと言えば、神羅側もマリン達には容易に手を出すことができない。反神羅テロ組織アバランチのリーダー、バレットの娘という立場にあったマリンの身を、リーブは人知れず守っていたのだ。 その後ティファが神羅に捕まってしまった時も、脱出の手助けをしてくれたのはケット・シーを操るリーブだった。彼の誘導がなければ、ティファはあのまま助からなかっただろう。 ついにはミッドガルを救いたい一心で、神羅の重役連中と袂を分かち救援を求めたことも。 北の大空洞に赴くあの日。リーブが立つことを選んだのは飛空艇ハイウィンドではなく、ミッドガルの大地だった事も。 こうして考えてみると、仲間達の中で最も読めないのはケット・シーの向こうにいるリーブの意図だった。一見するとちぐはぐに見える彼の行動には、すべてに目的という終着点が存在する。そして彼の目的の多くが――マリンやミッドガル住民がそうであったように――その場では見えない“誰か”を救うためのものだった。 となれば今のこの状況も、リーブが考える「目的」の為の手段なのだろう。自分達に武器を向けている理由、まして建造中のW.R.O新本部施設へわざわざ招いたほどだ、リーブの真意は全く別のところにある。クラウドはそう確信していた。 しかし、その目的が何であるか? 残念ながらまったく見当も付かない。だから直接訊くしかなかった。それに対してリーブが真意を明らかにするか否かは別として、クラウドにはそうすることしかできなかった。言葉での返答を期待できないとなれば、こうするより他に方法を知らなかった。だから答えを聞き出すまでは――仲間である以上、もしかしたら聞き出したとしても――リーブの言ったとおりクラウドの「負け」は最初から決まっていたのだ。 右手が痺れて徐々に感覚が失われていく。だからといってこの手に込める力を緩めれば、感覚どころか意識を失いかねない。苦痛に耐えながら、どうするのが最良の方法なのかを必死で考えようとした。 そんなクラウドを見つめながら、リーブは表情を変えないままで答えた。 「最初に申し上げたとおり、私の本意をみなさんにお伝えしたところで、みなさんの理解や納得を得られるとは思っていません。なにより、それが目的でもありません」 そう言ってから、ほんの少し間を置いて。 「……もし私の本意を知りたいとおっしゃるなら、お教えします。 少なくともそれは、今あなたの考えている様な事ではありません。 その逆こそが、あなたの求める答えであり私の本意です。ですが、それは」 言うのと同時にリーブはさらに右手を引くと、負荷に耐えきれなかったのか巨大な金属音と共に天井のダクトが割れ、クラウドの拘束が解かれるのと同時に支えを失い振り落とされる。割れたダクトの破片が降り注ぐ中、体が床面に触れる直前、今度は床が大きく歪んだように見えた。 ―ラストダンジョン:第13章2節<終>―
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