第11章5節 : 子ども達の選択





「父さん? ……人形、って?」
 端末の前で呆然と立ち尽くすマリンが、スピーカーの向こうの父に問いかける。けれどその声は届かなかった。ケーブルに繋がれディスプレイの横に座っていたケット・シーは、バレットの代わりにこう答えた。
『リーブはんにはな、機械やマテリア無しでも物を操れる力があるんや。バレットはんが言うとる「人形」ってのは多分、その事なんやと思うけど。……その原理自体はボクにもよぉ分からん。
 でもボクはこの通り“操作されなくても”動いとる。たしかにボディは作り物やし、中に積み込まれてるんはマシンやけど、単なる機械仕掛けのぬいぐるみとはちゃうねん。
 痛みも感じれば、楽しいと思てはしゃぎもする……。喜んだり落ち込んだり、そらみんなと変わらんのや』
 マリンにもデンゼルにも、ケット・シーの動いている原理や仕組みは分からない。リーブの持つ能力については、それが何かすら分からない。彼らに唯一分かっているのは、ケット・シーが単なる――リーブによって遠隔操作されているだけの――ぬいぐるみではない、と言う事だった。
「だとしたら、父さんが言ってる『人形』って……?」
『バレットはんの前におるのは、ボクと同じような人形っちゅー事やな。しかもそいつ、話聞いてる限りやと、ちゃんとリーブはんの“形”しとるみたいやな』
 ケット・シーの言葉を聞いた直後から、ふたりの脳裏にはバレットに銃口を向けているリーブの姿が鮮明に
映し出された。音声通信のみで、実際に向かい合っている彼らの姿は見えないはずなのに、エッジにいる彼らにはまるで目の前の光景を見ているかのようだった。
「どうして、そんな?」
 再びデンゼルの問いかけに答えたのは、スピーカーから聞こえてくるリーブの声だった。

 ――『たとえば仮に、物に命が宿るとすれば。
    “物”と“命”を別つ物は何だと思いますか? “命”、つまりそれが
    “生きている”とする定義はどこにあると考えますか?
    ……私には……分かりませんでした』

 語っているのが、たとえ作られた人形であったとしても。苦渋に満ちたその声と思いの持ち主がリーブ本人であると言うことは、疑いようも無かった。
 そして誰も――実際にリーブと対峙していたバレットも、この部屋にいたデンゼルとマリンにも、あるいは他の仲間達も――この問いかけに対する答えを持っていなかった。
 そんな中で、ケット・シーが小さな声で反論した。

『定義なんて難しいハナシは分からん。せやけどリーブはん……ボクは、誰が何と言おうと胸張って言うたるで』

 ――こうして今も、生きてるんや。

 生きている――それはリーブによって吹き込まれた生命。
 何をもって生命とするのか? そんな話をしたいのではない。
 ケット・シーの願いはただ1つ。

『リーブはんのお陰でボクはここにおるんや、そら間違いない。なら……アンタを全力で助けたいって思うんは、自然な事や』
 ケット・シーは自らに問いかけ、そして答えた。
 リーブによって作られ、生み出されたケット・シーは今、リーブの意志を介さずに自ら判断し決断を下そうとしている――もしも仮に、ケット・シーの願いがリーブの意志に反していたら?――出ない答えに不安は残った。けれど、その不安を上回ったのはケット・シー自身の願いであり思いだった。
 改めてそれを確かめるようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。その先に続く結論は変わらない。
『……せや、たとえ誰が反対しよったってやりまっせ!』
 そう言って小さく首を動かして、頷いた。まるで自分に言い聞かせるように。
 しかし。
「……そんな勝手、許さない」
 意気込むケット・シーの頭から、冷水を浴びせるような言葉を口にしたのはデンゼルだった。驚いて仰ぎ見れば、彼は笑顔もなく真っ直ぐな目を向けていた。そんなデンゼルの横顔を心配そうに見つめながら、マリンが口を開きかけた時、デンゼルはこう続けた。
「そんな勝手な事させないよ、ケット・シー。だってここは俺たちの家だ。……だから」
 そう言ってゆっくりと右手を差し出しながら歩み寄る。

「俺にもできることを、教えてよ」

 それはデンゼルにとっての決意だった。
 ――子どもには、子どもにしかできないことがある。君にはそれをやってほしい――あの日、デンゼルのW.R.O入隊を拒んだリーブの言葉をもういちど思い起こす。悔しかった、今でも悔しいと思う。
 だけど今は、それだけじゃない。
「俺は、俺の出来ることをやりたいんだ。それで、リーブさんを救いたい」
 たとえどこにいようと、どんな立場にあろうとも、自分が思うのなら行動を起こせばいい。それがデンゼルの出した結論だった。
 デンゼルの言葉に、今度こそ困惑しながらケット・シーが反論する。
『…………。確証なんてあれへんねん』
「それでも、ケット・シーはやるつもりなんだろ? そんなのずるいよ」
『…………。イチかバチかや。ボク自身かて、ホンマはどこまでできるか見当もつかん』
「じゃあなおさらだ、俺にも手伝わせてよ。俺にはその、『リーブさんの能力』っていうのが分からないから、ひとりじゃ何もできないかも知れない。だけどケット・シーだってそうだろ? ひとりじゃ何もできない。さっきそう言ったよね?」
 ケット・シー単体ではネットワークに繋がれない、だからこうして端末を借りている。それと同じだよと言ってデンゼルは笑った。始める前から口論の結果は明らかだったが、いざ反論を封じられるとケット・シーはしょんぼりと項垂れた。
「だから教えてほしい、俺には何ができる? どうしたらいい?」
 デンゼルの言葉を横で聞いていたマリンの表情が、見る間に明るさを取り戻して行く。それから加勢するようにしてこう言った。
「ねえケット・シー? 私達はみんな同じ事を考えてるんだよ」
 今、やれる事をしたい。そして――大切な人々を救いたい。救えなくても、助けになりたい。
 マリンの言葉に頷いて、引き継ぐようにデンゼルが語る。

「子どもとか、大人とか、そんなの関係ないんだ
 やれる事もやらないままで、ただ見てるだけなんて嫌だ。だから……」

 どこまでやれるのかは分からない。
 なにができるのかも分からない。
 それでも、ここにいる彼らは同じ事を考え、願っていた。

『……よっしゃ分かった! いっちょボクらでやったろやないか!!』

 それぞれが歩んで来た別々の道を経て、辿り着いたのは同じ場所――たった1つの“願い”だった。
 建造中のW.R.O新本部施設からは遠く離れたエッジの街の片隅で、武器を持たない彼らの小さな戦いが、こうして幕を開けたのである。






―ラストダンジョン:第11章5節<終>―
 
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