第11章4節 : マリンの思い





「えぇっ!!」
「父さん!!」
 デンゼルとマリンが同時に叫ぶ。しかし、スピーカーから返答はなかった。こちらの声が聞こえていない――聞こえていたとしても、返答できる状況ではない――のかも知れない。いずれにせよ、エッジにいる彼らにはただ、スピーカーを通して成り行きを見守ること以外、何もできなかった。
「……どうして……?」
 胸の前で手を組んで、まるで祈るような格好でぽつりとマリンが呟いた。彼女は知っている、なぜ自分には母親が居ないのか。そのために父・バレットが過去に何をしてきたのか。6年前、住み慣れた七番街スラムから逃げなければならなかった理由も。それは同時にデンゼルの両親が死んでしまった出来事だという事も。
「……父さん……?」
 周囲の皆がたくさんの悲しみを背負っていた。マリンはそれを知っている。そしてマリン自身にも、口には出さず抱えているたくさんの思いがあった。
 けれど、マリンが誰かを恨んだりしたことは一度もなかったし、今だってそうだった。
 父バレットが娘のマリンをなによりも大切にしていたのと同じように、マリンもまた父を誰より大切に思っている。不器用で、ちょっと乱暴なところもあるけれど、ずっと父がいてくれたから、だから誰かを恨まずに済んだのだと思う。父だけではない、ティファやクラウド、アバランチの人達……優しい彼らの笑顔がいつも傍にあったから。きっとそうだとマリンは思っていた。


 そんなマリンにとって6年前。父と、セブンスヘブンと、アバランチと、七番街――慣れ親しんだ場所と人々からひとり離れて心細かった時、一緒にいてくれたのがエアリスだった。
 最初は理由も分からずエアリスに手を引かれるまま、逃げるようにして七番街スラムを後にした。不安に駆られ「どこへ行くの?」と聞けば、「私の家だよ」とエアリスは笑顔で言った。その笑顔と、繋がれた手が、孤独と不安にあった幼いマリンを救った。
 道すがら、教会に咲く花の事を教えてもらった。いつかもう一度、ゆっくり来ようねと言ってくれた。今でも忘れない、あの時のエアリスの優しさと、笑顔。
 こうして連れてこられたのは、五番街スラムの奥にある大きな一軒家だった。そこでエルミナと出会い、入れ替わるようにしてエアリスがいなくなった。その後リーブと会ったのもこの家だった。
 七番街スラムを離れてから短い間に、色んな出来事があった。父さんや、ティファやエアリスが戻ってきたら、いっぱい話をしたいと思った。
 だけど結局、エアリスは二度と帰ってこなかった。
 ずっと帰りを待っていたエアリスが、ここから遠くの場所で死んでしまった事を聞かされたときは本当に悲しかった、毎晩泣いた。でも、だからといって誰かを恨む気持ちにはなれなかった。
 マリン達にエアリスの死を教えてくれたのは、他ならぬリーブだった。だからといってリーブを嫌いになる理由にはならなかったし、それ以上に悲しい報せを口にしたリーブの背中が忘れられなかった。彼はエアリスの死について言葉少なに語った後、マリン達に背を向けてずっと空を見上げていた。
 あまりに突然の事だったせいもあって、エアリスの死を知らされても最初は信じられなかった。けれど彼の後姿を見て、この人はきっと涙を堪えているのだろうと思った。それでようやく、エアリスがいなくなってしまったのが現実なのだと知った。
 父と同じおひげのおじさんは、父に似てとても不器用な人だった。それが、幼いマリンの目に映るリーブの姿だった。
 そんな人を、恨んだり嫌いになったりできるはずがない。


 みんなが好きだった。だから、分からなかった。
「どうして、そんなことを言うの? どうして……? どう……」
 だから、悲しかった。
 呟くマリンの声は震え、視界が揺れていた。言葉の最後は掠れて消えた。

 ――「ありがとう、マリンちゃん」

 直後、マリンの脳裏に蘇ったのは4年前のミッドガル、伍番街スラム跡地で最後にリーブを見たときの光景だった。
 笑顔でマリンの言葉を遮り、その後姿を消したリーブと、こんな形で再会するなど夢にも思わなかった。夢でも思いたくなかった。今になって考えれば、それは。
「……リーブさん? まさか、こうなるって分かって、いたから?」
 別れの挨拶だったのだろうか? 辿り着いてしまった考えを必死で否定しようと、マリンは頭を振った。
(いや!)
 顔を知らない母親も、大好きだったエアリスも、アバランチの人達も、七番街スラムのご近所さん達も、優しかったエルミナさんも……。
「……やだよ、もう嫌だよ」
 これ以上、大好きな人達がいなくなってしまうのは、嫌だった。なにより――恐かった。
「父さん、父……っ」
 バレットに聞こえるまで、マリンはスピーカーに向けて何度も呼びかけ続けた。そうすることしか出来なかった。
 そんなマリンの姿を見ている事ができなくて、デンゼルは視線を逸らす。しかし、逸らした視線の先には、ケーブルに繋がれ俯いているケット・シーがいた。デンゼルだけではない、この部屋にいる誰もがやり場のない思いを抱えながら、どうすることも出来ずにいた。


 ――『もしもあなたが私の警告を無視してこの建物への進入を望むのであれば、私を退けることです。
     仮に、 かつての仲間に銃を向ける事を躊躇っているのであれば、その必要はありません。
     ……もっとも、“私”を壊したところで“本体”にはさしたる影響もないでしょうが」


『……なっ、なんやて!?』
 再びスピーカーからもたらされたリーブの声に、ケット・シーは弾かれたように顔を上げて、さらに声をあげた。
『ま、まさか……そう言う……事、やったんか……』
「ケット・シー?」
 驚きと不安の入り交じる声で恐る恐る問うデンゼルの前では、何か重大なことに気付いた様子のケット・シーが、小さな腕を組んで思慮を巡らせていた。横に置かれた端末画面に目をやれば、それを反映しているように目まぐるしく表示が切り替わっている。何度か呼びかけても反応せず、暫くしてようやくデンゼルの方を向いたケット・シーは、奇妙な表情を浮かべていた。
 そして、彼の口から語られたのも奇妙な話だった。
『この……リーブはんは多分、ニセモノ……いや本物なんやけどニセモノなんですわ』
「本物なんだけどニセモノ……って?」
 デンゼルがケット・シーに向けた質問に答えたのは、スピーカーから聞こえてくるバレットの声だった。

 ――『リーブ、教えてくれ。
     この人形を遠くからでも操れるって言ってたな? ならお前の言葉は……
     どこまでがお前自身の思いなんだ?
     今まで俺に話した事は、お前自身の思いなのか? それとも』






―ラストダンジョン:第11章4節<終>―
 
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