第11章3節 : デンゼルの思い





 映像がないので聞こえてくる声から状況を推測するしかなかったが、どうやら会話をしていると言うよりも、一方的にリーブが話している様に聞こえた。


 ――『ですからあなたには、私を恨む権利がある。
     ……魔晄炉の件は今でも許せませんが、その暴挙に至った心境を、
     私に否定する資格はありません。
     私が責めているのは、あなたのとった『魔晄炉爆破テロ』という手段についてです。
     ……あんなことをする必要性はまったく無かった。少し考えれば分かった事でしょうに』


 その言葉を聞いて、デンゼルの脳裏にはリーブと会った時の光景が蘇る。
 神羅は、魔晄炉爆破テロの報復として七番街プレート支柱を破壊し、七番街スラムを潰した。その一件が、結果的にデンゼルから両親を奪うことになった。それを打ち明けてくれたあの日の光景だ。

 ――「憎ければ、私を好きにしていいぞ」

 脳裏に光景が蘇った後、悔しさのような感情までもが一緒に思い出された。
 あの時デンゼルに向けられた言葉に隠されたリーブの苦悩は、ほんの一部に過ぎない。七番街プレート支柱の破壊を行うに至った経緯を、あの時すべては語らなかった。いや、語ろうとしなかった。そこにどんな理由があろうと、デンゼルにとって両親を失ったという事実が変わらないと言うことを知っていたからだ。
 そして、それが取り返しのつかない過ちであることも。
(リーブさんは……)
 すべての真相を打ち明けることによって、デンゼルが余計な感情を持たないようにした。そう思えた。
 事情は良く分からない。でも、その話しぶりを聞けばバレット――反神羅テロ組織アバランチのリーダーとして――が行った魔晄炉爆破テロが、七番街プレート支柱破壊を招いたという経緯には察しがつく。そして更に以前、バレットが反神羅テロ活動に身を投じる原因に、リーブは間接的に関わっていた、という事になる。
(自分を恨むかわりに……バレットさんを恨むな……って、言いたかった、のか?)
 その結論に思い至って、デンゼルの口から思わず言葉が零れた。
「なっ、なんだよ……それ……」
『…………』
 デンゼルは俯くと両手の拳を強く握りしめる。零す声が震えていた。
 ケット・シーは無言のまま、その様子を机の上から眺めていたが、やがて顔を上げてこう言った。
『言い訳に……聞こえるかも知れんけどな。あれでリーブはん、悩んどったんや……』
「そんなの……分かってるよ」
『許して欲しい、なんて虫の良いこと言えんのは分かってる。せやけど……』
「違うよ」
「デンゼル!」
 マリンが何かに気付いたようにデンゼルの腕を掴んで言葉の先を遮ろうとする。しかし、デンゼルはそれを受け付けなかった。
「俺が怒ってるのはそんなことじゃない! どうして……どうしてあの人は誰も頼ろうとしないんだ?! どうして自分一人だけで抱え込んでるんだよ?! 意味分かんないよ!!」
 「子どもには子どものやれる事をやれ」そう言ってデンゼルのW.R.Oへ入隊を拒んだリーブの姿が目に浮かんで、さらに悔しさが込み上げてきた。
「デンゼル違う!」
「何が違うんだよ?!」
 思わず語気を荒くして問い返したデンゼルは、マリンの顔を見て我に返った。ここでマリンに八つ当たりしても意味がない。しかし、マリンは物怖じせずにこう切り返す。
「そんなの……デンゼルが言わなくてもみんな分かってるよ。……ケット・シーがツライって事だって、分かってるでしょ?」
 それでようやく、デンゼルは今さっきこの部屋で見た光景を思い出した。

 ――『ボクの、呼びかけに……答えて、くれへん』

 一番近くで見ていたのは他でもないケット・シーだったのだ。
 呼びかけても答えてくれない、それはどれほど悔しかっただろう? どれほど悲しかっただろう?
 その事に気付いたデンゼルは、気まずそうにケット・シーを見やった。
「ごめん……」
『気にせんといてーな。デンゼルの気持ち、ボクもよぉ分かるで。それにな……なんや嬉しいんや』
 ケット・シーはデンゼルの顔を覗き込むようにして見つめながら、ゆっくりと手を振って首を傾げて見せた。
『リーブはんを心配してくれる人がおるの、なんや嬉しいんや』
 照れたように呟いたケット・シーに、マリンはにこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「リーブさんだけじゃない、ケット・シーのことだって心配なんだよ」
『そらもっと嬉しいな! おおきにマリンちゃん』
「マリンだけじゃない、俺だって!」
『ホンマか? なんや人気者はツライなぁ〜』
 にこにこと笑いながら手を振るケット・シーは何だか満足気に見えた。
 ケット・シーと過ごす時間はいつも笑顔が絶えない、動かなくなってしまうまでは、留守番中によくこうして3人で過ごした。そんな懐かしい時間が戻ってきたようで、とても嬉しかった。
 しかし、そんな彼らから笑顔を奪ったのは、スピーカーからもたらされたリーブの声だった。


 ――『つまり私も、あなたも。……お互いを恨む動機は充分ある、という事です。
     ……バレットさん、これは私から最後の警告です。この建物から速やかに撤退しなさい。
     でなければ、私は引き金を引きます』






―ラストダンジョン:第11章3節<終>―
 
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