第11章2節 : 応答を待ちながら





 途中、接続ケーブルの本数が足りずに家中を探し回ったりもしたが、ようやくケット・シーの背中の接続
端子とネットワーク端末を繋ぐことができた。ケーブルが届く範囲というと、どうしても机の上になってしまうのでケット・シーはディスプレイの横に座ると、デンゼルに端末の主電源を入れるように指示をする。
 この家に置かれていた端末は使用頻度こそ少ないが、ケット・シーが見込んだとおり性能はそこそこ良い
物だった。主電源を入れると、その後しばらく真っ黒な画面上には次々に何かが表示されては消えてを忙しなく繰り返す。その様子をデンゼルとマリンはじっと見つめたままでいた。そんなふたりの様子を見てケット・シーは、こう説明した。
『このボディがよう動かんってんなら、代わりのボディを探せばええ。すまんけどこの端末、しばらく借りるで?』
 ふたりが頷いたその時、ちょうど画面上の表示が止まった。どうやら入力を待っているようである。
「接続先……ナンバー……?」
 デンゼルが画面上に表示されている文字を読み上げる。どうやら「接続先ナンバーを入力してください」と言っているらしい。
『ダメ元でやってみますわ』
 言うと同時に画面上には数字が入力される。それから新たに加わった文字を再びデンゼルが読み上げる。
「“接続を開始します”……。“呼出中”……?」
「電話みたいだね」
 マリンの言葉に頷くと、ケット・シーは続けた。
『せや、早い話がこの端末から電話かけとるんや。ボク単体ではネットワークには繋がれへんから、この端末を経由してるっちゅー寸法や。……そんでこの番号は、リーブはんのやけども……たぶん……』
 画面上はそれから数分間“呼出中”の文字が点滅するだけで、それ以上は動かなかった。ケット・シーが思っていたとおり、リーブは応答しなかった。
 呼びかけには応じない――分かっていたが、ケット・シーは俯くと小さなため息を吐いた。画面の表示は、“呼出中”から“切断”に切り替わる。
「なあ、ケット・シー。これって他の番号にもかけられる?」
『接続先さえ分かればオッケーやで。この端末のキーから接続先ナンバーを入力してみ?』
 言われるまま、デンゼルは慣れない手つきでキーボードを操作すると、自分の知る番号を思い出しながら慎重にキーを押す。全桁入力が終わるとケット・シーが告げる。
『ほな、接続しますで……』
 画面上には先ほどと同じように“接続を開始します”との表示が現れた。しかし、それから画面表示はずっと止まったまま動かなかった。
「……どうしたんだろう?」
『なんや、……通信状況が良くないらしいで? 繋がらん』
「誰の番号だったの?」
「ティファ」
 デンゼルが入力したのは、ティファの番号だった。開店準備をしている途中に慌てて店を飛び出したティファは、今どこにいるのか? ずっとその事が気になっていたので試しに番号を入力してみたのだった。
『せっかくや、通信状況の詳しい分析もしとくで』
 うまくすれば居場所が分かるかも知れないからと、そう言ってケット・シーは別のプログラムを起動すると、さっそく解析に取りかかる。
「あっ! ねえケット・シー、私も試して良い……かな?」
『ええで。ほな、ナンバー』
 デンゼルにかわって今度はマリンが端末のキーボードに触れる。どうやら番号を暗記しているらしく、一度も躊躇うことなく入力を終えた。その様子に思い当たったデンゼルは、マリンの方を向いてこう尋ねた。
「もしかして……?」
「父さん」
 マリンが真っ先に思いついた番号がこれだったというだけで、それ以外に根拠はなかった。よくよく考えてみれば、バレットは相変わらず油田発掘に勤しんでいるはずだった。
 端末からは小さな機械音がした。と同時に、ケット・シーが嬉しそうに告げる。
『おっ! 今度は呼出成功やわ。あとはバレットはんが応答すれば通信できるんやけど……』
 画面上には最初の時と同じように、しばらくの間“呼出中”の文字が点滅していた。その間に、ケット・シーはある事に気付いて顔を上げる。
『……デンゼル、それにマリンちゃん。ふたり共どうやら大当たりらしいで』
「大当たりって?」
「なんの事?」
 ふたりが同時に問うと、ケット・シーは俯いた。同時に画面上には待機画面とは別の作業画面が開かれ、真っ黒の背景に白い実線で大陸を象っただけの、簡単な世界地図が映し出された。
『さっき、デンゼルがティファにかけよった時の通信状況の分析結果が出たんや。コレ見てみ』
 地図上にはエッジを起点として黄色い点線が描かれていく。
『通信するために経由する基地局と、着信を受ける通信機の位置を追跡してみたんや。そんで、最後に通過した基地局がここ……仮にA地点としとくで』
 しかし、結局ティファには繋がらなかった。エッジから海を越えた場所へ到達した経路を白い点線で示したあと、終着点付近には円が描かれた。恐らくはこの円内に、ティファはいるのだろう。
 それから今度は、同じくエッジを起点として別の色で線が上から加えられる。
『そんでこれが、マリンちゃんのかけとる通信経路の記録や。……どうや、何か気付かんか?』
 寸分違わず、まるで色を塗り替えるようにして示される通信経路を見れば、言わんとしていることは何となく想像がついた。
「あれ? 最初のと道筋がまったく同じだ」
「でも、父さんは油田にいるはずなのに?」
 ふたりの会話を聞いて満足そうに頷くと、ケット・シーはさらにこう続けた。
『さらに驚くで? 最後はコレや』
 画面上にはまたも別の色の点線が示される。3つ目の通信経路の記録だ。
「まさか、これって……?」
 デンゼルの言葉にケット・シーは頷く。そう、彼が最初にかけたリーブへの通信経路だ。
『細かい原理は省くねんけど、最終的には指定した端末に一番近い基地局を通じて通信が行われるんや。そんで、端末にアクセスできんかったティファはんのは別やけど、少なくともボクとマリンちゃんがかけた別々の端末番号の所在を示す地点……つまり、画面上の点線の到達点は一致しとる』
 さらに2つの到達点は、ティファがいるであろうと予測した円内のほぼ中心付近にあった。
 ここまで示されれば、いやでも考えたくなる。
「もしかして、みんな」
「同じ場所にいるの?」
『そう考えるんが自然やな』
 でも、どうして?――デンゼルが口を開こうとしたとき、画面上の文字が“呼出中”から“通信中”に変わった。
『来た……!』
「父さん!?」
 マリンが叫ぶが、応答はない。ただ、室内には音声だけが聞こえてきた。それを耳にした彼らは、息をのんだ。


 ――『そして間接的であるにしろ、あなたにとって大切な物を奪ったのはこの私です。
     ……そうでしょう?』


 スピーカーから聞こえてきたのは、間違いなくリーブの声だった。
 つまり、バレット――あるいは彼の携帯端末を持っている人物――は今、リーブと対峙している事になる。これで、少なくともリーブとバレットの携帯端末への通信経路と到達点が同地を示している事には納得がいく。
 しかし、これは一体どういう事だろう?






―ラストダンジョン:第11章2節<終>―
 
[REBOOT] | [ラストダンジョン[SS-log]INDEX] | [BACK] | [NEXT]